逐一ちくいち)” の例文
その想像をして有村に逐一ちくいちのことを話していると、さらにまた五、六騎、大地をうってくるひづめの音が、闇の街道を乱れあってきた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだ結論に行っているわけではありません、単に、逐一ちくいち比較してみようとしているだけのものですから、そのつもりでお聞き下さい」
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その無理がたたって、今でもこの通りだと、逐一ちくいちを述べ立てると先方の女は笑いながら、あの金剛石は練物ねりものですよと云ったそうです。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
取たることまで逐一ちくいち訴へ呉ん邪魔じやませずと其所そこひらいて通しをれとのゝしるを段右衞門はいかおのいかして置ば我が身の仇なり覺悟をせよと切付るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これの件々は逐一ちくいちかぞうるにいとまあらず。到底とうてい上下両等の士族はおのおのその等類の内に些少さしょう分別ぶんべつありといえども、動かすべからざるものに非ず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その翌年になって、賊は紹興しょうこう地方で捕われて、逐一ちくいちその罪状を自白したが、かれは案外の小男であった。彼は当夜の顛末についてこう語った。
さて、さっきから、簾戸すだれど一重へだてた茶の間に坐りこんで、聞き耳を立てていたお祖母さんに、店の話声が逐一ちくいち聞えていないはずはなかった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
H21は、そのてるすべてを彼らに与えて、彼らから聴き出した知識を逐一ちくいちもっとも敏速に通牒つうちょうせよ——そして、一つの注意が付加された。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ところがお茶がむと、父はわたしとうでを組んで、一緒いっしょに庭へ出て行きながら、わたしがザセーキン家で見たことを、逐一ちくいちわたしに物語らせた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
と、雪之丞が、長崎屋の、広海屋に対する反抗心を、あけすけ聴かされたむね逐一ちくいち打ち明けると、孤軒は、にこにこして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
続いてあの谷中の墓地での旦那様のおかしな御容子から、今日いまここに到るまでの気味の悪い数々の出来事を、逐一ちくいち申し上げたのでございます。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
出来るならこの場で、私が妻を殺した一条を逐一ちくいち白状してしまいたい。——そんな気がまるで嵐のように、烈しく私の頭の中を駈けめぐり始めました。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
コヨは、大任を果した斥候のように、逐一ちくいち報告すると、ほっとした面持で、チョコチョコと、廊下を去って行った。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そして私のアパートへ急ぐ途中、偶然、奇妙な場面にぶつかって、露路にかくれて逐一ちくいち見とどけたのであった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは反感と好奇心とで一杯になった十三丁目の重三が、遠くの方から平次の調べを逐一ちくいち見て取った上、一と足先に奉公人たちの身許調べに飛んで行ったのです。
その外彼の常軌を逸した残忍な行為や婬蕩いんとうな振舞について、機敏な三成は逐一ちくいち報告を受け取っていたので、さてこそ腹心の侍にそう云う密旨を授けたのであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何事が起こったのか……と、寝巻姿にげ刀で立ち現われた多門へ、徹馬は今宵の騒ぎを逐一ちくいち伝える。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先生にお縋り申して郷里の父母の方へも逐一ちくいち言って頂こうと決心して参りましたそうです。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
はじめおもへらく、これらのこと、幕にもすでに諜知すべければ、明白に申し立てたる方、かへつてよろしきなりと。すでにして逐一ちくいち口を開きしに、幕にて一円知らざるに似たり。
留魂録 (新字旧仮名) / 吉田松陰(著)
そこで指と指を組み合せ馴染の給仕に今日の料理場の内況を逐一ちくいち聴き取ろうとする気構えだ。だが相憎あいにくマネージャアのヂュプラが店に姿を現わしているなら余り委しい様子は聞けない。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なに御道おみちめとあれば、わたくしぞんじてかぎりは逐一ちくいち申上もうしあげてしまいましょう。はなしすこかとうございまして、なにやら青表紙臭あおびょうしくさくなるかもぞんじませぬが、それは何卒なにとぞ大目おおめ見逃みのががしていただきます。
秋「今わしが源兵衞に云った事が逐一ちくいち分ったかえ、分ったら話して見るがい」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
様子を見ると随分危ない病気で、肺病のようであったからどうも私共の手に負える訳でもございませんけれど、かねて肺病の容体など知って居るものですから逐一ちくいち摂生法を言い聞かせたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
さもなければ、多計代も一二度の面識しかない藤原威夫という陸軍少佐に、モスクヷで入院している娘の伸子の様子をよくしらべて、逐一ちくいち本国へ知らして呉れるようにとたのんだりはしなかったろう。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分は急に元気を得て、逐一ちくいち事情を話し、更に須山に向いて
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
捜査の状況を逐一ちくいち話して聞かせてさえくれたのである。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「どうか、事件の経過を逐一ちくいち話してください」
