まる)” の例文
私共がまる共謀ぐるかなんぞになって居るように思われますので甚だ残念ですが、どうしてあの塔をあの高い窓から運び出したのでしょう
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
岡山「それで一つ眼ならまるで化物だ、こんな山の中で猟人かりゅうどが居るから追掛けるぞ、そんな姿なりでピョコ/\やって来るな、亭主を呼べ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
またまるで馬、驢、駱駝を用いて、ギリシア人が、かほどの美饌を知らぬをあわれんだから、どの国で馬肉を食ったって構わぬはずだと。
まるでおぢいさんが穏かに孫を訓すやうな態度なので、三人とも『まづまづ退校は免れたな』と思つて、漸く安らかな気持になつていつた。
浜尾新先生 (新字旧仮名) / 辰野隆(著)
おれはまる三日苦しみ通しだものを。明日あすは四日目、それから五日目、六日目……死神は何処にる? 来てくれ! 早く引取ってくれ!
父親が没してからまる十年、生死いきじにの海のうやつらやの高波に揺られ揺られてかろうじて泳出およぎいだした官海もやはり波風の静まる間がないことゆえ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「まア、貴嬢あなた、飛んでも無いことおつしやいます、此上貴嬢が退会でもなさろものなら、教会はまるやみですよ、篠田さんの御退会で——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
わたし亜米利加の旗を見ると胸が悪くなつてよ。星だのすぢだの、けばけばしいつたら有りやしない、まる有平糖のお菓子チエツカベリイ・キヤンデイのやうよ。」
「さやうでございますよ、年紀としごろ四十ばかりの蒙茸むしやくしや髭髯ひげえた、身材せいの高い、こはい顔の、まるで壮士みたやうな風体ふうていをしておいででした」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「そうですとも! 理想はすなわち実際の附属物つきものなんだ! 馬鈴薯いもまるきり無いと困る、しかし馬鈴薯ばかりじゃア全く閉口する!」
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
文学に対する態度もまたしたがって以前とは全く違って、一生の使命とするというような意気込も理想や抱負もまるくなっていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
殊に、其の餌つき方が、初め数秒間は、緩く引いて、それから、しずかにすうツと餌を引いてく。其の美妙さは、まるで詩趣です。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
かつて十三歳の春から十八歳の春までまる五年間の自分の生命といふものは、実に此巨人の永遠なる生命の一小部分であつたのだ。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
作者のつくつた真、又は作者の好んで入つて行つた真である。わるくすると、読者はまるつきり思ひもかけない作者の別天地につれて行かれる。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
隣席の紳士は、吃驚びつくりしたやうな表情をして、私の顔を正面から見つめて居た。私が何事をしやべつて居るのか、意味がまるで解らなかつたのである。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
処女とか貞操とか云ふことをまるで無視する事である。さういふ事もないとは限られぬ。またそれが悪くも何ともない事だと云ふことも考へ得られる。
貞操に就いての雑感 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
どう云う訳だか分らないが、今度は此部屋の様子がまるで変ってるであろうと、私は一人で固く決め込んでいたのだが、私の感じは当っていなかった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
何しろもう七十近い齢で八年の間あの天草でまるで無人島同様な所に乞食のやうな生活をして、僅かな信者を作り乍らかくれてをられたのですからね。
その時分の私はほかにお友達があることはまるで知らないやうに、学校の遊び時間には加賀田さんとばかり遊んで居ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
授業を終えて教室を出ようとした私は、すぐに子供たちにつかまって、まるで鳩飼いじいさんのようになるのだった。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
それはまるで私といふ人間を非常に永い間友達にもつてゐたやうに、隱し立てをしない開け放したものを見せてゐた。
蒼白き巣窟 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
やはり其月の妾のような形でまる二年も腰をすえているうちに、其月の焼餅がだんだん激しくなって来て、時によると随分手あらい折檻せっかんをすることもある。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「看護婦に聞きました。ちょうど十日間ばかり、まるッきり人事不省で、驚きました。いつの間にか、もう、七月の中旬なかばだそうで。」とねむったままで云う。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
切ったのもまるで知らん。ほかにあるに違いない。俺は暗闇を幸に悪事をする奴を懲らしめるために、毎年下山して来ておるが、どうも去年のだけは見当がつかぬ
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
やがてストーン氏は静かに両眼を見開いたが、その青いの中には今までとまるで違った容易ならぬ光りが満ちていた。相手が尋常の女でない事を悟ったらしい。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ウイリイは、この羽根はただ森の中に落ちていたのを拾ったのですから、そういう王女がどこにおでだか、私はまるでしらないのですと、ありのままを申し上げました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
