一期いちご)” の例文
見よがしの殊勲てがらは、すでに殊勲にてはなきぞ。八幡照覧、信長の眼前、ただきょうを一期いちご無我無性むがむしょうに働く者ぞまことの織田武士なれ
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとい六波羅蜜ろくはらみつを修し、五戒を守っても、頭の中の妄想が一期いちごの障りとなって、まろは永劫に、輪廻の世界から逃れる事は出来ないだろう。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
積年の病ついに医するあたわず、末子ばっし千秋ちあき出生しゅっしょうと同時に、人事不省におちいりて終にたず、三十六歳を一期いちごとして、そのままながの別れとなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
法然が亡くなった後にはその遺骨を一期いちごの問頭にかけて後には鎌倉右大臣の子息である高野の大将法印定暁に相伝えられた。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
将軍御前で、万一、相手に言い伏せられるようなことでもあったら、それこそ、奉行たるものの面目はない、一期いちごの恥辱。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
故郷ふるさとの水のことごと、柳河や橋のことごと、たまゆらと、空ゆ一期いちごと、我が見ると、飛ぶとかけると、我が和子わこ連れぬ。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
膝にきたる骨太の掌指ゆびは枯れたる松枝まつがえごとき岩畳作りにありながら、一本ごとに其さへも戦〻わな/\顫へて一心に唯上人の一言を一期いちごの大事と待つ笑止さ。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「卑怯者めっ。一騎討じゃ——牧っ、仙波八郎太が、一期いちごの働きを見せてくれる。参れ、牧。参れ。参らぬかっ」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
串戯じょうだんじゃあがあせん、わっし一期いちごで、ダーだと思ったね、つちん中へ顔をうずめておさん、ずるずると引摺ひきずられたから、ぐらぐらと来て気が遠くなったんで。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一期いちごの大事です、不参すれば臆したといわれますよ」と茂登女は云った、「——桃世さんやあとのことは母が引受けます、支度をしてすぐにいって下さい」
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不幸にして虹の如き二十有三歳を一期いちごに、葉月二十六日曙近きガデブツシユの戦に敵弾を受けて瞑したりといへども、彼の胸中に覚醒したる理想と其健闘の精神とは
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
チョビ安とお美夜ちゃんへの愛に、うしろ髪引かるる思い……が、それも、一期いちごの思い出に名作を残そうとする、心のちかいの前には、たち切らざるをえなかった。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
世の盛衰は是非もなし、平家の嫡流として卑怯の擧動ふるまひなどあらんには、祖先累代の恥辱この上あるべからず。維盛が行末守り呉れよ、時頼、之ぞ小松が一期いちごの頼みなるぞ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
併し、この男の一期いちごの不覚は、障子の格子のあいているのを知らなかったこと、そして、驚いてそれを閉めた時に、偶然店先にいた二人の学生に姿を見られたことでした。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを見ていた錦子の、張り切っていた気持ちにくずれが来て、白い粉の薬を飲んだのが廿三の彼女の一期いちごの終りだった。花をさして、机の上に一本の線香をくゆらして——
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
情ないかな稻垣小左衞門は四十九歳を一期いちごとして、一節切と頭巾とを持ったなり落入りました。
御堂前南久太郎町みだうまへみなみきうたらうまち、花屋仁左衛門の裏座敷では、当時俳諧の大宗匠と仰がれた芭蕉庵松尾桃青たうせいが、四方から集つて来た門下の人人に介抱されながら、五十一歳を一期いちごとして
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この二人は次第に恢復かいふくに向ったのに、川谷一人は九月四日に二十六歳を一期いちごとして病死した。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一番最初に行ったのは神谷町かみやちょうの酒屋伊勢徳いせとく、この辺は柴井町しばいちょうの友次郎の縄張ですが、平次一期いちごの浮沈にかかわることで、日頃仲の悪い友次郎の思惑などを考えちゃいられません。
行く水に数画かずかくよりもはかなき恋しさと可懐なつかしさとの朝夕に、なほ夜昼のわかちも無く、絶えぬ思はその外ならざりし四年よとせの久きを、熱海の月はおぼろなりしかど、一期いちごの涙に宿りし面影は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
現在の日本は西暦一九三〇年前後を一期いちごとして、世界の最大強国となりつつ在る。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
庄五郎は二十八歳を一期いちごとして世を去ったが、従弟の平七のほかにこれぞという親戚はなかった。お国も浅草にひとりの叔母をもっているだけで、その叔母が来て何かの世話を焼いていた。
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おそらく、今度の御通行を一期いちごにして、助郷のことも以前とは変わりましょう。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吟味所守備かため武士つわものどもに取り囲まれたその時には、一期いちごの難儀と怖さ恐ろしさ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
