頬髯ほおひげ)” の例文
しかし権兵衛さんは、頬髯ほおひげうずまった青白い顔に、陰性のすごい眼を光らせてにらみつけるばかりで、微笑を浮かべた事さえなかった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
焚火の前には彼より先に熊の胴服を寛々と着て小手こて脛当すねあてで身をよろった、頬髯ほおひげの黒い、総髪の一人の荒武者が腰かけていたが、数馬
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
曽根は小男なのに、塩田は背が高い。曽根は細面で、とがったような顔をしているのに、塩田は下膨れの顔で、濃い頬髯ほおひげったあとが青い。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは一度義髄を見たものが忘れることのできないような頬髯ほおひげの印象と共に、半蔵のところに残して行ったこの先輩の言葉だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主人のトゥールキンは、名をイヴァン・ペトローヴィチといって、でっぷりした色の浅黒い美丈夫で、頬髯ほおひげを生やしている。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ところである雨の降るしずかな晩、時たま店へ来る童顔の頬髯ほおひげの生えた老人が来た。老人はどこで飲んだのかぐてぐてに酔って顔をあかくしていた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……あごはすっぺり、頬髯ほおひげの房々と右左へ分れた、口髯のピンとねた——(按摩の癖に、よくそんな事を饒舌しゃべったものね)
口髭くちひげ頬髯ほおひげとのために顔の他のものは何も見えない。頭には帽子をかぶらず、髪はパピヨットで綺麗に縮らせてある。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
でっぷりしたあから顔の快活な小男で、り残してる長めの頬髯ほおひげ、聞き取れないほどの早口——いつも騒々しくって、ちょこちょこ動き回っていた。
私は自分の白髪頭しらがあたまを両手でつかむと、すっぽり帽子のように脱いだ。次に耳の下からつらなる頬髯ほおひげ口髭くちひげとをとった。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
中年以後には短い口髭くちひげがあって、頬髯ほおひげがまばらにのび、晩年にはらないので、それが小さな渦を描いていたという。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿の主人は禿頭の工合から頬髯ほおひげまで高橋是清これきよ翁によく似ている。食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
五、六十歩下りて、巨人の頬髯ほおひげのように攀援類はんえんるいまといついた鬱蒼うっそうたる大榕樹だいようじゅの下まで来た時、始めて私は物音を聞いた。ピチャピチャと水を撥ね返す音である。
僕はこの心もちをのがれる為に隣にいた客に話しかけた。彼は丁度獅子ししのように白い頬髯ほおひげを伸ばした老人だった。のみならず僕も名を知っていた或名高い漢学者だった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
顔も大きいが身体からだも大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚あごひげ上髭うわひげ頬髯ほおひげ無遠慮ぶえんりょやしているので、なかなか立派に見える中村が
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
頬髯ほおひげの白い老人である。女は出迎えて、「どうぞどうにかして上げて下さいまし」と云った。それから逆上している気分を出来るだけ落ち着けて、これまでの様子を話した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そのアトから腎臓病でむくんだ左右の顳顬こめかみに梅干を貼った一知の父親の乙束おとづか区長が、長い頬髯ほおひげを生した村医の神林先生や二三人の農夫と一緒に大慌てに慌てて走り上って来たが
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中央の白髪交じりの頭が藤井ふじい署長、署長の右に禿げた頭を金縁眼鏡と頬髯ほおひげとで締めくくってゆったりと腰かけているのが、法医学者として名高いT大学医学部教授片田かただ博士である。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
玄武社は青年たちの自主的結社であって、十七カ条にわたるいさましい盟約があり、裄丈ゆきたけを一般より三寸短く裁縫した衣類を着るのと、頬髯ほおひげをたくわえるのとで眼立つ存在だった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その貴婦人のひだの多い笹べりのついた大きなすそを地にいた具合や、シルクハットの紳士の頬髯ほおひげの様式などは、外国の風俗を知らない私の目にももう半世紀も時代がついて見える。
