仰向あおむけ)” の例文
離すと、いことに、あたり近所の、我朝わがちょう姉様あねさま仰向あおむけ抱込だきこんで、ひっくりかへりさうであぶないから、不気味らしくも手からは落さず……
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大尉はそこでもう大の字に仰向あおむけに寝ころがってしまって、そうして、空の爆音にむかってさかんに何やら悪口をいっていました。
貨幣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
修善寺しゅぜんじにいる間は仰向あおむけに寝たままよく俳句を作っては、それを日記の中にんだ。時々は面倒な平仄ひょうそくを合わして漢詩さえ作って見た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鶏の料理は是非ぜひとも鶏の割き方を覚えなければなりません。今あの料理人が三百目ほどの雄鶏おんどり俎板まないたの上へ仰向あおむけに置きました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
口惜くやしくってたまらないからおあさの足へかじり付きますと、ポーンとられたから仰向あおむけ顛倒ひっくりかえると、頬片ほっぺたを二つちました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日も仰向あおむけになつたまゝ胸の上に指を組み合はして天井を見つめたまゝ何おもふともなしに一日は暮れてしまつた。
日記より (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
格之介のやせた細長い身体が、雑木の幹の間でくるくる回ったかと思うと、仰向あおむけざまに倒れたまま、動かなかった。
乱世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
マラーはしばらくの間眉をひそめて聞耳を立てていたが、仰向あおむけに浴漕に浸っているままで大声に情婦を呼びたてる。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
妹の七代は仰向あおむけに長くなったまま振向いた。十八九であろうか。キリキリとした目鼻立ち、肉付きである。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
枕の上に仰向あおむけに投げ出されて、首のまわりをしめつけてくる獰猛どうもうな圧縮に息をつまらしてる顔……刻々に落ちくぼんでゆく顔貌がんぼう……ポンプにでも吸われるように
卑弥呼は反耶の力に従って静かに仰向あおむけに返ると、涙に濡れた頬に白い羽毛をたからせたまま彼を見た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし、あまりにも軽快な生気に満ちているので、長い間つづけてじっとしていることが出来ず、すぐに、ほっそりとした四本の脚を上にあげて、仰向あおむけにころがりました。
今茲いまここへ来て何を考えたって役には立たない。未だ雨も降らないのに、出水を心配するなどは猶更なおさら無駄な話だ。こう思いつつ何も考えない事にして、仰向あおむけに踏んぞりかえった。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
今日も雨が降るので人は来ず仰向あおむけになつてぼんやりと天井を見てゐると、張子はりこの亀もぶら下つてゐる、すすきの穂の木兎みみずくもぶら下つてゐる、駝鳥だちょうの卵の黒いのもぶら下つてゐる
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
馬は立ち上がり、後方におどり、仰向あおむけに倒れ、空中に四足をはねまわし、騎兵を振り落とし押しつぶした。もはや退却の方法はない。全縦隊は既に発射された弾丸に等しかった。
今、下になって、さも疲れたように枝に掴まって、ぐったりとしている眼の柔和な鳥をば、雌鳥だと思った。雄鳥は、今、巣の下に仰向あおむけになって、なにやらを巣の中に押し入れている。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
成るほど一台の緑色りょくしょくに塗られた新型のクウペが、玩具おもちゃのように二丈ばかりもある岩磯の下に転げ込み、仰向あおむけにひっくりかえって、血かガソリンか、其処らの岩肌には点々と汚点が飛んでい
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
伯爵は大きな呼吸いきをついていた。主翁は握りしめていた小紐こひもの輪を両手にひろげて、背の高い伯爵のうしろから投げかけた。紐はふわと伯爵の体にかかった。と、同時に伯爵の体は仰向あおむけに倒れた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
分娩のすんだトシエは、細くなって、晴れやかに笑いながら、仰向あおむけに横たわっていた。ボロ切れと、脱脂綿に包まれた子供は、軟かく、細い、黒い髪がはえて、無気味につめたくなっていた。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
し一つ頭を捻向ねじむけて四下そこら光景ようすを視てやろう。それには丁度先刻さっきしがた眼を覚して例の小草おぐささかしま這降はいおりる蟻を視た時、起揚おきあがろうとして仰向あおむけけて、伏臥うつぶしにはならなかったから、勝手がい。
味噌屋の御主人が、もうおれが来るずらと思って待ってござるじゃろうに、と仰向あおむけに寝ている木之助は、枕元まくらもとすわって看病している大きい娘にそう言っては、壁にかかっている胡弓の方を見たのである。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
死体は仰向あおむけよこたえて、顔の上には帽子が被せてあった。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それでもえられなかったので、安静に身をよこたうべき医師からの注意にそむいて、仰向あおむけ位地いちから右を下に寝返ろうと試みた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それ、これで。」と年増が解きて投与うる扱帯しごきにて老婦人の眼をぐるぐる巻にし、仰向あおむけに突転ばして、「姉御、荷造が出来た。」といえば
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おまけに腹がへって、どうにも足がすすまなくなって、洞庭湖畔どうていこはん呉王廟ごおうびょうの廊下にい上って、ごろりと仰向あおむけに寝ころび
