一昨年おととし)” の例文
狐のわざですよ。この木の下でときどき奇態なことをして見せます。一昨年おととしの秋もここに住んでおります人の子供の二歳ふたつになりますのを
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「だが、おれたちも一昨年おととし、去年は駄目だめだったじゃねえか。一日、足を棒にして歩いても一両なかっただもんな。乞食こじきでも知れてるよ」
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
晃 僕も一昨年おととし、その池を見ようと思って、ただ一人、この谷へ入ったために、こういう次第になったんだ。——ここに鐘がある——
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
加茂川の崖にって、庭の木の間から東山の隠見いんけんされる水西荘、一昨年おととしの冬至、二百三十金で買った、山陽が自慢の家だった。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その軍鶏で御馳走ごちになりてえ一心で私ァ一昨年おととし手伝いにいったんだ、そうしたら畳を上げたとたんに親方がどっかの殿様から拝領したって
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
幸子たちは、一昨年おととしの水の時の仕打ちを思い出して、そんなことも気に懸ったが、それもお春の観察にれば、格別そう云う風にも見えない。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「いいえ、なんでも東海道の方に長くいたそうで、大井川の話なんぞをした事があります。江戸へは一昨年おととしの春頃から出て来たということです」
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「待てよ。この前会ったのは一昨年おととしだったね。あの時はこんなじゃなかった。う/\、白髪は一本もないと言って自慢していたじゃないか?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何故だか自分も知らぬが種々の事を考へるよ、ああ一昨年おととしから己れも日がけの集めに廻るさ、祖母さんは年寄りだからそのうちにも夜るは危ないし
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一昨年おととしの春み送った十年あとのいまでもかれのかの女をおもううえについてはいさゝかのそこに晴れくもりもない……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
あれは一昨年おととしの七月のことでしたか、エルジンというイギリスの使節が蒸汽船を一そう幕府に献上したいと言って、軍艦で下田から品川まで来ました。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うちの中が何となく陰気で御座いましたが、一昨年おととしの春から若旦那が御座らっしゃるようになると、妙なもので、家内がどことなく陽気になりまして
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一昨年おととしも妾の妹があちらから子供の防寒靴を持って来ましたがね、品が丈夫なもんで、いまだに履いていますだよ。
一昨年おととしはまだ長野の学校に居たが、父に連れられて東京に来り、それより踏留まって今の秋元へ竜は潜んだのだ。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
「八百八町の男女、——日本国中の人々は、一昨年おととし以来、空の晴れも知らず、小鳥の声も聴かず、明日の日がうなるかとそればかりを恐れて居ります」
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何日いつの間にかパツタリと足が止つた。其間に政治は、同僚に捲込まれて酒に親む事を知つた。そして一昨年おととしの秋中尉に昇進してからは、また時々訪ねて来た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
去年も来た、一昨年おととしも来た。……普通の日にもやって来て、私を強請ゆすったことさえある。……あいつは誤解を
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのはずです。一昨年おととしはるあたりまで、べいごまが、はやって、これをってはらっぱへ、いったものです。
赤土へくる子供たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
一昨年おととしの秋あたりから都から立派なお方様が夕方車を召してお通いになっていたことがございました。」
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
一昨年おととしの夏に申し込んで、待ちきれなくなって去年の春に結婚して、その秋になってやっと当選したんだから、まったく、そのときは天にものぼる気持ちだった。
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
殊に一昨年おととしの末頃から、前から悪かった肺の病が烈しくなった上、神経衰弱にかかったので、妻と共にK町にずっとすまって、東京には全く出ずに暮して居たのです。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
一人は芸者屋の娘で、今は小滝こたきといって、一昨年おととし一本になって、町でも流行妓はやりっこのうちに数えられてある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一昨年おととしの夏、小鱸せいご釣に出でゝ、全くあぶれ、例の如く、大鯰二つ買ひて帰りしが、山妻さんさい之を料理するに及び、其口中より、水蛭ひるの付きし「ひよつとこ鈎」を発見せり。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
それに、ひと眼見てわかる通り、これは去年一昨年おととしのものじゃない。つい最近にやった仕事。……なア、伝兵衛、こんな仕事が出来るのは、四人のうちで美濃清だけ
一昨年おととしの夏わが休暇たまはりてここに来たりし頃、城の一族とほのりせむと出でしが、イイダの君が白きこますぐれてく、われのみきゆくをり、狭き道のまがり角にて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なれども御新造さんは根が武士のお嬢さんだから何うもと平常ふだん私が申して居りました、一昨年おととし花の時に御新造様の御様子が何うも町人とは違いますと云いますと、旦那が
