初手しょて)” の例文
揉むには当らぬ。お前の事は初手しょてからいわば私が酔興すいきょうでこうしてかくまって上げているの故、余計な気兼きがねをせずと安心していなさるがいい。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私の方は初手しょてからの他人だが、七兵衛の方はお前様にお近づきがある、その上もう一人の盲目の剣術の先生、あれが大変なもので
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうすると私は人を誤解しないとも限らない。その上恐るべき過失を犯す覚悟を、初手しょてから仮定して、かからなければならない。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無論彼が白状せずともこのラジウムの力で、彼の身体の上に遠からずして潰瘍かいようが現われるだろうことを私は初手しょてから勘定に入れていたのだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが庄次郎の眼をひく妓はいなかった。——あれほど初手しょていまわしい女だったお蔦にまさる女が、今の眼には見当たらない。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞固と東堂とは、共に留守居の物頭ものがしらを兼ねていた。物頭は詳しくは初手しょて足軽頭あしがるがしらといって、藩の諸兵の首領である。留守居も物頭も独礼どくれいの格式である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
やはり、初手しょてから彫刻師の刀にかけ、彫刻師自身の意匠で型を彫ってもらいたいのだが、一つ勘考して頂きたい。
貴様が初手しょてから清水山へ行く料簡もなし、またなんにもうしろ暗いことがねえなら、初めから黙っている筈だ。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
初手しょては黙っておったとすれば——? 越州察するところ、こりゃ単に役人にまぎらわしき風体のものであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぜかといえば、この宿場の猫背の馭者は、まだその日、誰も手をつけない蒸し立ての饅頭に初手しょてをつけるということが、それほどの潔癖けっぺきから長い年月の間
(新字新仮名) / 横光利一(著)
煩わせば姉さんにしかられまするは初手しょての口青皇せいこう令をつかさどれば厭でも開くはちの梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦あこぎがうらに真珠を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
彼も若い頃は一廉ひとかどの愛煙家であったに違いない。少しみ過ぎたと気が附いて、止めようとして、初手しょては誰でもする代用品を使ってごまかした。それではいけない。
落ちると、片端から一ツ一ツ、順々にまた並べて、初手しょてからフッと吹いて、カタリといわせる。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勝って笑えるのは僕の方なんだ。僕はこの事件では初手しょてから上手うわてに出ているんだ。僕はもう君たちが蝿ほどもこわかあない。さあ、僕を殺すとも生かすとも、好きなようにしてくれ給え。
「マア一口……。」と言って、初手しょてに甘ッたるい屠蘇とそを飲まされた。それから黒塗りの膳が運ばれた。膳には仕出し屋から取ったらしい赤い刺身や椀や、いなの塩焼きなどがならべてあった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
初手しょてからいってるとおり、おめえやおふくろへそくりから、そうたァいやァしねえや。ねらいをつけたなあの若旦那わかだんな橘屋たちばなや徳太郎とくたろうというでくのぼうよ。ふふふふ。んの雑作ぞうさもありァしねえ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
これで盆の上の仕事でも巧者になれば、初手しょてはあらかた投げてかかる。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
初手しょてはおいらア正直だからきていに思うた。後家とおつだといううわさがあるのに。敵手あいかたがちがっているのはへんだなと思っているとの。花時分たアちがって人通りもすくねえだろう。スルト野郎め。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
けれどもあなたは初手しょてからわたしに疑いをお持ちになって、木村にもいろいろ御忠告なさったかたですもの、木村にどんな事をいっておやりになろうともわたしにはねっから不服はありませんことよ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
飛びかふて初手しょての蝶々まぎれけり 嘯山しょうざん
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかしこれは初手しょてにどてらの方で自分の食いたくないものを、むしゃむしゃ食って見せて、自分の食慾を誘致した結果があずかって力あるようだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
およそはひとしきものにて、おのれなども幾たび戦場を踏みても、初手しょてばかりは、身の慄へを如何ともとどめ難くおぼえ候ふ
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初手しょての晩の泊りには、瓦っかけをしこたまつかませられちゃいやして、いやはや、その名誉回復と心得て、二度目に出かけてみやしたが、用心いよいよ堅固
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
初手しょては随分この女ならば末の末までもと、のぼせ上るが常なるを、さうと見て取るや否や、この男殺すもいかすも勝手次第と我儘の仕放題しほうだいしはじめるは女なり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一足飛びに上手じょうずになって、初手しょてから立派に踊りが出来ればとにかく、こんなことを毎晩見せられたり、やがては自分もこんな腰附き手附きをして変梃へんてこ極まる仕草をしなければならんとは
