とり)” の例文
不安を感じないわけにはゆかない、見よ、緑の一色を除いて、生けるものの影とては、何もない、とりも啼かないから肉声も聴かない。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
夕月淡く柳がくれの招き行燈あんどに飛ぶとり落とす三遊亭圓朝が一枚看板、八丁荒しの大御所とて、いずくんぞ沙弥しゃみより長老たり得べけむや。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
この小さな、緑色に繁茂しげり栄えた島の中には、まれに居る大きなありのほかに、私たちを憂患なやまとりけもの昆虫はうものは一匹も居ませんでした。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鬼小島弥太郎やそのほかの者に導かれて、これまで来た使者の伝右衛門は、思わず足を止めて、そこらの木々のこずえとりの声など、振仰いだ。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母に慈愛のまなざしで諭されたことも有ったろうが、それも勿体ないが雲辺うんぺんとりの影、暫時しばしのほどしか心にはとどまらなかったのであったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あなたのお心は、心にきざんでおりますけれど、今となっては、とりと人と種類がちがいますから、結婚することができないじゃありませんか」
阿宝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
向つべに日のかげる山、なほ明く温かき山、その空の白き綿雲、ちろちろととり渡るさへ、なかなかにあはれとも見れ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこには綺麗きれいな羽のめずらしいとりがいて、人にれていて人が傍へいっても驚かなかった。その鳴く声は笛の音のようであったが、時おり座上ざしきへ入って来て鳴いた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
毎日々々諸方を案内しつつ互に宏博こうはくなる知見を交換したのは、あたかもかごとりのように意気銷沈していた当時の二葉亭の憂悶不快を紛らす慰藉いしゃとなったらしかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
天地にとどろいた、今の音が、起ったらしく思われる南山みなみやまの空を仰いだ、と直ぐ眼についたのは、おびやかされて群れ乱れたおびただしいとりであった、緑につつまれた山も野もすてて
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
今やすでにトスカナの原野に達し、青蒼せいそうの林、和鳴のとり、柳暗花明の村落に達したるがごとし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
豕がなかなか旨く門戸のとざしを開くは、ただ猫のみこれに比肩し得る。ツーマー兄弟なる者豕を教えて二週間の後とりの在所を報ぜしめ、それより数週後に獲物を拾い来らしめた。
大臣の信用は屋上のとりの如くなりしが、今は稍〻やゝこれを得たるかと思はるゝに、相沢がこの頃の言葉の端に、本国に帰りて後も倶にかくてあらば云々しか/″\といひしは、大臣のかくのたまひしを
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夜のとりのように、闇に溶けゆく女の影を追うて、雪之丞は、ひた走りに走る。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
本篇一四頁上段にいはく「先に友の勧めしときは大臣の信用は屋上のとりの如くなりしが今はやこれを得たるかと思はるゝ云々」と。ソモ屋上の禽とは如何いかなる意味を有するや、予は之を解するに苦む。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
むか以太利イタリーの大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰せいしんあり。地に露華ろかあり。飛ぶにとりあり。走るにけものあり。池に金魚あり。枯木こぼく寒鴉かんああり。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの青いカササギみたいなとり着附きつけを氣どるだらう。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
とりどもにとやにされて、雨露を防いでいたのであろう。
まどとり
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
「お客人は、いったい何を求めて、こんや山家やまがへお越しでござったか。ここはいわゆる——山中長物なし、ただとりあるのみ——ですが」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色々な考えにちいさな心を今さらあらたもつれさせながら、眼ばかりは見るもののあても無いそらをじっと見ていた源三は、ふっとなんとりだか分らない禽の
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とりは横にれて、られた羽が、動揺した空気に白く舞った、一行手取りにするつもりで、暫く追いかけて見たが、掌中の物にはならなかった。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
向つべに日のかげる山、なほあかく温かき山、その空の白き綿雲、ちろちろと渡るとりさへなかなかにあはれとも見れ。
大臣の信用は屋上のとりのごとくなりしが、今はややこれを得たるかと思わるるに、相沢がこの頃の言葉のはしに、本国に帰りてのちもともにかくてあらば云々しかじかといいしは、大臣のかくのたまいしを
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
岩の蔭からとりがぱっと立つ、暫くして元の処へ下りる。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
谷の底まで、夜明けの光がしこんでゆくにつれて、朝霧のなかには細かい虹が立ち、とりはしきりと高音たかねを張りあげていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とりかざる山間やまあいの物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
冬が来た、冬が来た、木はその葉を振い、飛ぶとりも翼を縮めるべき冬が来たのだ。その冬の先駆なる高嶺の雪!