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
左手ゆんでを伯母のひざにのせつ。その第四指に燦然さんぜんと照るは一昨年おととしの春、新婚の時武男が贈りしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
一昨年おととしかに考査試験に通っていまでは強力犯係の警部として敏腕をうたわれている男である。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
こういうことを話した清水も海軍将校になったのち、一昨年おととし(大正十三年)の春に故人になった。僕はその二、三週間前に転地先の三島からよこした清水の手紙を覚えている。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一昨年おととし高崎から来たといって立ち寄られたときおききしたのでした。あれは丁度今時分、いや六月でしたか。執着の心にこころの耳を蔽われていては、片手の声はきこえない。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
高倉院は、一昨年おととし以来うち続いた種々の事件で、心も体もすっかり疲れ切っておられた。
一昨年おととしお祖父さんが家へきたときに、大きい銀貨一つずつもらったのをおぼえてるわ」
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
一昨年おととし京阪を吹きまくった大暴風雨おおあらしに、鴨川の出水をきいて、打絶えて久しい見舞いの手紙が来たが、たどたどしい仮名文字で、もはや字も忘れて思いだすのが面倒だとあった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
大蘆原おおあしはらさんが云ったとおり、本当にこれは此場このばかぎりの話なんだが、一昨年おととしの秋の事、南太平洋で海軍の特別大演習があった時の事だったが、演習もいよいよとうげが見えて来た四日目。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あの仏壇の阿弥陀あみだ様の背後うしろから出てきた羽織はかまを着けた三十余りの男こそさきにも後にもただ一人きりの深い男であったが、それはもう今からいって一昨年おととしの夏の末に死んでしまった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一昨年おととしもそうでした。その前の年も。いつも悲しい辛いことがあって、絶望していると、あの蝉が鳴き出すのです。あの鳴き声は、いやですねえ。何だか人間の声のようじゃないですか。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
腹の底ではどのくらい泣いて居るというも知って居る、我を汝の身にしては堪忍がまんのできぬほど悲しい一生というも知って居る、それゆえにこそ去年一昨年おととしなんにもならぬことではあるが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つい一昨年おととしまで他人の住まいだった屋敷に、こけ猿の財産が埋ずめてあるなんてエのは、どう考えてもうなずけない話だから、藩士一同、それこそ、お稲荷さまの眷族けんぞくに化かされたような形。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
意氣地いくぢなしども! そんなら一昨年おととしの二百十のやうに、また一とあわかしてくれやうか」と怒鳴どなりつけやうとはおもつたが、なにをいふにも相手あひてはたか のしれた人間にんげんだとおもひなほして
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
第一あの人がどんな話を始めると思うかい……一昨年おととしあの人がわしらを茶の会へ呼んだことがある、リキュールつきのさ、リキュールは奥さんたちが持って行ってやるんだよ、そのときにだよ
だって御生前ごしょうぜんの御知己でお配り物でもするようなおうちがあるといいけれど。お国から出ると一昨年おととし去年と引き続いて。おとっ様もおっか様もおなくなりになるし。国には遠い親類もあるけれど。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
もう簡単に切り上げますが、そうして夜となく昼となく思い詰めながら、二度の夏を……一昨年おととしと去年と、二度の夏を送ってしまったちょうどその時分から身辺に時々妙なことが起ってきたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
一昨年おととしの夏さ」といつて、女はかほをそむけて、啜り上げた。
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「いや一昨年おととしのことなのですがね」
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お米といって、これはそのおじさん、辻町糸七——の従姉いとこで、一昨年おととし世を去ったお京の娘で、土地に老鋪しにせ塗師屋ぬしやなにがしの妻女である。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが、その一人さえ一昨年おととしから、プイと虚無僧寺へ隠れてしまい、心強くもお千絵様をすてておしまいなされました……。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お前さん、しばらく見えなかっただね、一昨年おととしの正月も昨年の正月もなくなられた大旦那おおだんなが、あれが来ないがどうしたろうと言っておらしたに」
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それは一昨年おととしの三月頃から五、六月頃にかけてのことで、その仕事に来た大工はみな泊り込みで働いていたんです。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
記憶おぼえのよければ去年こぞ一昨年おととしとさかのぼりて、手振てぶり手拍子てびやうしひとつもかはことなし、うかれたちたる十にんあまりのさわぎなれば何事なにごとかどたちちて人垣ひとがきをつくりしなかより。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大尼君の所で去年のこととか、一昨年おととしのこととかをこうとしているのであったが、ぼけてしまったふうであったから、そこを辞して叔母おばの尼君の所へ来た。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)