それあのさっき来た頬髯ほおひげの濃い男、とにかくかの男を利用して、この局面の衝に立たせ、私はどちらへも手を出さずに、ひそかに綱を引きましょうが、それには、万一のあった時
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
びん頬髯ほおひげも白髪になった重吉が表にむしろをひろげた上で、「文明開化」を歌いながら、不器用に見える太い指を器用に動かして作る飯櫃入れはわらつやが増したように奇麗きれいにでき上ってゆく。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
猫背ねこぜで、獅子鼻ししばなで、反歯そっぱで、色が浅黒くッて、頬髯ほおひげうるさそうに顔の半面をおおって、ちょっと見ると恐ろしい容貌ようぼう、若い女などは昼間出逢であっても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかし熟々つらつら見てとく点撿てんけんすると、これにも種々さまざま種類のあるもので、まずひげから書立てれば、口髭、頬髯ほおひげあごひげやけ興起おやした拿破崙髭ナポレオンひげに、チンの口めいた比斯馬克髭ビスマルクひげ、そのほか矮鶏髭ちゃぼひげ貉髭むじなひげ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
頬髯ほおひげいかめしい陽にやけた顔……だいたいこの左近将監というかたは、べつだん腹黒い人というのではありませんが、非常に気のみじかい、わがままいちずな癇癖かんぺきのつよいかたでいられました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
頬髯ほおひげが浪をうって、泰軒はいつまでも泣くような哄笑をつづけていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そう諦めたものでもない。案外こういうアレの日にいい椋鳥むくどりがかかるものだ」頬髯ほおひげの黒い大男がニヤニヤ笑ってすぐ答えた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ハンメル・ランクバック男爵閣下は、頬髯ほおひげ口髭くちひげとをはやし、頤鬚あごひげってる、さっぱりとした小さな老人であった。
ひどく日焦ひやけしたその顔は、半分以上、頬髯ほおひげ口髭くちひげに隠れている。大きなかしの棍棒をたずさえていたが、そのほかには何も武器は持っていないらしい。
これと同じ白衣着けたる連れの男は顔長く頬髯ほおひげ見事なれど歩み方の変なるは義足なるべし。この間改札口幾度か開かれまた閉じられて汽笛の止む間もなし。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはちょっぴり頬髯ほおひげを生やした、おそろしく背の高い、猫背の男だった。一あしごとに首を縦にふるので、まるでのべつにお辞儀をしているように見える。
眉の太い、いかばなのがあり、ひたいの広い、あごとがった、下目しためにらむようなのがあり、仰向あおむけざまになって、頬髯ほおひげの中へ、煙も出さず葉巻を突込つッこんでいるのがある。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
張飛は、頬髯ほおひげしながら、ひき退った。一夜の功労も一言で失してしまった形である。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老若まじえて十二人の武士がずらりと室に並んでいた。頬髯ほおひげを生やした厳しい顔、青黛せいたい美しい優男やさおとこ眉間みけんに太刀傷をまざまざと見せた戦場生残りらしい老士おいざむらい
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この代診だいしんちいさい、まるふとったおとこ頬髯ほおひげ綺麗きれいって、まるかおはいつもよくあらわれていて、その気取きどった様子ようすで、あたらしいゆっとりした衣服いふくけ、しろ襟飾えりかざりをしたところ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼女は放笑ふきだして、彼の頬髯ほおひげあごの下でゆわえながら、その反覆句で答えた。
おまけにそのあとの痛みが手術前の痛みに数倍して持続したので、子供心にひどく腹が立って母にくってかかり、そうしてその歯医者の漆黒な頬髯ほおひげに限りなき憎悪ぞうおを投げつけたことを記憶している。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
くびなどは文字通り猪首である。大黒様のように垂れた耳。剃髪ていはつしても頬髯ほおひげだけは残し、大いに威厳を保っている。胸には濃い胸毛がある。全体の様子が胆汁質で、あぶらっこくて鈍重である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
西裏通りへんの別の寄席よせへも行った。伊藤痴遊いとうちゆうであったかと思う、若いのに漆黒の頬髯ほおひげをはやした新講談師が、維新時代の実歴談を話して聞かせているうちに、偶然自分と同姓の人物の話が出て来た。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)