咽喉のんど)” の例文
一束の黒髪はそのまま遂にたざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉のんどの血に染めり。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呼び始終しじう事共ことども委曲くはしくはなし又七樣へきずを付け其身も咽喉のんどすこ疵付きずつけ情死しんぢうと云ひてなくべしとをしへ頼み居たるを長助は物影ものかげより是をきゝて大いに驚きながらなほいき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大いなる山、大いなる空、千里をけ抜ける野分、八方を包む煙り、鋳鉄しゅてつ咽喉のんどからえて飛ぶたま——これらの前にはいかなる偉人も偉人として認められぬ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
キューッと咽喉のんどに下すことに趣味があるのだが、ばくばくたる麦ではうつりが悪い、ばくばくたる麦酒を、燗をして飲むなんぞは、あんまり気がかないと思ったものですから
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
対手あいては名に負ふ黄金丸、鷲郎も尋常なみなみの犬ならねば、さしもの金眸も敵しがたくや、少しひるんで見えける処を、得たりと著入つけいる黄金丸、金眸が咽喉のんどをねらひ、あごも透れとみつけ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
胸の上にコップを置いて白い、然しやきつくやうな両手でつかんで、氷のかけを咽喉のんどに落した時、彼女は漸く浮き上るやうな気持ちになった。そして極めてわづかの夢を見ることが出来た。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
一種の青臭い気が鼻に浸みて、それが為めに咽喉のんどひからびるのを感じた。私は頭から、大きな黒い手で押え付けられるような気持がした。二本の真黒い、太い、烟突の周囲は幾尺あるか分らない。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今日までにこれでしくじつたが幾人いくたりと指折りかくるに、瘠せぎすなお針女はこれを抑へて、こんなことは、奉公人の我等の搆ふた事ではなけれど、腹立たしきはお艶めが、奉公人の咽喉のんどをしめて
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
日を照りかへして白くきらめく岩の山、見るだに咽喉のんどのいらく土の家、見るものこと/″\く唯渇きに渇きて、旅人の気も遠く目もくらまんとする時、こゝに活ける水の泉あり、滾々こん/\として岩間より湧き出づ。
雛鳥の咽喉のんどあけたる子が口に葡萄つぶら玉入れてをりわれは
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
咽喉のんどの みえる あたりまで……
咽喉のんどきずを見せし女かな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
咽喉のんどの笛を吹き鳴らし
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
干割ひわれた 咽喉のんど
恥の歌 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
と小突いて、入交いりかわって、むかいの生垣に押つけたが、蒼ざめたやっこの顔が、かッと燃えて見えたのは、咽喉のんどを絞められたものである。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引拔て兄上御免おゆるし下されと云より早く咽喉のんどにグサと突立つきたてんと爲るを喜内は手早く押止おしとゞめ其方はかねて出家の望み有て相州鎌倉なる尼寺あまでらへ參り度心願しんぐわんの由夫故かねて我にいとまを呉よと申せしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
雛鳥の咽喉のんどあけたる子が口に葡萄つぶら玉入れてをりわれは
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
咽喉のんどが鳴ります牡蠣殻かきがら
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
細き咽喉のんどに呪ひけん
鬼哭寺の一夜 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さきには汗出でて咽喉のんど渇くに、爺にもとめて山の井の水飲みたりし、そのひややかさおもい出でつ。さる時の我といまの我と、月を隔つる思いあり。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あなうるさ草につくばふ下闇の蚊喰がへるが咽喉のんど鬼灯ほほづき
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
仁右衛門ぶるぶるとなり、据眼すえまなこじっと見た、白い咽喉のんどをのけざまに、苦痛に反らして、黒髪を乱したが、唇をる歯の白さ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚破すわといふ時、綿わたすじ射切いきつたら、胸に不及およばず咽喉のんど不及およばずたまえて媼はただ一個いっこ朽木くちきの像にならうも知れぬ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
蛇責へびぜめこそ恐しかりけり。大釜おおがま一個ひとつまず舞台に据えたり。背後うしろに六角の太き柱立てて、釜に入れたる浅尾の咽喉のんどを鎖もていましめて、真白なるきぬ着せたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死のうとした日の朝——宗吉は、年紀上としうえかれの友達に、顔をあたってもらった。……その、明神の境内で、アワヤ咽喉のんどに擬したのはその剃刀であるが。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あ、」と云つたが其の声咽喉のんどに沈み、しやにむに起き上らうとする途端に、トンと音が、身体中からだじゅうに響き渡つて、胸にとまつた別にの一ぴき大蠅おおばえが有つた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お春の頬に取着とりつくにぞ、あと叫びて立竦たちすくめる、咽喉のんどを伝ひ胸に入り、腹よりせな這廻はひまはれば、声をも立てず身をもだ虚空こくうつかみてくるしみしが、はたとたふれて前後を失ひけり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一目見ると、無法ものの手はぐッたりと下に垂れて、忘れたように、掴んだ奴の咽喉のんどを離した。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
フト瞬く間よどんで、しずまって、揺れず、なだらかになったと思うと、前髪も、眉も、なかだかな鼻も、口も、咽喉のんどかすかに見えるのも、色はもとより衣紋えもんつきさえ、あかるくなって
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
という声もろとも、咽喉のんど白刃しらはを刺されしまま、伝内はハタとたおれぬ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一寸ちよつとでもさわると、のまゝ、いきなり、しろかたつゝむで、ほゝから衣絵きぬゑさんのひさうである、とおもつたばかりでも、あゝ、滴々たら/\れる。……結綿ゆひわた鹿のやうに、喀血かくけつする咽喉のんどのやうに。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ののしる剣幕にきもを抜かれ、鉄蔵茫然とする処を飛かかって咽喉のんどやく
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)