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたくしどものように膝を重ねて坐り、ヒョイと触っても仰向あおむけにひッくりかえるような危い形は余りく有りません、又御婦人の寝相は至って大切なもので
でもとにかくそう思うと私はもううしろも向かずに無我夢中で岸の方を向いて泳ぎ出しました。力が無くなりそうになると仰向あおむけに水の上にしばらく気息いきをつきました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あるいはまた仰向あおむけに寝転んで、雲の飛ぶのを眺めた。雲は、牛や、巨人や、帽子や、婆さんや、広々とした景色など、いろんな形に見えた。彼はそれらの雲とひそかに話をした。
今度はきっと風変りの顔が見えるだろうと見て居たけれど火の形が変なためか一向何も現れぬ。やや暫くすると何やら少し出て来た。段々明らかになって来ると仰向あおむけに寐た人の横顔らしい。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ガタンと物凄い音がして椅子が仰向あおむけにひっくりかえった。
婦人はあっ身悶みもだえして、仰向あおむけ踏反返ふんぞりかえり、苦痛の中にも人の深切を喜びて、莞爾にっこりと笑める顔に、吉造魂飛び、身体溶解とろけ、団栗眼どんぐりまなこを糸より細めて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして布団ふとんの上に仰向あおむけになったまま、この二つのさい位牌を、眼に見えない因果いんがの糸を長く引いて互に結びつけた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
次男は、また仰向あおむけに寝て蒲団を胸まで掛けて眼をつぶり、あれこれ考え、くるしんでいる態である。やがて、ひどくもったい振ったおごそかな声で
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
仲間ちゅうげん仰向あおむけになって見ると驚きました。かたわらに一本揷ぽんさしの品格のい男がたゝずんで居るから少しおくれて居ました。
彼は自分の小さな寝床に仰向あおむけに寝ている。彼は天井に踊る光の線を眺める。それは尽くることなき楽しみである。にわかに彼は声高く笑う。聞く者の心を喜ばせる子供の善良な笑い。
むこうに見える高い宿屋の物干ものほし真裸まっぱだかの男が二人出て、日盛ひざかりを事ともせず、欄干らんかんの上をあぶなく渡ったり、または細長い横木の上にわざと仰向あおむけに寝たりして
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仰向あおむけに寝たらば楽になるかと思うと、疝気せんきが痛くなったりしていけませんから、廊下へ出ておどったらかろうというように、実に人は苦の初めを楽しむと云って
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
時彦ははじめのごとく顔の半ばに夜具をかつぎ、仰向あおむけに寝て天井を眺めたるまま、此方こなたを見向かんともなさずして、いともしずかに、ひややかに、着物の袖も動かさざりき。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
授業中の校舎全体、しんとしている。私は廊下の窓から、校庭のほうをながめ、周さんの姿を見つけた。周さんは、校庭の山桜の樹の下に、仰向あおむけに寝そべっている。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらくすると、彼は虫のそばにはらばいに寝転んで、じっと眺めた。もう魔法使の役目を忘れてしまって、そのあわれな虫を仰向あおむけにひっくり返しては、それがもがき苦しむのに笑い興じた。
私はそれを脱ぐのが面倒だから、そのまま仰向あおむけに寝て、手を胸の上で組み合せたなり黙って天井てんじょうを見つめていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごろりと仰向あおむけに河原に寝ころんだ。「同じ事ですよ。その針でも、一二匹釣れました。」嘘を言った。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
すわやと見る目の前の、鷲の翼は四辺あたりを暗くした中に、娘の白いはだえを包んで、はたと仰向あおむけたおれた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一足ひとあし二足ふたあし後へ下るとそば粘土ねばつちに片足踏みかけたから危ういかな仰向あおむけにお繼が粘土の上へ倒れる所を、得たりと又市が振冠ふりかぶって一打ひとうちに切ろうとする時大勢の見物の顔色がんしょくが変って
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
肱掛椅子ひじかけいす仰向あおむけによりかかり、いつまでもできあがらない仕事を膝の上にのせ、自分自身の考えに微笑ほほえんでいた——なぜなら、どんな書物であろうと、その奥底に彼女が見出すところのものは
津田はそれなり手術台にのぼって仰向あおむけに寝た。冷たい防水布がじかに皮膚に触れた時、彼は思わずひやりとした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちらと少女のほうを見ると、少女は落ちついて、以前のとおりに、ふたりの老夫婦のあいだにひっそりしゃがんで、ひたと守られ、顔を仰向あおむけにして全然の無表情であった。
美少女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その時はこの時雨榎しぐれえのきの枝の両股になってる処に、仰向あおむけに寝転んでいて、烏のあしつかまえた。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼をねむって居ながらも時々細目に開いて、わざとムニャ/\と云いながら、足をバタァリと遣る次手ついでにグルリと寝転ねがえりを打ち、仰向あおむけに成って、横目でジイとお瀧の方へ見当を附けると
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おれは正気に返って、はっと思う途端に、おれの鼻の先にある生徒の足をつかんで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたりと仰向あおむけに倒れた。ざまを見ろ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)