“しこう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:シコウ
語句割合
嗜好37.3%
伺候22.2%
而14.7%
子貢3.2%
始皇2.9%
四更2.5%
祗候2.5%
支考1.8%
施行1.8%
子羔1.4%
梓行1.1%
志向1.1%
思考0.7%
紫紅0.7%
至公0.7%
子衡0.4%
体裁0.4%
嗜口0.4%
四光0.4%
四口0.4%
四皓0.4%
子高0.4%
師曠0.4%
思構0.4%
思行0.4%
施工0.4%
柿紅0.4%
私行0.4%
紫光0.4%
芝耕0.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
それは西洋人の趣味嗜好(しこう)に投じ、横浜貿易の貿易品にそっくり適(はま)ったのでありますから、それはまことに素晴らしい勢いとなった。
そう決心するとともに、彼はその日の昼過ぎから、ちょっと石町(こくちょう)まで伺候(しこう)してくると同宿の二人に断って、ぶらりと表へ出た。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
而(しこう)して徳川時代における偏理的儒教は、早くも神道(しんとう)と抱合し、尊王賤覇(せんぱ)、大義名分、倒幕復古、祭政一致の理想を聯亙(れんこう)するに到れり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
子貢(しこう)曰く、貧にして詔(へつら)うことなく、富みて驕(おご)ることなくんば如何と。子曰く、可なり、未だ貧にして楽み、富みて礼を好む者に若(し)かざるなりと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
往古東洋の暴主秦(しん)の始皇(しこう)は石をもって万里の長城を築けり。しかして今や泰西の帝王宰相らは人をもって万里の長城を築かんとす。あにまた大胆ならずや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
西山荘の門は閉じられ、三更(さんこう)、四更(しこう)、雲もしずかに、山の尾根や山ふところに深く臥した。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神※の※の字は音「ぎ」にして示扁(しめすへん)に氏の字を書く。普通に祗(し)(氏の下に一を引く者)の字を書くは誤なり。祗は音「し」にして祗候(しこう)などの祗なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かつて一度は同じ連衆に参加した者の間にすら、後々(のちのち)は異説を生じ、越人(えつじん)と支考(しこう)、許六(きょりく)と惟然(いぜん)などは互いに罵(ののし)りまた争っていたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしこの種の手術を施行(しこう)するについては、瀬尾(せお)教授のやっておられるように、飽(あ)くまで公明正大でなければならぬと思う。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
孔子は、叔魚(しゅくぎょ)、子木(しぼく)、子旗(しき)、子羔(しこう)といったような、四十歳前後の門人たちの顔を、しばらく見まわしていたが
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
弁(べん)ジ其名実ヲ覈(ただ)シ集メテ以テ之ヲ大成シ此ニ日本植物誌ヲ作ルヲ素志(そし)トナシ我身命ヲ賭(と)シテ其成功ヲ見ント欲ス嚢(さき)ニハ其宿望遂ニ抑フ可カラズ僅カニ一介書生ノ身ヲ以テ敢テ此大業ニ当リ自ラ貲(し)ヲ擲(なげう)ツテ先ヅ其図篇ヲ発刊シ其事漸ク緒(ちょ)ニ就(つき)シト雖(いえど)モ後幾(いくば)クモナク悲運ニ遭遇シテ其梓行(しこう)ヲ停止シ此ニ再ビ好機来復ノ日ヲ
瓦(かわら)の一枚一枚が金箔(きんぱく)につつまれている大坂城の宇宙の大屋根は、時の力と、時の富と、時の志向(しこう)を、象徴(シンボル)している。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余(よ)は固よりコロボックル中に斯く斯くの職業(しよくげふ)有(あ)り、何々の專門(せんもん)有(あ)り抔との事は主張(しゆちやう)せざれど、上來述べ來(きた)りし程の知識(ちしき)有る人民中(じんみんちう)には多少の分業は存せざるを得ずと思考(しこう)するなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