初手しょての烏もともに、就中なかんずくあとなる三羽の烏は、足も地に着かざるまで跳梁ちょうりょうす。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これで盆の上の仕事でも巧者になれば初手しょてはあらかた投げてかかる。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
そうすればおれの方でも弁解もしようし、説明もしようけれども、初手しょてから根のない苦情くじょうじゃ手のつけようがないじゃないか
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気がほとばしる。天才の鋭さを持つ。けれど、そこに何らの懸け引きがない。新九郎は初手しょての斬り込みに、案の定、たちまち精根を疲らしてしまった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おれの初手しょての嬶は、あいつは今どうなっていやがるかなあ、嫁入前に男をこしらえて、お土産つきで来るような奴だから、娘時分には、男も一人や二人じゃなかったろう、どうせ
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何事も宿世しゅくせの因縁なりかし。初手しょては唯かりそめのちぎりとしぬれば人にいはれぬ深きわけ重なりてまことの涙さそはるる事もぬるなり。これらをや迷の夢と悟りし人はいふなるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すべて物は一番初手しょてに見たことが一番深く頭に残っているものと思われます。
……初手しょてから覚悟じゃありませんか、ねえ。内証だって夫婦ですもの。私、苦労がたのしみよ。月も雪もありゃしません。(四辺あたりみまわす)ちょいとお花見をしてきましょうよ。……誰も居ない。
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「何にも云える人じゃないよ。相談相手に出来るくらいなら、初手しょてからこうしないでもほかにいくらも遣口やりくちはあらあね」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「……おお、程昱か。呉の堅陣に対して打つ手がない。初手しょての戦も、彼の攻勢に、味方はようやく防いだのみだ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初手しょては若い男ばかりに利いたが、だんだん老人としよりにも及ぼして、後には婦人おんなの病人もこれでなおる、復らぬまでも苦痛いたみが薄らぐ、根太ねぶとうみを切って出すさえ、びた小刀で引裂ひっさく医者殿が腕前じゃ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ズブの初手しょてを教育するつもりで、初手の初手からひとつ——いま言ったその盆ゴザというのは、いったいどんなゴザなんだ、バクチ打ち特有のゴザが別製に編ましてあるのか、いや、まだそのさきに
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「手前も御同様、やっとこれで安堵あんど致しました。何事によらず根もない世上の噂というやつほどいまいましいものは御座りません。初手しょてからこうと知っていればこんなにせるほど心配は致しません。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、義貞は初手しょての苦戦にかんがみて、大部隊の偵察や、また三浦義勝などの投降部隊に先導させて、多摩の南岸へわたり、その日、関戸の宿に陣取った。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「奥さんは初手しょてから私に未練があるものとして、きめてかかっていらっしゃるから、そうおっしゃるんでしょう」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、それは天気模様で、まあ分る。けれども、今時分、扇子おうぎは余りお儀式過ぎる。……踊の稽古けいこ帰途かえりなら、相応したのがあろうものを、初手しょてから素性のおかしいのが、これで愈々いよいよ不思議になった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初手しょてに流してしまうなんぞは、お話になりません
つまり初手しょてから玉砕ぎょくさいを期していたものとしか見えず、正行の大童おおわらわなすがたを中心に、一とき、わあッと、どよみを揚げた武者どもの叫びは、喊声かんせいというよりも
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取られようにもかたられようにも、名誉も財産もないんだから初手しょてから見込の立たない代物しろものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おいみんな聞かつし、初手しょてはな、支那人チャンチャンの金満が流丸ながれだまくらつて路傍みちばたたおれてゐたのを、中隊長様が可愛想だつてえんで、お手当をなすつてよ、此奴こいつにその家まで送らしておんなすつたのがはじまりだ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「だって、まず初手しょてからして、差撥さはつ獄吏ごくり)や監察かんさつに、ごあいさつの銀子ぎんすをお供えしねえと、これだぜ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし初手しょてから勝利者の余裕が附着している彼女には、黙っていても大した不足はなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死んだ兄貴の典馬のひき合わせだろうよ——おれも初手しょてはそんな気はみじんも抱いていなかったのだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おおぜい寄ると、めいめいが自分の存在を主張しようとして、ややともすればをたてる。それでなければ、自分の存在を閑却された心持ちになって、初手しょてから冷淡にかまえる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いいえ、この清吉だって、初手しょてからそれくらいな事は、感づいていないわけじゃなかったんで」
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)