蕎麦そば)” の例文
旧字:蕎麥
女はさっそく隣近所に蕎麦そばを配るし、なにしろ美人で愛嬌あいきょうがいいので、源右衛門も奇異の感よりはむしろ最初から好意をよせていた。
マカロニは蕎麦そばで出来ていて、汁と一緒に食うと非常にうまい。糊の看板は円盤で、その上に糊を表す字が書いてある(図468)。
乗合で野尻湖に向う途中、真白い蕎麦そばの花の咲いた畑の間で、もう引き上げて来る外人の荷物を積み込んだ荷馬車とすれちがった。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
コレラは門並かどなみといってよいほど荒したので、葛湯くずゆだの蕎麦そばがきだの、すいとんだの、煮そうめんだの、熱いものばかり食べさせられた。
ありようは五百体より一杯をあてにした、蕎麦そばも、ちらしも、大道の餅も頬張れない。……それ以上に弱ったのは煙草が飲めない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ターウと言って蕎麦そばのような物でありますけれども蕎麦よりはまだ悪い。この村ではこういう物しか出来ぬ。それも年に一遍いっぺんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「いや人間も五十になるともう駄目ですね。もとは健ちゃんの見ている前で天ぷら蕎麦そばを五杯位ぺろりと片付けたもんでしたがね」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから、江戸橋と思われる橋を渡ったとき、道傍みちばたによたか蕎麦そばが荷をおろして、釜下かましたの火をあおぎながら、湯を沸かしているのを見た。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
汁粉屋の看板を掛けた店へ来て支那蕎麦そばがあるかときき、蕎麦屋に入って天麩羅てんぷらあつらえ断られていぶかし気な顔をするものも少くない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一日村を歩きまわって、貰ったのは蕎麦そば殻の袋だった。それでも仔細に見ると多少の粉が篩い落されるかも知れないと云うのだ。
とも喰い (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
江戸の人に言わせると、「俳諧と蕎麦そばは江戸に限る」と芭蕉のいわれた通りで、俳諧はこっちのものだ、というような事を言うて威張る。
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
板橋はんきょう三娘女さんろうじょという宿屋をしている老婆があって、それが旅人に怪しい蕎麦そばもちわして、旅人をろばにして金をもうけていたところで
怪譚小説の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
蕎麦そば屋の門口にれいの竹のお飾りが立っている。色紙に何か文字が見えた。私は立ちどまって読んだ。たどたどしい幼女の筆蹟ひっせきである。
作家の手帖 (新字新仮名) / 太宰治(著)
主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を刈り、跡へすぐ蕎麦そばいて土をかけて歩きました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
斗満で食った土のものゝ内、甘藍、枝豆えだまめ玉蜀黍とうもろこし、馬鈴薯、南瓜とうなす蕎麦そば大根だいこきびもち、何れも中々味が好い。唯真桑瓜まくわうりは甘味が足らぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たまには、せんべいや蕎麦そば振舞ふるまいまでしているほどなのに、その好意に対しても、ここで取っ組みを初めるなぞは、不届き至極だ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相当こんでいる三和土たたきの通路を二人は菓子部へ行った。ここの蕎麦そばボーロが王子の婆さんの好物で、サイは時々買ってかえってやっている。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
山形県の東田川郡でも、米や蕎麦そばの粉の篩のかすがサナゴ(土の香一六巻三号)、上総の一宮いちのみや辺でも豆の粉を挽いた残りの滓がサナゴである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
プラタヌスの樹蔭で電車を待っていると、蕎麦そばの出前を持った若い娘が、電柱に寄せかけてあった自転車を車道へ引き出した。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は、その翌朝、打ち合せて置いた団子坂下だんござかしたのやぶ蕎麦そばで平尾さんに落ち合い、此所ここで初めて平尾氏に面会したのであった。
佐藤成裕の『中陵漫録』二に虎狗を好み狗赤小豆あずきを好み猫天蓼またたびを好み狐焼鼠を好みしょうじょう桃を好み鼠蕎麦そばを好み雉子きじ胡麻を好み
父親が、明るいランプの下でちびちび酒を始めた時分に、子供たちはそこにずらりと並んで、もくもく蕎麦そばを喰いはじめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蕎麦そばでも食ったらすぐ帰れよ! おそくならんように」そういうと彼は、そのままトランクを持ってスタスタ歩き始めた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「ええええ、それはなんでございます、休ませていただく前にお蕎麦そばの粉を用意しておりましたから、これを枕許へ置いて食事に換えました」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
羽生の野や、行田への街道や、熊谷の町の新蕎麦そばに昨年の秋を送ったかれは、今年は弥勒野から利根川の河岸の路に秋のしずかさを味わった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
山腹は一面蕎麦そばの畑で、咲きはじめたばかりの白い花が、塩をふりかけたように月にせた。赤い茎の層が初々しく匂い、驢馬の足どりも軽い。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
