下賤げせん)” の例文
盛綱は、おかしがって語ったが、頼朝は、それは不愍ふびんなことだ、下賤げせんの者をしいたげたと聞えては、頼朝が生涯の汚名おめいというものである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大衆のうちでももっとも下賤げせんなものの足もとに踏みつけられなければならないということを教えるためだと人は思わないだろうか。
信仰しないということは、風儀の悪い下賤げせんな階級のことどもだった。宗教上の義務を怠ることは、彼らの社会には許されなかった。
弱きを滅す強き者の下賤げせんにして無礼野蛮なる事を証明すると共に、滅される弱き者のいかほど上品で美麗であるかを証明するのみである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのため壺屋出来の在来のものは、下賤げせんな人たちの用いる雑器に過ぎないとされ、島の人たちは好んで本土の焼物を輸入する。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして妙なことには新参者には比較的軽い務めを与えられたが、非常に立派な修行を積んだ僧には比較的うるさい下賤げせんな仕事が課せられた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
いつものことだが、主君越前守の下賤げせんに通ずる徹眼てつがん、その強記にいまさらのごとくおどろいた大作、恐縮して顔を伏せたまま
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼ら二人は、もし或る焔が偶然その心を温むることがあるとしても、またたやすく凶悪になるごとき下賤げせんな性質の者であった。
私どもは驚きます。「私どもが神の子? この無力無能、汚穢おえ下賤げせんの私どもが神の子? そんなことはありようはずがない」
……かれたのは彼のほうさ、彼のほうがちょろまかされたんだ、あの下賤げせんな狐づらの女悪魔め、……だがきみ、なあきみ
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さもなくば、あなたこそ、いやな噂をたねに王をおどかし、無理矢理オフィリヤを僕の妃に押しつけようとする卑劣下賤げせんの魂胆なのだ。きたない、きたない。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は自分の周圍に聞え、見える總てのものゝ無智、貧困、下賤げせんさに心弱くも驚かされた。しかしこのやうな感情の爲めに餘りひどく自分自身を憎み嫌ふな。
かてて加えて諸国より続々と上ってまいる東西両陣の足軽あしがると申せば、昼は合戦、夜は押込みを習いとするやからばかり、その荒々しい人相といい下賤げせんな言葉つきと云い
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
枕元まくらもとで人が何か云うと、話をしなくっちあ生きていられないおしゃべりほど情ない下賤げせんなものはあるまいと思った。眼を開いて本棚ほんだなを見渡すと書物がぎっしり詰っている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
清くて読み奉らるる時には、かみ梵天帝釈ぼんてんたいしゃくよりしも恒河沙こうがしゃの諸仏菩薩まで、ことごと聴聞ちょうもんせらるるものでござる。よって翁は下賤げせんの悲しさに、御身おんみ近うまいる事もかない申さぬ。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてまたおかしがりたいためにすべて人生一般の対照物をその冷嘲れいちょうまととなりうる下賤げせんな階級まで引きずり降ろさずにおかないのだから、相手が不快がるのは無理はない。
下賤げせんの者にこのわざわいが多いというのは統計の結果でもないから問題にならないが、しかし下賤の者の総数が高貴な者の総数より多いとすれば、それだけでもこの事は当然である。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
召使には違ひないし、至つて下賤げせんの生れだから、急のことにはむづかしいが、いづれ假親でも立てて、若君樣の嫁御寮にもといふ話もあつたくらゐだ——いや、これは内證だ。
……高貴なお方は高貴なお方同士で、下賤げせんな人間は下賤な人間同士で、嫁取り婿取りをなさいましたほうが、事なかれ主義という点で、よろしいようでございますよ。ハッハッハッ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
秋田藩にてもかゝる事あり。元禄の頃仙北稲沢いなさわ村の盲人が伝へし『不思議物語』にも多く見え、下賤げせんの者には別して拘引さるゝ者多し。近くは石井某が下男は、四五度もさそはれけり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もちろん、お客も町人下賤げせんの小切れ買いではない。城中お出入りの坊主衆、大奥仕えの腰元おつぼね、あるいはまたお旗本の内室といったような身分由緒ゆいしょのいかめしいお歴々ばかりなのです。
今は菟原うばら薄男すすきおとまで下賤げせんな人のように世間で呼ばれるようになった右馬うまかみとても、そういう生絹のあどけなくも鋭いのぞみを見るともう生絹を京にやるよりほかに愛しようとてもなかった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのての反古ほごにてもへてたば本望ほんまうなるべく、めて一ふで拜見はいけんねがひたきなり、されども下賤げせんれ、いかやうおもふともおよびなきことにて、無禮ぶれいものとおしかりをければそれまで
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
下賤げせんな下劣な、三文の値打ちもない男! 人間の皮をかぶった犬畜生にも劣る男! 先王の血を引きながら自分のみが王族たり得なかったことが、この男にとっては寝てもめても忘れ得ぬ無念さ
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
メルキオルは彼に下賤げせんな趣味があるのだと言っていた。ジャン・ミシェル老人は彼がゴットフリートを慕ってるのをねたんでいた。
下根の凡夫であり、下賤げせんの絵であるから、自分で高き位につく力とてはない。だがかかる事情にあればこそ、救いが誓われているのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