そのうちに八丁堀の大旦那様(大沼氏)や平川町の先生(紫紅(しこう)氏)方がお見えになって、いよいよ本当だとわかりますと僕は思わず手放しで泣き出してしまいました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし錦橋の親しく交つたのは前記の数人ではなくて、杉本仲温、渋江至公(しこう)である。杉本仲温は「表御番医師、後奥詰、下谷御成小路」と、武鑑に見えてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
従う面々には、先の君理、子衡(しこう)をはじめとして、父の代から仕えて、流浪中も彼のそばを離れずにきた程普(ていふ)、黄蓋(こうがい)、韓当(かんとう)などの頼もしい者もいた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その人を見れば、これは袁術の配下で、この辺の郡吏を勤めている呂範(りょはん)字を子衡(しこう)という男であった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はつんつるてんの綿入に紺足袋穿(こんたびばき)という体裁(しこう)で、奥様に見られるのが何より気恥しゅう御座(ござい)ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中年より禅に参し、また幸若(こうわか)の謡(うたい)を娯(たのし)みとなした。明治以後幸若の謡を知るものは川辺御楯、西田春耕の二人のみであったという。明治二十年春耕は『嗜口(しこう)小史』を著して名士聞人の嗜口(しこう)を列挙した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「政、——」と岡っ引は云った、「四光(しこう)の平次とどんな仕事をした」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
四口一家固是客 四口(しこう)の一家(いっか)は固(もと)より是(こ)れ客なり
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は商山(しょうざん)にかくれていた四皓(しこう)にしたがい、道を学んで世を終ったので、その家では衣冠と黄石とを併せて葬った。占う者は常にその墓の上に、黄いろい気が数丈の高さにのぼっているのを見た。
葉公(しょうこう)子高(しこう)は竜(りゅう)を好むこと甚だしい。居室にも竜を雕(ほ)り繍帳(しゅうちょう)にも竜を画き、日常竜の中に起臥(きが)していた。これを聞いたほん物(もの)の天竜が大きに欣んで一日葉公の家に降(くだ)り己(おのれ)の愛好者を覗(のぞ)き見た。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「師曠(しこう)の聡」あるも聴くべからず、「離婁(りろう)の明」あるもみるべからず、「公輸子(こうしゅし)の巧」あるもさぐるべからず、声もなく臭(におい)もなく、実に妖怪の精微、かつ至大なるものなり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
薄汚い焼物が、棚から卸(おろ)されたり、箱のなかから恭(うやうや)しく取り出されたりした。そして一々説明が附せられた。その記者が書きかけている小説の思構(しこう)なども話された。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
尼「思行(しこう)さん、妙桂(みょうけい)さん、アノ一寸(ちょっと)和尚様(さん)に告げてお呉れな、深川の方の娘さんじゃそうだが、十八九に成る方で、因縁が悪いからお弟子になり、剃髪して尼に成りたいと云っておいでだから、一寸和尚様に告げてお呉れえ」
かういふ種類(しゆるい)の建物(たてもの)は設計(せつけい)施工(しこう)によつて地震(ぢしん)に傷(いた)められる模樣(もよう)が變(かは)るけれども、多(おほ)くの場合(ばあひ)、地上階(ちじようかい)は比較的(ひかくてき)丈夫(じようぶ)に出來(でき)てゐるため被害(ひがい)が少(すくな)い
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
岡村柿紅(しこう)両氏が馬楽礼讃の、短歌を、随筆を、それぞれ発表しておられ、蝶花楼馬楽の名声はよほど社会的のものだったことがうなずかれる。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「知らんです。人の私行(しこう)については興味を持っていません」
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
砲から空中へ紫光(しこう)の柱が立ったのは、上空にある強烈なる電気天井ヘビサイド層の電気を下へ導くための電離柱(でんりちゅう)です。これがために強烈なる電気が天井から下りて来る。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三、佐野昌一(著)
「こなひだ、芝耕(しこう)の芝居を見て、すつかり感じたもんやさかい、ちよつくら真似てみたが、なか/\出来(でけ)よらんわい。」