肝腎かんじん)” の例文
いいですか、あの死体を発見した二人の証人は口をそろえて、死体がまだ温かかったと言っているのですよ。この点が肝腎かんじんなのです。
五階の窓:02 合作の二 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「どっこい、まだ顎なんか撫でるには早いよ。肝腎かんじんの小僧に逢わずに来たのは大きな手落ちだ。八丁堀なんか、明日でもよかったんだ」
だが、人間の生命にかかわることだから疎漏そろうのないようにやりたまえよ。何事も辛抱しんぼう肝腎かんじんだ。根気よく目的にむかって進みたまえ
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼女はその薄暗い中に青貝あおがいちりばめた古代の楽器がっきや古代の屏風びょうぶを発見した。が、肝腎かんじん篤介あつすけの姿は生憎あいにくこの部屋には見当らなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とうとう、二人は引っ組んで、四つになり、諸仆もろだおれになり、さんざん肉闘して、肝腎かんじんな錦の袍もために、ズタズタに引裂いてしまった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その代りよく気を付けて長く使い込んだ鍋は大層丈夫になって容易に剥げる事がありません。最初の使い込み方が何より肝腎かんじんです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
草餅くさもちが出来た。よもぎは昨日鶴子が夏やと田圃たんぼに往ってんだのである。東京の草餅は、染料せんりょうを使うから、色は美しいが、肝腎かんじんの香がうすい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
肝腎かんじんの「人格を完備した男女」を作る事を忘れ、人格を尊重し合うべき事を息子むすこのため娘のために教えて置かぬ罪に帰せねばなりません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
と反問するが肝腎かんじんである。臆病おくびょうなる僕に一大興奮剤となった教訓は沙翁さおうの Be just and fear not の一言である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
まないのは、おまえさんよりこっちのこと、折角せっかくねむいところを、早起はやおきをさせて、わざわざてもらいながら、肝腎かんじんのおせんが。——」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
土下座とか云って地面じべたへ坐って、ピタリと頭を下げて、肝腎かんじん駕籠かごが通る時にはどんな顔の人がいるのかまるで物色する事ができなかった。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは、むす子の生活に便利なよう、母親としての心遣いには相違なかったが、しかし、肝腎かんじんな目的は、かの女自身の心覚えのためだった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
折角、あの神尾喬之助の居場所を知らせに来た者が、その肝腎かんじんの場所を言わないうちに呼吸いきえてしまってはしようがない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
信一郎は、肝腎かんじんな来意を云ってしまったので、ホッとしながら、彼は夫人が何う答えるかと、じっと相手の顔を見詰めていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また我々が首尾よく抜け出しさえすれば、明日とも言わず迎えの工夫をする、どっちにしても落着いて寝ていることが肝腎かんじんじゃ
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
古い大福帳や証文や勘定書などがしみという虫に喰われており、肝腎かんじんの数字のところが穴になっている。さあたいへん、困ったことになった。
虫喰い算大会 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
そういうつもりになって、色々のものをよく見ようとしたのではあるが、勿論肝腎かんじんな線がそう簡単に見えるはずはなかった。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
入蔵間道を発見する方法 ここで私は一番肝腎かんじんな仕事は何かと言えばまずどこからチベットへ入ればよいかということです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
肝腎かんじんの当人が何と云うか、反応を見るのも一つの方法であるかも知れない、と、又そう思い直したので、或る日神戸へ買い物に出ようとして
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
第一、文字暗号ではないのだから、肝腎かんじん秘密ABCキイ・ウァードを発見するのに必要な資料が、これにはてんで与えられていないのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
半次郎 江戸にいるという噂だけで、居所が知れねえのだ、それに肝腎かんじんの名前だって、哥児はうろ憶えなんだ。尋ね探しても、判るかどうだか。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
例えば甲の社員の提言を容れて直ぐ実行してくれと命じたものを乙の社員の意見でクルリと飜えして肝腎かんじんの提言者に通告もしないでやめてしまう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
こう彼が肚を決めてのは、どうやら他にもっと肝腎かんじんな理由があってのことらしい——もっと真剣で、切実な問題が……。
庸三はそのころまだ歌舞伎劇に多少の愛着をもっていただけに、肝腎かんじんの葉子が一緒にいないのが何となく心寂しかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おかん 兄弟が相棒で御神輿おみこしでもかつぎに出るのかえ。(土間を見返りてあざ笑ふ。)肝腎かんじんのかつぐ物があるかよ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
