なわて)” の例文
彼が垣の外へ立った時には、もう彼方かなたなわてで追い着いた丈八と糸屋とが、道中差を抜き合って、烈しい刃交はまぜを見せているのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
囚獄方の役人に囲まれて、上村良平が関屋口のなわての松林までやって来た。追放者の多いばあいは、各人べつべつに放すのが通例である。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
里馴れたものといえば、ただ遥々はるばるなわてを奥下りに連った稲塚の数ばかりであるのに。——しかも村里の女性の風情では断じてない。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鈴ヶ森のなわてももう半分ほど行き過ぎたと思うころに、老婆はつまずいて、よろけて、包みを抱えたままばったりと倒れた。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
方々から借り集めたボロラケットの五、六本を束にした奴を筆者が自身に担いで門を出た時には、お負けなしのところ四条なわてに向った楠正行まさつらの気持がわかった。
ビール会社征伐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まるいなだらかな小山のような所をおりると、幾万とも数知れぬ蓮華草れんげそうあこう燃えて咲揃さきそろう、これにまた目覚めながらなわてを拾うと、そこはやや広い街道にっていた。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
今、四条なわての戦いを説くには、どうしても建武中興が、如何にして崩壊したかを説かねばならない。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
宿は鎌倉でも辺鄙へんぴな方角にあった。玉突たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなものには長いなわてを一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家臣たちに迎えられて広忠が岡崎城に帰る日が来た頃には、吉良一族は、城主持広の歿後ぼつご戦乱の波にもまれて今川勢の強襲に遭い、藤浪なわてよろいふちの戦いにもろくも敗れた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
菅笠すげがさは街道のほこりに赤うなって肌着はだぎ風呂場ふろばしらみを避け得ず、春の日永きなわてに疲れてはちょううら/\と飛ぶに翼うらやましく、秋の夜はさびしき床に寝覚ねざめて、隣りの歯ぎしみに魂を驚かす。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
楠公は湊川みなとがわにて討死にをとげ、二代の忠臣正行まさつら公には、一時この書を手に入れられたが、またもや奪われて四条なわてにてご最期、三代の楠正儀朝臣まさのりあそんも、三度この書を手に入れられたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
本郷、うなぎなわて——長岡頼母の屋敷である。喬之助討取り方評定ひょうじょうの最中に。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一同が広々としたなわてへ出て、村の入口にかかっている小さな橋を渡ろうとすると、突然物陰から、飛白かすりのよれよれの衣物きものを着た味噌歯みそっぱの少年が飛出して来て、一番背の高い自分に喰付こうとした。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
松並木になって、左右がなわてに続いている札場のところまで来て
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
簗小屋を這い出すなり高徳は息をつめてなわての方を凝視した。津山川の水面みずももまだわかたぬほどな霞だし、空は白みかけたばかりだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう温泉いでゆの町も場末のはずれで、道が一坂小だかくなって、三方は見通しの原で、東に一帯の薬師山の下が、幅の広いなわてになる。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本郷追分のさき、うなぎなわてと呼ばれるところに、西丸御書院番、長岡頼母の屋敷、全番士が寄り合って対喬之助策協議たいきょうのすけさくきょうぎの最中、あるじの頼母が見つけたのだ。自室の障子に紙札がかかっている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すッくと立って耳をすますと、まさしくなわてしののやぶにあたります。風とも思えないしのびやかな音が、水のようにザワザワと流れて来る。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……屋台を崩して、衣装葛籠つづららしいのと一所に、荷車に積んで、三人で、それはなわての本道を行きます。太神楽も、なかなか大仕掛おおじかけなものですな。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「アアア、何か間違いでもなければいいけど——今夜は、二人揃って本郷追分ほんごうおいわけのうなぎなわて、長岡頼母とかってやつんとこへ、斬り込みに行くとか言って出かけたんだったっけ……あたしも、これから行ってみようかしら」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし、久我なわてから淀をこえ、伏見の里に来るまでに、ほとんど、散々に脱軍して、残るは腹心の者ばかりわずか十三騎とまでなってしまった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一寸ちょっと探偵小説のやみじあいの挿絵に似た形できっとしてたたずんでいたものを、暗夜のなわての寂しさに、女連が世辞を言って、身近におびき寄せたものであった。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なわてしのや青田のあぜを馳けずり廻って、むなしく先の数人が引っ返して来てみますと、一方、おくめの死骸のまわりにも、幾人かの軽装な捕手が
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
