ごう)” の例文
へんはここだけでなく、下の仁王堂、二ノ丸やぐら、諸所の木戸や仮屋からも黒煙を噴いて、山じゅうがごうッと火唸ひうなりしていたのであった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
砂原にはライオン歯磨はみがきの大きな立看板があり、鉄橋の方を時々、汽車がごうと通って行った。夢のように平和な景色があったものだ。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ごうッと立ち木をゆすぶり、棟をならして、まっ暗な風が戸外そとをわたる。さながら、何かしら大きな手で、天地をかきみだすかのよう……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ごうとなったのが、ちょうど九時半、ちとすぎ、かれこれ十時とも申しまして、この山の取着とッつきから海岸まで、五百に近い家が、不思議に同一おなじ時刻。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲野さんは返事を見合せて口をじた。会話はまた途切れる。汽車は例によってごうと走る。二人の世界はしばらくやみの中に揺られながら消えて行く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごうッと、凄じい風音と共に吹雪が眼口をひっ叩く。山の姿も林の影も一物も見えない闇の空間を、小鬼のような亡霊のような雪片ばかりが躍っている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
絶壁の間に長いとろをなし、四、五十間にしてまた右に曲り、それから奥は如何なっているか知ることが出来ない、だ何処ともなくごうという地響のような音が聞えるばかりである。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
余は奥座敷で朝来ちょうらいの仕事をつゞける。寒いので、しば/\火鉢ひばちすみをつぐ。障子がやゝかげって、丁度ちょうど好い程のあかりになった。さあと云う音がする。ごうと云うひびきがする。風が出たらしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ぞっとしてきびすを返して、一生懸命に野を横ぎり、又もや村里のかたを指して程少し来ると思う時分に百万の軍勢がときを造って、枯野を駆けるがようにごうと風やら、雨の物音が耳許みみもとを襲う。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
峰づたいにごうと鳴った。低い谷間に向ってもんどり打った。樹々は一斉にはためいて雪をふるい落した。白い雪げむりはきまわすように捲きあがった。それは風に殴られて横だおしにくずれた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼は紙袋を持ちかえながら、しばらく立ち止った。やがて電車が近づいてきて、その青黒い車体がごうと彼の眼の前をはしりぬけた。車体の速度が引きおこす突風が、その瞬間彼の顔にはげしくぶつかった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
汽車は鉄橋にかかり、潺湲せんかんたる清流の、やや浅い銀光の平面をその片側に、何かしら紫の陰影かげをひそませた、そして河原の砂の光った、木の橋がある、そのつい下手しもてを駛ってごうとまた響きを立てた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
何処かでとりが啼いていた。まだ夜明けにはだいぶ間のある筈だ。今が天地の真の闇であるように、須雲川すくもがわの水音ばかりがごうと遙かに耳につく。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田だかあぜだか覚束おぼつかなく、目印ともなろうという、雑木や、川柳の生えた処は、川筋だからごうと鳴る、心細さといったら。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かかとの堅きたたきに薄寒く響いたとき、黒きものは、黒き咽喉のどから火のをぱっといて、暗い国へごうと去った。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
戸外そとは、たらいの水を叩きつけるよう、ごうっ! と地を鳴り響かせて降りしきる山の豪雨である。まっ黒な風が横ざまに渦巻いて、百千の槍の穂尖ほさきを投げるような、太い、白く光る雨あし。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ごう々々々々々、ごう々々々々々
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「先生、雨です。」という間もなく、硝子窓がらすまどに一千のつぶてばらばらと響き渡って、この建物のゆらぐかと、万斛ばんこくの雨は一注して、ごうとばかりに降って来た。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ごうと音がして、白く光る鉄路の上を、文明の長蛇ちょうだ蜿蜒のたくって来る。文明の長蛇は口から黒い煙を吐く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
意外な敵が横からひとつえたため、周馬はかえって、そのまに小半町ほど逃げ越していた。しきりと道は登りになる。と思うと——ごうッ——とすさまじいうしお渦鳴うずなり!
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ごうッ! と、むねを鳴らす音に、燭台の灯が、おびえたように低くゆらぐ……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やがてむらむらと立昇る白い煙が、妙に透通って、さっと屋根へかかる中を、汽車は音もしないようにしずかに動き出す、とうるしのごとき真暗まっくらな谷底へ、ごうこだまする……
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と玄蕃は、木の根につまずいた間に、七、八間も離れた二人の影を怒気凄じく追いかけた……たたたたたと闇の底を打って行く跫音の先に、ごう——と岩にく水音が聞こえた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車は遠慮もなく暗いなかを突切って行く。ごうと云う音のみする。人間は無能力である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むくむくと持上って、𤏋ぱっと消えて、下の根太板ねだいたが、凸凹でこぼこになったと思うと、きゃッという声がして、がらがらごう、ぐわッと、早や、耳がつぶれて、よついの例の一件。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ごう——と闇をゆする峰颪みねおろしにまぎれて、二つの影はあららぎ谷からいずくともなく走り出した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな山は五分に一度ぐらいずつ時をきって、普段よりははげしくごうとなる。その折は雨も煙りも一度に揺れて、余勢が横なぐりに、悄然しょうぜんと立つ碌さんの体躯からだへ突き当るように思われる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
地鳴じなりごうとして、ぱっと一条ひとすじほのおを吐くと、峰の松が、さっとその中に映って、三丈ばかりの真黒まっくろつらが出た、真正面まっしょうめんへ、はた、と留まったように見えて、ふっと尾が消える。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ごうと音がして山のがことごとく鳴る。思わず顔を見合わす途端とたんに、机の上の一輪挿いちりんざしけた、椿つばきがふらふらと揺れる。「地震!」と小声で叫んだ女は、ひざくずして余の机にりかかる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
地軸星 ごう天雷 凌振りょうしん
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぱち/\と鳴ると、双子山颪ふたごやまおろしさっとして、松明たいまつばかりに燃えたのが、見る/\うちに、ごうと響いて、およ片輪車かたわぐるまの大きさに火のからんだのが、こずえかかつて、ぐる/\ぐる/\と廻る。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何百と云う人間を同じ箱へ詰めてごうと通る。なさ容赦ようしゃはない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまってそうして、同様に蒸滊じょうき恩沢おんたくに浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごうン——轟んっ——
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つかえて、堅く食入くいいって、かすかにも動かぬので、はッと思うと、谷々、峰々、一陣いちじんごう! と渡る風の音に吃驚びっくりして、数千仞すうせんじんの谷底へ、真倒まっさかさまに落ちたと思って、小屋の中から転がり出した。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汽車はごうと走る。甲野さんはにやりと笑ったのみである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごう——とただ鳴るばかりよ、長延寺様さ大釣鐘を半日天窓あたまからかぶったようだね。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それがただのじとじとならいけれど、今云う泥水の一件だ、ごうと来た洪水か何かで、一思ひとおもいに流されるならまだしもです——あかりの消えた、あの診察じょのような真暗まっくらな夜、降るともつかず
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……その時は、この山の下からの、土橋の、あの入江がや、もし……一面の海でござったがの、ごうと沖も空も鳴って来ると、大地も波も、一斉いちどきあおるように揺れたと思わっしゃりまし。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思わずあッといって失望した時、轟々ごうごうごうという波の音。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)