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
しかし詩を読み、離騒を読み、万葉集を読むものは、その詠ずる所の何の草、何の木、何のとり、何の獣であつたかを思はずにはゐられない。今より究め知ることの出来る限は究め知りたいものである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
早や秋、早稲の穂づらを飛ぶとりの一羽二羽かろ涼風すゞかぜをち
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とりが再びぱっと立ち飛び去る。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
とりといえば、ゆうべ喰べこぼした兵糧の米つぶへ、無数の小禽が群れ下りて、刃の光も、武者たちの跫音にも恐がらないすがたが、又なく愛らしい。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄暗いほどに茂った大樹たいじゅの蔭に憩いながら明るくない心持の沈黙を続けていると、ヒーッ、頭の上から名を知らぬとりが意味の分らぬ歌を投げ落したりした。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とりの、朗かにさえずる声は、峰から峰へと火がつくようである。寝泊りした小舎の頭の、白花の咲く、ノリウツギの間からも起る。サルオガセの垂れる針葉樹の間からも、同じように起る。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
飛ぶとりとしも、幽かだに
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
変ったことといえば、それくらいなもので、家の東南たつみにある高さ五丈余の桑の大樹に、春はとりが歌い、秋は落葉して、いつかここに三、四年の星霜は過ぎた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牡丹の盛りには蝶蜂の戯るゝを憎しとも思はねど、海棠の咲き乱れたるには色あるとりの近づくをだにねたしとぞおもふ。まことに花の美しくあはれなる、これに越えたるはあらじ。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
石の外へい出してうかがうと、雨はいつか止んだらしいが、風はゴーッと唸って、樺の稚木わかぎが騒いでいる、聞きなれないとりが、吐き出すように、クワッ、クワッと啼いている、どす黒い綿雲がちぎれて
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
耳は、松風やとりに洗われていても、頭は、洲股すのまたへ駈け、小牧山へ通い、血は風雲に沸々ふつふつと騒いでいる。まったくここの「じゃく」と彼とは、べつ物であった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これほどに吾家うち母様おっかさんさるのも、おまえのためにいいようにと思っていらっしゃるからだとお話があったわ。それだのにとりを見て独語ひとりごとを云ったりなんぞして、あんまりだよ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とりが飛んでも、すぐ鋭いひとみがそれに動く。動物的な官能と猛気が、泥や露に汚れ果てた全身にみなぎっていた。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
関白の威勢や、三好秀次や浅野長政や前田利家や徳川家康や、其他の有象無象うぞうむぞう等の信書や言語が何を云って来たからと云って、とりの羽音、あぶの羽音だ。そんな事に動く根性骨では無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
哨兵しょうへいたちが雑談していた。雲もない一碧いっぺきの空に、かさなり合っている山々の秋色しゅうしょく、その裾に見える湖の明るさ、ふとすると、とりに、欠伸あくびを誘われそうだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めのにへを忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢おごりねぐら巣作れるとり尻尾しりをなき猿、物言ふ蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざるゐのこ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
宵の灯ともし頃から翌朝のとりの音の聞えるまで、二万何千回という「突」を数えたことすらあった。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久しく我らをいやしみたり、我らにささぐべきはずの定めのにえを忘れたり、う代りとして立って行くいぬ驕奢おごり塒巣ねぐら作れるとり、尻尾なき猿、物言う蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざるいのこ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
昼をく小とり——木の葉のささやき——そんなものしかなかった。弦之丞は静かに言葉をつづけた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とりを獲て本より楽しく、獲ずしてまた楽しいのである。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
清澄な空気、耳なれぬとりの声、森々しんしんと深まさる山また山。行けども山である、行けども山である。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人の愛観を待つさまざまの美しいとりなどもいる。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)