やや)” の例文
しかるに、一人の僧(山臥云々)ありて、ややもすれば仏法に怨をなしつつ、結局害心をさしはさんで、聖人を時々うかがひたてまつる。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
邪魔な木立を避けて成るべく切明を離れぬように山稜を辿るのであるが、低い枝が横に乗り出してややともすると谷に追い落されそうだ。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
俳句に用いられた梅が香を見ても、単に梅というのと変らぬようなのもあるが、香に即したものはややもすると利き過ぎる弊に陥る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
また評論中にはひたすら重きを歌麿に置かんと欲せしが故かややもすればその以前の画工鳥居清長とりいきよなが鈴木春信すずきはるのぶらをかろんぜんとするかたむきあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……辰男はこの頃英字に親しめなくなつて、ややもすると心が外へ散つて、寂しい詰まらない氣持がし出したのを、兄の所爲と思つてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
彼が世を終るまでは、諸侯に違言なく、水戸烈公の如きも、ややもすれば牴牾ていご扞挌かんかくしたるにかかわらず、なお幕府の純臣たるを失わざりしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
但し慾気のないのが取柄とは、ほかからの側面観で、同家のお辰姉たつねえさんの強意見こわいけんは、ややともすれば折檻賽せっかんまがいの手荒い仕打になるのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或は同じ方面へ帰るのかとも思ったが、ややもすると追いつきそうにするので、聊か不安の心持で家へ入ると、間もなくお豊が
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自分は幼い時からややもすると死の不安に襲われて平生へいぜい少しの病気もない健かな身体からだでありながらかえって若死をする気がしてならなかった。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ややともすれば私自身が其の筋の探偵から睨まれます、探偵が依頼者の真似をして私を陥れるなどいう事は随分有る例です。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
日本はややもすれば恐露病きょうろびょうかかったり、支那のような国までも恐れているけれども、私は軽蔑している。そんなに恐しいものではないと思っている。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今一人狼窠より燻べ出された児は年はるかにわかかったが夜分ややもすれば藪に逃げ入りて骨を捜し這いあるく、犬の子のごとく悲吟するほか音声を発せず
元来下宿屋に建てたうちだから、建前は粗末なもので、ややもすると障子が乾反ひぞって開閉あけたてに困難するような安普請やすぶしんではあったが、かたの如く床の間もあって
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
蘇峰先生に限つた事ではない、明治以前の教育に育つた多くの尊敬すべき我々の先輩は、ややもすれば今日の青年に忠君愛国の念が薄らぎつゝあると云ふ。
ややもすれば談笑の間にもあられぬ言葉を漏らして、当人よりも却て聞く者をして赤面せしむるが如き、都て不品行の敗徳として賤しむ可き所のものなり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
同僚吉田何某なにがしと共に近所へ酒を飲みに行つた帰途かえりみち、冬の日も暮れかゝる田甫路たんぼみちをぶら/\来ると、吉田は何故なぜか知らず、ややもすればの方へ踉蹌よろけて行く。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
種々雑多の現象に眩惑げんわくされて、ややともするとこれを見逃みのがそうとするが、山川草木の間に起る変化は他に煩わされることなく明らかにこれを見る事が出来る。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかも自分の中にある或心もちは、ややもすれば孤独地獄と云ふ語を介して、自分の同情を彼等の生活にそそがうとする。が、自分はそれをいなまうとは思はない。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
奥畑は流石さすがにあたりに気がねしながら、ややもすると大声になりたがるのをみずから制するようにしてなじっていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ややともすると両者の声の高まる所から想像すると、話が仲々妥協点に達しないらしく時折内儀の叩くらしいぽんぽんと響く煙管の音が癇を混えて聞えて参ります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
けだし第一句、第三句共に第二句に附く故に両句ややもすれば同一の趣向となり、あるいは正反対の趣向(黒と白、男と女、戦争と平和等の如し)となるを免れず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もしそれ秋の夕なんど天の一方に富士を見る時は、まことにこの渡の風景一刻千金ともいひつべく、画人等のややもすればこの渡を画題とするも無理ならずと思はる。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
松柏しょうはく月をおおひては、暗きこといはんかたなく、ややもすれば岩に足をとられて、千仞せんじんたにに落ちんとす。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
この気持が今日も依然清算し切れず新体制運動をややもすれば観念的論議に停頓せしめる原因となっている。日米関係の切迫がなくば新体制の進展は困難かも知れない。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
人を笑はせる動機がややもすれば心情の下劣さを暴露するやうなものである場合があるからで、其点、人を泣かせる方は、同じ動機でも、かの偽善者が世にはびこる如く
演劇漫話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