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
お豊が今ここへやって来たのは、その修験者に向って、自分の見たところを逐一ちくいち白状するつもりであることに疑いはないのです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さても越前守には紀州より兩臣歸着きちやくにて逐一ちくいち穿鑿せんさく行屆たれば直樣すぐさま沐浴もくよくなし登城の觸出ふれだし有て御供揃ともそろひに及び御役宅おやくたくを出で松平伊豆守殿御役屋敷を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今日でもう十日にもなるが何の音沙汰もないのを見れば……その一命も気づかわれる……という三頭目が逐一ちくいちな話なのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この逐一ちくいちを聞いていた自分はたとい、掘子ほりこだろうが、山市やまいちだろうが一生懸命に働かなくっちゃあ、原さんに対して済まない仕儀になって来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわんやの西洋諸大家の理論書をうかがい、有形の物理より無形の人事に至るまで、逐一ちくいちこれを比較分解して、事々物々の原因と結果とを探索たんさくするにおいてをや。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今般、当村内にて、切支丹きりしたん宗門の宗徒共、邪法を行ひ、人目じんもくまどはし候儀に付き、私見聞致し候次第を、逐一ちくいち公儀へ申上ぐ可きむね、御沙汰相成り候段屹度きつと承知つかまつり候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お銀様が父と言い争っている時分から、この家の縁先の網代垣あじろがきの下に黒い人影が一つうずくまっていて、父子おやこの物争いを逐一ちくいち聞いていたようです。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一丈のいわおを、影の先から、水際の継目つぎめまで眺めて、継目から次第に水の上に出る。潤沢じゅんたく気合けあいから、皴皺しゅんしゅの模様を逐一ちくいち吟味ぎんみしてだんだんと登って行く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
魯粛は、この一さつを持って、呉へ帰った。途中、柴桑さいそうへ寄って、周瑜しゅうゆの病状を見舞いがてら、逐一ちくいち物語ると
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆえに今政府の事務を概して尋ぬれば、大となく小となく悉皆しっかい急ならざるはなしといえども、逐一ちくいちその事の性質をつまびらかにするときは、必ず大いに急ならざるものあらん。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
如何なればにはか變更へんかうせしぞ此事逐一ちくいち申し上よと言れて忠兵衞おそる/\一たんかくとは約したれど箇樣々々の醫師いし來りて彼お光こそ癲癇病てんかんやみなりとテレメンテーナと言ふ藥のことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
若々しい老尼は、忍踊りの声を逐一ちくいち、遠音の伴奏に合わせてうたい出したが、やがて手をさし、足をのべて、おのれも踊りながら歩いて行く。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は帰りがけに須永の所へ寄って、逐一ちくいち顛末てんまつを話した上、存分文句を並べてやろうと考えた。それでまた電車に乗って一直線に小川町まで引返して来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おことばの由、逐一ちくいち、鳥居様、酒井様などへ、お伝えいたしておきまする。——その他の儀はべつに?」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
房州で駒井甚三郎の厄介になっていたことを逐一ちくいち物語ると、お角も自分が上総かずさへ出かけて行った途中の難船から、駒井の殿様の手で救われたこと
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は、逐一ちくいちのことを、すぐ主人政職に告げた。また、一族宿老以下の主なる者にも、つぶさに報告した。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうなるといくら遺伝学を振り廻してもらちはあかん。みずから才子だと飛び廻って得意がった余もここに至っておおいに進退に窮した。とどのつまり事情を逐一ちくいち打ち明けて御母さんに相談した。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも女は、兵馬に充分の好意を示しているつもりで、逐一ちくいちその身請けの話というのを兵馬に向って物語りました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
逐一ちくいちは、筑前様へ直々じきじきでなければ申されませぬ。ほかでは寸言も吐きませぬ。何とぞ、大将のおん前へ、引っ立てて戴きとうござる。縄付でなりと、お恨みは仕りませぬ
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると自然の勢いが彼女にそれを逐一ちくいち叔父に話してしまえと命令した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多年の企画がここに火蓋を切って、いよいよ徳川家康を向うに廻して天下分け目の大謀がその緒についたことを、三成が逐一ちくいち、大谷に向って打明ける。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「京都より、逐一ちくいち、御報告のため、茶屋四郎次郎が、お慕いして参りました。なお、本多殿も、四郎次郎と途中で行き会い、唯今、これへ帰られましてございまする」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず、異人館の間取間取を覚え、その器具調度の名を覚え、かの地から持ち込まれた商品と器械とを逐一ちくいちに見学して、頭と手帳に留めてしまいました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)