な、俗物ぞくぶつ信心しん/″\文学者ぶんがくしや即ちおん作者さくしや様方さまがた生命せいめいなれば、な、俗物ぞくぶつ鑑賞かんしやうかたじけなふするはおん作者さくしや様方さまがた即ち文学者ぶんがくしや一期いちご栄誉えいよなれば、之を非難ひなんするは畢竟ひつきやう当世たうせい文学ぶんがくらざる者といふべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
という辞世の一句も哀れや六十一歳を一期いちごとして溘然こうぜんこの世を去られた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分は十九歳を一期いちごとして父のもとへ行く——父は前年郷里で死んだ——主人には申訳もうしわけが無いから君から宜しく云うてくれ、荷物は北海道に居る母の許に送ってくれ、運賃として金五円封入ふうにゅうして置く
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただただ永年夜食として食べ慣れたどぜう汁と飯一椀、わしはこれを摂らんと冬のひと夜をしのぎ兼ねます。朝までに身体がこごしびれる。わしら彫金師は、一たがね一期いちごです。明日のことは考えんです。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
世の物笑い、一期いちごの不覚。面目なくて生きて居られぬ。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一期いちごの悲鳴によりて、最後の苦惱によりて
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
「明日こそは、家康をくだすか、秀吉がやぶるるか、一期いちごの大決戦をこころみん所存である。よく寝て、心支度、おこたるな」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「先日、明良あきらの邸へ参ったとき、十三日の後の月見こそ、一期いちごの折というようなことを申したそうな。なんのことだ」
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
小泉がよろめく所を、右の脇腹わきはらつきを一本食はせた。東組与力小泉淵次郎えんじらうは十八歳を一期いちごとして、陰謀第一の犠牲としていのちおとした。花のやうな許嫁いひなづけの妻があつたさうである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この関の蝉丸神社へ一期いちごの思い出に納め奉ってしまったのか、そのいずれかであろうとは推察が届くのであります——竹生島にしても、蝉丸にしても、琵琶とは極めて縁が深い。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あきともかずひるともらず朧夜おぼろよ迷出まよひいでて、あはれ十九を一期いちごとして、同國どうこく浦崎うらざきところ入江いりえやみしづめて、あし刈根かりねのうたかたに、黒髮くろかみらしたのである。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こは是れ一期いちごの大事到来と、千丈の絶壁に足を爪立て、万仞ばんじんの深き淵に臨んだ思がしたろう。飛んでも無い返辞をして呉れたものだと、怨みもし呆れもし悲みもした事であろう。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
天に昇ったか、二十八歳を一期いちごとして船の中から消え失せてしまった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがしよしなき勇をふるひてあはれ此の者を討ち果たし、かのおん方の志を妨げ候こと一期いちごの不覚にて候ひしかども、今より後は無二の味方を申し、内々手引きして望みをかなへまゐらせん折もあるべしと
「それでこそ一期いちごのご合戦、われら先陣をつかまつりましょう」
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は一期いちごの思い出に皆んなを馬鹿にしてやろうと思いました。
君がため一期いちごの迷ひする時は身のゆき暮れて飛ぶここちする
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いまにして思えば正成には大処から全局を観る大きな眼があったのだ。しかも君命なればとそれもなげうち、あのいさぎよい一期いちごを完全に戦い終った
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捕物吟味の御前試合などとは、まだ話にもためしにもない。日本はじまって以来これが最初。二度とはない一期いちごのおり。……わたくしといたしましても今度ばかりは必死。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
清正公が一期いちごの思い出に、一手で築いたものであるのに、その清正公は尾張の土になれないで、肥後の熊本にまつられていますけれど、あの名古屋の城の天守を見るたびにわたしは
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これは、きみの口から聞かしてくれた……無論私も知っている……運八のために、その一期いちごの無念の時、白い幽霊に暖められながら、雪をつかんでとりの目を彫込んで、暁に息が凍った。
町野も合点の悪い男ではなかった。老眼に涙を浮べて、御尤ごもっともの御仰と承わりました、然らばそれがし一期いちごの御奉公、いさぎよく御先を駈け申そう、と皺腕しわうでをとりしぼって部署に就く事に決した。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云う声を聞き捨てて吾輩は又、甲板デッキに引返して行ったが、この時の友太郎の異様な熱誠ぶりを、知らん顔をしてソッポを向いていた友吉親仁おやじの態度を怪しまなかったのが、吾輩一期いちごの失策だった。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
君と見て一期いちごの別れする時もダリヤはあかしダリヤはあか
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
事実、彼はこの参内と、そして、めったにはめぐまれえない天子直々の拝謁を機に、或る一期いちごの覚悟をしていたらしい。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鯰入 笑われますか、なさけない。生命いのちとまでは無うても、鰭、尾を放て、ひげを抜け、とほどには、おふみに遊ばされたに相違はござるまい。……これは一期いちごじゃ、何としょう。(と寂しく泣く。)
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)