……といえば、笑うであろうが、そもそも自分は下賤げせんの生れで、青少年のむかしより、深窓の花には、ひとつの憧憬あこがれをもっていたものじゃ。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして外からながめたところによれば、彼は既に長い以前から謹直のしもべとなっていた。かかる正と善との発動は下賤げせんな性格者にはあり得べからざることである。
読者諸君は「おそめ」にける下賤げせんな卑しい会話を辛抱して下すった、ついでにこの思わせぶりな夜道の出来事をも、根問い抜きに受入れて頂けるものと信ずる。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かてて加へて諸国より続々と上つてまゐる東西両陣の足軽あしがると申せば、昼は合戦、夜は押込みを習ひとするやからばかり、その荒々しい人相といひ下賤げせんな言葉つきと云ひ
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
一方は下賤げせんから身を起して、人品あがらず、それこそ猿面のせた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放絢爛けんらんたる建築美術をおこして桃山時代の栄華を現出させた人だが
(新字新仮名) / 太宰治(著)
いかに人間が下賤げせんであろうとも、またいかに無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれるほどありがたい、そうして少しも取りつくろわない、至純至精の感情が
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その上にまた下賤げせんのものが脚部を露出して歩く機会が多いとすればなおさらの事である。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
茶道の影響は貴人の優雅な閨房けいぼうにも、下賤げせんの者の住み家にも行き渡ってきた。わが田夫は花を生けることを知り、わが野人も山水をでるに至った。俗に「あの男は茶気ちゃきがない」という。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
ドガ及ツールーヅ・ロートレックが当時自然主義の文学の感化を受けその画題を史乗しじょうの人物神仙に求めず、女工軽業師かるわざし洗濯女せんたくおんな等専ら下賤げせんなる巴里パリー市井しせいの生活に求めんとつとめつつあるの時
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お江野は下賤げせんに育つた女ですが、心掛は兎も角不思議にかしこたちで、二千五百石取の奧樣に直しても少しも可笑しくはない女です。繼子まゝこの吉彌にもよく、内外の噂はそんなに惡くありません。
民情に通じ、下賤げせんきわめることをもって奉行職の一必要事とかんじている越前守は、お役の暇を見てよくこうして江戸の巷を漫然まんぜんと散策することを心がけてもいたし、またこのんでもいたのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これは、これは、御叮嚀な御挨拶ごあいさつで、下賤げせんわたくしどもの申し上げます話を、一々双紙へ書いてやろうと仰有おっしゃいます——そればかりでも、私の身にとりまして、どのくらい恐多いかわかりません。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
端金はしたにはあらざりけんを、六三ろくさ此金これとヾめず、重々ぢゆう/\大罪だいざいくびおふせらるヽともらみはきを、なさけのおことばてつしぬとて男一匹をとこいつぴき美事みごとなきしが、さても下賤げせんてば、こひかねゆゑするとやおぼ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
著名なる“天皇側近の三房”の一人宣房のぶふさちゃく、中納言藤房のまえでは、勅ならずとも、はるか下賤げせん地下人じげにんだった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
禁中におかせられてさえかくばかりの御艱難をしのばせられるおりから、下賤げせんのわれらが酒肴の吟味などとは……口にするだに恥じなければならぬことでございました。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それからまた、無用なものは何一つ存在していないこと、もっとも下賤げせんなものも劇の筋書きのうちに一つの役目をもってること、などを私は見てとることを覚えました。
いまの無礼の雑言ぞうごんだけでも充分に、免職、入牢にゅうろうの罪にあたいします。けがらわしい下賤げせんの臆測は、わしの最も憎むところのものだ。ポローニヤス、建設は永く、崩壊は一瞬だね。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
下賤げせんで育ったにしては、妙にろうたけた賢い女です。
「かりにも、曹丞相ほどなお方が、汝ごとき下賤げせん蛮夫ばんぷと、なんで戦いを交えようか。もう一度生れ直してこい」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしては、フランスを蚕食さんしょくしてるそれらの下賤げせんな奴らによって、フランスを批判している。
「生きている者はごまかされても、死んだ者のたましいはごまかされないぞ、下賤げせん売女ばいたを囲っていながら、こんな殊勝らしい法要をしてみせる、死んだ姉の眼には見とおしだぞ、恥を知れ益村安宅」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「だまれ、下賤げせんの者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
「この百姓めが」といえば侮蔑ぶべつの代名詞になるように変ってしまったのと同じで、職人という名称も、元は決して、下賤げせんわざの呼び名ではなかったのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は兄の心を傷つけてやろうとつとめ、ますます下賤げせんなことを述べたてた。クリストフはたけりたつまいと一生懸命に我慢した。がついに悪口の意味がわかると、かっとのぼせてしまった。