私は東京に来て蕎麦そば種物たねものをはじめて食った。ある日母は私を蕎麦屋に連れて行って、玉子とじという蕎麦を食べさせた。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼はその気持から、夫人が好きだといった、季節外れのかにを解したり、一口蕎麦そばを松江風にねたりして、献立に加えた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その間に、古ぼけた木製ベッドや、食卓や、雑多の食器や、罐詰や、蕎麦そば屋の岡持おかもちなどが、滅茶苦茶に放り出してあった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その十三日の午後四時頃に、赤坂の半七老人宅を訪問すると、わたしよりもひと足先に立って、蕎麦そば屋の出前持ちがもりそばの膳をかついで行く。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蕎麦そばもこの頃はめました、かゆ野菜やさい少しばかり、牛乳ぎゅうにゅう二合ほどつとめてみます、すべて営養上えいようじょう嗜好しこうはありませんと。
久しぶりに来たというので、母親も喜んで、二人の前に手打ち蕎麦そばを出してくれた。で、しばらくよもやまの話しをしていたが、小平太はおりを見て
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
汽車の窓に青田のながめ心ゆくさまなり。利根の鉄橋を越えて行くに夏蕎麦そばをつくる畑干瓢かんぴょうをつくる畑などあれば
滝見の旅 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ほんとうの話。……ところが、どうして更科というかというと、失礼ながらあなたのお顎に、お蕎麦そばのくずが……
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この地方の遠いいにしえは山にたよって樵務きこりを業とする杣人そまびと、切り畑焼き畑を開いてひえ蕎麦そば等の雑穀を植える山賤やまがつ、あるいは馬を山林に放牧する人たちなぞが
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何も御前おめえさんが、あやまんなさる事は無えのさ。こりやほんの僅ばかりだが、世話になつたわけしゆたちに、暖え蕎麦そばの一杯も振舞つてやつておくんなせえ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「あああだ、君の顔をみると、家賃の請求書に見えて仕方がないよ。ま、兎に角、俺の留守には、支那蕎麦そばの十杯も食べて呑気に待っていなさい。ええ?」
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
寄席の帰りに腹が減って蕎麦そば屋に這入ると、妓夫が夜鷹よたかを大勢連れて来ていて、僕等はその百鬼夜行の姿をランプの下に見て、覚えず戦慄せんりつしたこともある。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
貴女あなたのお家の女中さんは田舎の人で饂飩うどんやお蕎麦そばを上手に打つとうかがいましたからそういう人に煉らせたりでっちさせたりしたならばかえってよく出来ましょう
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
弁兆は食膳の吟味ぎんみに心をくばり、一汁いちじゅうの風味にもあれこれと工夫を命じた。団九郎の坐禅諷経をふうじて、山陰へ木の芽をとらせに走らせ、又、屡〻しばしば蕎麦そばを打たせた。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
……その癖、姫草さんはトテモ横暴で、汚れ物や何かもスッカリ私に洗濯おさせになりますし、向家むかいのお蕎麦そば屋の若い人を呼ばれる時にも妾をお使いに遣られます。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
会員というのは、靴屋の小僧とか、魚屋のせがれとか、トンカツ屋のあんちゃんとか、蕎麦そば屋の出前持とか、円タクの助手とか、鍍金めっき工場の職工とか、ああくたびれる。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
鮓も少し取ってくるように、それから孝助殿は酒はあがらんから五合ばかりにして、味淋みりんのごく良いのを飲むのだから二合ばかり、それから蕎麦そばも道中にはあるが
古本屋と蕎麦そば屋との抜け道のことが臨検の時に警官の注意をひかなかったり、切れた電球が明智のスイッチをひねったときに偶然についたり、「心理試験」において
「証拠があるんだから文句は言わせねえ心算つもりさ。東禅寺前で夜泣き蕎麦そばを二杯も喰っているし——」
「日清戦争前だったよ。物価がやすかったからね。蕎麦そばがもりかけ八厘、種物たねもので二銭五厘と来ている」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
じゃ……(帯の間から財布を出して)これでお蕎麦そばでも食べて行って下さい。(紙幣を一枚出す)
或る別れ (新字新仮名) / 北尾亀男(著)
勿論もちろん美妙の家で蕎麦そば一つ御馳走ごちそうになったという人もなかったようだ。かえって美妙を尋ねる時は最中もなかの一と折も持って行かないと御機嫌ごきげんが悪いというような影口かげぐちがあった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
はじめて野嵐の冷え渡るを覚えて目をさまし、それより千辛万苦して、わずかばかり離れたる横道の茶店にたどりつき、蕎麦そばわん食したれば、身心はじめてわれにかえり
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
あの晩、わたくしはお夜食のお蕎麦そばを注文するので公衆電話をかけに裏口から戸外へ出ましたところが、恰度その時お店の前に自動車が止まって葛飾さんがお降りになるのを
遺書に就て (新字新仮名) / 渡辺温(著)