道理でつい此間埠頭場はとばで彼等を迎へた時に比べるとまるで趣きが変つてゐた——と滝本は気づいた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
貌全体がまるで毛だらけであつたが、その癖眉毛がまるつきり無いので、ひどく怪しげであつた。
間木老人 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
まる一日寝過ごして、次の晩の夜更けまで眠っていたなんて、そんな事はある筈がない。だが、何か太陽に異変でも起って、これがひるの十二時だと云う筈もあるまいて!」
「上町の旦那はん、……八千代はん、えらうおまんな。この夏まるで休んではりましたんやな。……もう出てはりますさうやけど、お金もたんと出來ましたんやろかいな。」
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
いえ、まるっきりちがってますわ。何しろうす暗いのと、上気じょうきしていたのとで、はっきり見ることも出来ませんでしたが、わたしの見た女の方は束髪だった様に覚えています。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
辰男はまるで他郷を見渡してゐるやうで方角も取れなかつた。萬國史で見た西洋の天子の冠のやうな形をした小さい島が入江から眞近い所にあるのに、今始めて氣がついた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
既に死骸が其筋の目に留り其方が殺したと云う沢山の証拠が有る其方に於いて覚え有う、と詰寄る検査官の言葉を聞て驚いたの驚か無いのと云てまるで度胸を失ッて仕舞ました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
またある人々は家や耕地をまるで見忘れたかの様に見捨ててしまって山の中に入り込んで暮らしたりしていた。山の方がまだまだ木の実等の食物があったからであろうと思われる。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
寛一さん、商売と学校はまるっきり違うよ。わしのような横文字も碌々ろくろくに読めない者でも組合の頭取とうどりが相応勤まって行く。金儲けは又別さ。融通が利いて堅ければ宜い。その上に学問があれば尚お結構だ。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「そこですよ。あいつは約手で振出が誰で、裏書が誰でと云ふ条件ならと云ふので承知したんです。それが変更することになると、まるで違つた話になると云ふんです。それはきつとさう云ふに極つてゐるんです。」
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
本の体裁と云い紙質と云い初版とはまるで較べものにならず、殊に初版にある美しい挿絵が再版には全然欠けているのが頗る気に入った。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
こたうる者はなかったから予が答えたは、まず日月出でて爝火しゃっかまずと支那でいうのが西洋の「日は火を消す」とまる反対あべこべで面白い。
まる淑女レディ扮装いでたちだ。就中なかんづく今日はめかしてをつたが、何処どこうまい口でもあると見える。那奴あいつしぼられちやかなはん、あれが本当の真綿で首だらう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
殊に呼吸器病を直すには、沖釣に越す薬無いと、鱚庵老きすあんろうの話しでしたが、実際さうでせう。空気中のオゾンの含量が、まるで違ツてるですもの。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「何の証拠もないのに、まるで保険金目的で放火したような事を云うのは怪しからん。第一当夜僕は家に居ないじゃないか」
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
父は祖母とはまるで違っていた。如何どうして此人の腹に此様こんな人がと怪しまれる程の好人物で、かお薩張さっぱり似ていなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
嘗て十三歳の春から十八歳の春までまる五年間の自分の生命といふものは、實に此巨人の永遠なる一小部分であつたのだ。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
まるでおはなしにならんサ。外債募集だの鉄道国有だのと一つの問題を五年も六年も担ぎ廻る先生の揃つてる経済界だもの。
青年実業家 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
「そうです、それで僕のすべての希望が悉く水のあわとなって了いました」と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それがまるで演説口調
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「さうよ! 貴方は馬鹿ね! 妾があの赤毛の犬をあんなに可愛がつて見せたのは一体何の為めだつたかつて事が貴方にはまるで分らなかつたのね!」
志「萩原君、君を嬢様が先刻さっきから熟々しけ/″\と見ておりますよ、梅の花を見るふりをしていても、眼のたままる此方こちらを見ているよ、今日はとんと君に蹴られたね」
「どうつかまつりまして。」給仕は弾機細工ばねざいくのやうに頭を下げた。「さし上げませうにもまるで品が手にりませんので。」
彼の眼は、まるで外を見ることが能きなくなっていた。彼は、瞑っても、開けても、その眼で、糜れた臓腑を見た。
労働者の居ない船 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
その室の特長として映るものは自分の家とはまるでかけはなれた明るさをもち、新しさをもち、その上掛軸や活花いけばなが整然として飾られているように思われた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)