雪を含んだ雲は気息いき苦しいまでに彼れの頭を押えつけた。「馬鹿」その声はややともすると彼れの耳の中で怒鳴られた。何んという暮しの違いだ。何んという人間の違いだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ややもすれば、私を以て、言いたいことを言うから、結局、幸福だとする。だが、私は、この場合、言いたい事と、言わねばならない事とを区別しなければならないと思う。
ややモスレバ疑似ニ渉ルヲ以テ、※※等ノ片爿ヲ加ヘ、ことさラニ字形ヲ乱シ、以テ真字ト分別アルヲ示ス、且此字ニ音無ク義無シ、即原語ノ音ヲ縮メテ、此字ノ音卜為ス者ナリ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
こうした気分がややもすれば高潮して表現され易いのではないかと考え合わされまして、古人の研究の微妙さ又は鼻の表現研究の面白さに思わず一膝進めたくなる位であります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さて蔡温時代のように二個の思想が調和している時分には、一般民衆はややもすればおのおのその好む方に偏して、自国の日支両国に対する関係を正当に観ずる事が出来ないのであります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
されば各国公使等の挙動きょどううかがえば、国際の礼儀れいぎ法式ほうしきのごときもとより眼中がんちゅうかず、ややもすれば脅嚇手段きょうかくしゅだんを用い些細ささいのことにも声をだいにして兵力をうったえて目的もくてきを達すべしと公言するなど
日本に宗教なしと見縊みくびっていうのか、或いはまた事実この道を伝うるにあらざれば、人類救われずとの信念によって出でたる言葉か——駒井自身ではややもすれば、そこに反感を引起しやすい。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の青年はいややともすると実用なる科学智識の研究を閑却してヤレ詩を作るの歌をむのあるいは俳句を案ずるのと無用な閑文字かんもんじ脳漿のうしょうしぼっているが、そんな事は専門家にすべき事だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ややもすれば退嬰たいえい保身に傾かんとする老齢の身を以て、危険を覚悟しつつその所信を守りたる之等の人々が、不幸兇刃きょうじんに仆るとの報を聞けるとき、私はい難き深刻の感情の胸中に渦巻けるを感じた。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
悪阻つわりなどのために、夏中ややもするとお島は店へも顔を出さず、二階に床を敷いて、一日寝て暮すような日が多かったが、気分の好い時でも、その日その日の売揚うりあげの勘定をしたり、店のものと一緒に
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昔時叛夷の種、民と雑居し、ややもすれば間隙に乗じて腹心の病を成す。頃年頻りに不登に遭ひ、憂ひ荒飢に在り。若し優恤せずんば、民夷和し難し、望み請ふ、調庸二年を復して、将に弊民を休めん。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
ややもすれば心はそらになりて、あるじことば聞逸ききそらさむとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
西人せいじんの永く北斎を崇拝してまざるは全くこれがためにして我邦人のうちややもすれば北斎を卑俗なりとなすものあるもまたこれがためなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と仙夢さんはややもすると立ち上りそうになる。余程性急せっかちだ。休憩させた以上は疲労を認めている筈だのに、催促の積りか知ら?
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
昼の間はややもすれば二階ののきを飛び超えて家根に上り、それより幾時間となく海を眺め外船の阿那の点にあるを見守りたることもこれ有り候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しかるに今の中層は自己生活の充実向上の施設を、ややもすれば国家社会の手に委ね、それに依って慶福を得んとしている。
丁度同じ学校に、一つ二つ年上でやせぎすの、背の高い、お勝という女生徒がいた。それが己を憎んで、ややもすればこう云う境地に己を置いたのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夫だから信ずる中にも心底に猶不信な所があってややともすれば我が心が根本から、くつがえり相にグラついた、其の故は外で無い、唯秀子其の人の何の所にか
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
気に伴わない足がややもすれば滑って、夫と共に幾つかの石が落ちる。危険であるから雁行して登ることにした。夫でも身軽の私は四十分足らずで頂上に着いた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そのヤマトフにあって見たいと思うけれどもなか/\われない。到頭とうとう逗留中出てない。出て来ないがその接待中の模様にいたってはややもすると日本風の事がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この儀についてはややもすれば各国公使からも異議申出るやも計りがたく、畢竟ひっきょうこれらの儀は未だ詳細の談判は遂げてなきことゆえ、御心得のため申あげておきます。
明治の五十銭銀貨 (新字新仮名) / 服部之総(著)
そうして自分は芸者狂いをするのじゃない、四方に奔走して、自由民権の大義をとなえて、探偵に跟随つけられて、ややもすれば腰縄で暗い冷たい監獄へ送られても、屈しない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
が、辭典を片手に勢一杯研究してゐながら、心はややもすると書物から離れて、外の思ひに疲れた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その後時勢の進歩に従い士官候補生を募集試験により採用しなければならないようになったため、ややもすれば将校団員の気に入らない身分の低い者が入隊する恐れがある。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
秋……ことに雨などが漕々そうそう降ると、人は兎角とかくに陰気になつて、ややもすれば魔物臭い話が出る。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)