肝腎かんじんの先生は亡くなる、焼跡を捜しても鍔は出ず、元も子もすっから勘左衛門、今思っても惜しくってならねえ」
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自由な音律に任せて、小曲の形を採るのがほんとうだと思う。而も短歌の形を基準としておいて、自由に流れる拍子を把握するのが、肝腎かんじんだと考える。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
肝腎かんじんな働き手の高自身さえ着のみ着のままだったが、それをまた祖母は、世間の手前、余り汚い風をしていては困ると、口うるさく叱言こごとを言っていた。
肝腎かんじん張本ちょうほんを逃がしてしまうからさ。やッつける時には、一網打尽じゃ。今はまず、奴等の罠にはまったと見せかけ、油断をさせておけばいいのじゃ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
喧嘩けんかはおよし。肝腎かんじんなことは、家族の一人に、ブルタスがいるってこった。うちには現にいるんだ。にんじんのお蔭で、あたしたちは肩身が広いわけだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ここに隣からの火貰ひもらいという交際が結ばれ、また家々ではの火を留めるということが、肝腎かんじんな主婦若嫁の職務となり、さらに翌朝はその火を掻起かきおこして
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「こんなところに置いちゃいかん! すぐばれてしまうじゃないか。これをかくしておくことが肝腎かんじんなんじゃ。」
窃む女 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
親を養わんならん肝腎かんじんの娘が病気も病気もそんな病気になってしもうてどうしようもなりまへんもんどすさかい。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
肝腎かんじんなことは、ねえ、望んだり生きたりするのに飽きないことだ。その他のことは私たちの知ったことじゃない。
この上は肝腎かんじんの右肺部を檢査しようかと思つたが、粟粒がどの位廣く結成されたかを確めるために頭蓋骨を開いて腦膜を調べて見たくてたまらなくなつた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
ただ作家がこれを実行するかしないかの問題だけで、それをせずにはおれぬときだと思う事が、肝腎かんじんだと思う。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
船の修覆しゅふくの材料となし、獣類魚類さては木の実を捜して命をつなぐ工夫が肝腎かんじん、ウム、向うに見えるは鳥なるべし
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その重要な人が決闘で傷つき、倒れ、肝腎かんじんの戦場に出て、働かれぬやうなことがあつては、はなはだ遺憾である。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
さて学校も出来人間も大概そろったが金がない。軍隊は戦争しようとするけれども、肝腎かんじん兵站へいたん部がない様な塩梅あんばいで、学校も財政のために非常に困ったのである。
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ここが肝腎かんじんのところだと思いましたから、わざと暗い処に引っ込んで、よくよく様子を聞いてみますと、僕の両親が、何も云わずに、落ち付いて殺された事や
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんな小さなことではうまく立ち廻るが、肝腎かんじんなところで失敗するのだと、栄介は答えようとして止めた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
だッて牢屋には肝腎かんじんの藻西太郎が居るだろうじゃ無いか細「でも貴方、藻西に逢た所で別に利益はなかッたでしょう、それよりは何故直に藻西太郎の宅へ行きそのさいを ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
なんでもない顔のあかや、着物の襟などを注意すると喜ぶくせに、肝腎かんじんの心の病気を注意するとおこられるとは、全く人間というものは、ほんとうに変な存在ものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
思いっきりが肝腎かんじんです! ほかに打つ手はありません、ほんとです。ないとなったら、ないのですから。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それもたしかに要求の一つではありますが、肝腎かんじんの季ということを忘れていたのは残念な事であります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ヂュリ いきれてはれぬとやるほどなら、いきれてゐぬはずぢゃ。なんのかのと言譯いひわけしてゐやるのが肝腎かんじん一言ひとことよりながいわいの。これ、きつか、きょうか? はやや。
さて、これからがこの話の眼目にはいるのですが、考えてみると、話の枕に身を入れすぎて、もうこの先の肝腎かんじんの部分をくわしく語りたい熱がなくなってしまいました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ちょうどその時、担当の老看守の戻って来る気はいを感じ、太田はさり気なく窓の下を退きながら、肝腎かんじんなことを聞くのを忘れていたことに気がついてたずねたのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
なるほど彼等かれら信仰心しんかうしんもつて、とほ此所こゝまできたりながら、肝腎かんじんのおあなには接近せつきんすることず。
勿論、本当の大阪落語を聴こうとする肝腎かんじんの客が消滅しつつあることは重大なさびしさである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)