つっ)” の例文
と、突然後からコートの背中をつっつくものがあるので、吃驚びっくりして振り返って見ると、見知らない一人の青年が笑いながら立っていた。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そして、外側から錠前を卸すと、玄関へ走って行って、そこにあった下駄げたつっかけ、車庫を開いて、自動車を動かす支度したくを始めた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
柳島まで行くには及ばねえと点頭うなずきながら、尻をはしょって麻裏草履をつっかけ、幸兵衞夫婦の跡を追って押上おしあげかたへ駈出しました。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
先祖以来、田螺たにしつっつくにきたへた口も、さて、がつくりと参つたわ。おかげしたの根がゆるんだ。しゃくだがよ、振放ふりはなして素飛すっとばいたまでの事だ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのままじっとしてないで、縁先の下駄をつっかけて、飛石づたいに菖蒲畑の傍まで来ましたら、生垣いけがきくぐって大きい犬が近寄って来ました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
保吉はたちまち机に向うと、インク壺へペンをつっこむが早いか、試験用紙のフウルス・カップへ一気に弔辞を書きはじめた。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
最も甚しいのは親のすねかじっている学生や部屋住の身分で畳付の駒下駄を足の先へつっかけて歩くような不所存者もあります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
自分はやむをえず、吸物を吸ったり、刺身をつっついたりした。下女が邪魔になるので、用があれば呼ぶからと云って下げた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御免をこうむついでにモット手近いところで人間諸君の赤恥をつっつき出して、是非とも一つ腹を立てさせて進ぜる事にしよう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
河原にての殺しの息込すきなく、お俊の手を取つて花道をけ込むからだのこなしなど、つっころばしの妙を極めし出来なり。黒縮緬裾ぼかしの着附にて堀川に来る所も男前上々なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
「あの二つ目の通を左へ曲って、広場をつっきって行ったらしいよ」と亭主はすぐ答えた。
帰ると溜息ためいきついて曰く、全く田舎がえナ、浅草なンか裏が狭くて、雪隠せっちんに往ってもはなつっつく、田舎にけえると爽々せいせいするだ、親類のやつが百姓は一日いちにちにいくらもうかるってきくから
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
政元は行水ぎょうずいを使った。あるべきはずの浴衣よくいはなかった。小姓の波〻伯部ははかべは浴衣を取りに行った。月もない二十三日の夕風はさっと起った。右筆ゆうひつの戸倉二郎というものはつっと跳り込んだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
龍介は眼ひとつ動かすのも見逃がすまいと、鋭く吾郎を睨みながらつっこんだ。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さまでの苦痛をこらえたな。——あとでお澄の片頬に、畳の目がやすりのようについた。横顔でつっぷして歯をくいしばったのである。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お重も無言のままそれをスプーンつっついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹ごうはらで食べているとしか思われなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この問題に限ってチョットつっつくと直ぐに止め度もなくペラペラと喋舌しゃべり出しやがるんだ。どう見ても普通の親娘おやこじゃありません……と熱烈に主張するんだ
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
外へ出ると、ふてくされた日が一面にしもどけの土を照らしている。その日の中を向こうへつっきって、休所へはいったら、誰かが蕎麦饅頭そばまんじゅうを食えと言ってくれた。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たぶん彼女をつっついたら、何かしらぐり出す方法があるかも知れないという位の考えなのだろうが、今頃こんな人を、ほじくり出した処で、どうせ何も出やしないと思ったので
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そこにあり合せた下駄をつっかけて門の外へ出た。見張りの刑事は一寸法師の方へ行って誰もいない。彼等はもう暗くなり始めた町を、人通の少い方へ少い方へと、よろめきもつれて走った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と妙に中川へつっかかる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
又、此の屑屋がきょうがつた男で、鉄砲笊てっぽうざるかついだまゝ、落ちたところ俯向うつむいて、篦鷺へらさぎのやうに、竹のはし其処等そこらつっつきながら、胡乱々々うろうろする。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
細君はうれしそうに自分のそばている赤ん坊の顔を見た。そうして指の先で小さい頬片ほっぺたつっついて、あやし始めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その一つ向うのテエブルには、さっき二人と入れちがいにはいって来た、着流しの肥った男と、芸者らしい女とが、これは海老えびのフライか何かをつっついてでもいるらしい。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は目の色を変えて、つっかかる様に云うのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つかつかと出て、まだしずくまぬ、びしょぬれの衣を振返って、憂慮きづかわしげに土間に下りて、草履をつっかけたが、立淀たちよどんで、やがて、その手拭を取って頬被ほおかぶり
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道也先生は火桶ひおけのなかの炭団たどん火箸ひばしの先でつっつきながら「御前から見れば馬鹿馬鹿しいのさ」と云った。妻君はだまってしまう。ひゅうひゅうと木枯こがらしが吹く。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はもうそう云った時には、うねの土に指をつっこんでいた。良平のびっくりした事はさっきよりはげしいくらいだった。彼は百合の芽も忘れたように、いきなりその手をおさえつけた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
車屋の挽子がね、おさん、え、え、ええッて、人の悪いッたら、つんぼの真似をして、痘痕の極印を打った、其奴そいつ鼻頭はなづらへ横のめりに耳をつっかけたと思いねえ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ヴァイオリンを小脇にい込んで、草履ぞうりつっかけたまま二三歩草の戸を出たが、まてしばし……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからまた腕を組んだまま、つっけんどんにこう言い放ちました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蔵人は咄嗟とっさかわして、横なぐれに退すさったが、脚を揃えて、背中を持上げるとはたとばばつっかけた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝巻ねまきの下に重ねた長襦袢ながじゅばんの色が、薄い羅紗製らしゃせい上靴スリッパーつっかけた素足すあしの甲をおおっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牧野はお蓮の手をつっつきながら、彼一人上機嫌に笑いくずれた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
車は病院所在地の横田の方から、この田畝を越して、城の裏通りを走ったが、つっかけ若竹座へは行くのでなく、やがて西草深へ挽込ひきこんで、楫棒かじぼうは島山の門の、例の石橋の際に着く。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細君は赤い炭団たどんの、灰の皮をいて、火箸ひばしの先でつき始めた。炭火ならくずしても積む事が出来る。つっついた炭団はこわれたぎり、丸い元の姿には帰らぬ。細君はこの理を心得ているだろうか。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れて畳のやぶれにもつっかからず、台所は横づけで、長火鉢の前から手をのばすとそのまま取れる柄杓ひしゃくだから、並々と一杯、突然いきなり天窓あたまからぶっかぶせる気、お勝がそんな家業でも、さすがに婦人おんな
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)