学円 途中、なわて竹藪たけやぶの処へ出て……暗くなった処で、今しがた聞きました。時を打ったはこの鐘でしょうな。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、寺まで来ないうちに、荒川なわてではお蝶らしい者の影を見つけ、また、そこに倒れていた、丹頂のおくめのふしぎな死骸をも見出しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の居たなわてへ入って来たその二人は、紋着もんつきのと、セルのはかまで。……田畝の向うに一村ひとむら藁屋わらやが並んでいる、そこへ捷径ちかみちをする、……先乗さきのりとか云うんでしょう。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大宮を下って、鳥羽街道を真っすぐに進んでゆくのであった、その途中の辻々や、なわてや、民家の軒や、いたる所に、上人の輿を見送る民衆が雲集して
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊豆の修禅寺しゅぜんじの奥の院は、いろは仮名四十七、道しるべの石碑をなわて、山の根、村口に数えて、ざっと一里余りだと言う、第一のいの碑はたしかその御寺の正面
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なわて大藪おおやぶに風が立ちそめて来た。風につれて、小禽ことりが立つ。しかしまだその鳥影も見えぬほど朝は暗いのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
百姓家二三軒でもうなわてだが、あすこは一方畑だから、じとじと濡れてるばかり。片方かたっぽに田はあっても線路へ掛けて路が高い。ために別に水らしい様子も見えん。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、眼の下の大竹藪からさらにずっと山裾へかけてひらけている樹林や畑やなわてを縫って、一筋の白い道が見えた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その水田の方へ、なわてへ切れて、蛙が、中でも、ことこところころ、よく鳴頻なきしきってる田のへりへ腰を落し、ゆっくり煙草を吹かして、まずあの南天老人をめました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼のることを見すまして笑いながら戻って来るのを待っていたのであるが、その丈八が、勢に乗って追いくってゆくうちに、不覚にも、なわてのそばの畦川あぜがわ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
饂飩酒場の女房が、いいえ、沼には牛鬼が居るとも、大蛇おろちが出るとも、そんな風説うわさは近頃では聞きませんが、いやな事は、このさきの街道——なわての中にあった、というんだよ。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こう断りながら、大息をって、雲母越きららごえの十町なわてを魔のように駈け、さがまつの辻までやがて来た。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
衣物きものを脱がせた親仁おやじはと、ただくやしく、来た方を眺めると、が小さいから馬の腹をかして雨上りの松並木、青田あおだへりの用水に、白鷺しらさぎの遠く飛ぶまで、なわてがずっと見渡されて
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
田圃たんぼ越しに、なわての藪から、パチパチと、小銃で狙い撃ちをされて、彼は初めて、身をかがめた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なわての松が高く、蔭が出来てすずしいから、洋傘こうもりを畳んでいて、立場たてばの方を振返ると、農家は、さすがに有りのままで、遠い青田に、俯向うつむいた菅笠すげがさもちらほらあるが、藁葺わらぶきの色とともに
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄が生来の病身から常に花々しい死所を求めていたことはたしかだが、しかし親房の非情な言が兄の感傷に拍車をかけて四条なわてへ行かせたのも疑いないこととしていたのである。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「気をつけておいでなせえましよ。」……なわては荒れて、洪水でみずに松の並木も倒れた。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(弟よ。時忠よ。お客人まろうどを、西七条のなわてのあたりまで、お送りしておあげなさい)
高坂はかえって唯々いいとして、あたかも神につかうるが如く、左に菊を折り、右に牡丹ぼたんを折り、前に桔梗ききょうを摘み、うしろに朝顔を手繰たぐって、再び、鈴見すずみの橋、鳴子なるこわたしなわての夕立、黒婆くろばば生豆腐なまどうふ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
官兵衛のすがたは、見ているまに、彼方かなたなわてを、馬けむりにつつまれて行った。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……夜あかしだと聞く怪談には、この時刻が出盛でざかりで、村祭のなわてぐらいは人足ひとあしが落合うだろう。くるまも並んでいるだろう、……は大あて違い。ただの一台も見当らない。前の広場も暗かった。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがてだわね、大きな樹の下の、なわてから入口の、牛小屋だが、うまやだかで、がたんがたん、騒しい音がしました。すっと立って若い人が、その方へ行きましたっけ。もう返った時は、ひっそり。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
河原づたいから三本木の仮橋かりばしを東へ渡って、少し町屋を離れると、岡崎のなわてにかかるさびしいやぶのあちらこちらにかまぼこ小屋の影が幾つか見えはじめた。お千絵はもう息がつづかなくなって
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湖のなぐれに道をめぐると、松山へ続くなわてらしいのは、ほかほかと土が白い。草のもみじを、嫁菜のおくれ咲が彩って、枯蘆かれあしに陽が透通る。……その中を、飛交うのは、琅玕ろうかんのようないなごであった。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「でも、明らかに、役人が辻に立っていて、そう申すので、やむなく、並木からこのなわてへ出てきたが、馴れぬ道とて、いっこう分らず、こうじ果てていたところ、お弟子衆が見えられて、ほっといたした」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この三角畑の裾の樹立こだちから、広野ひろのの中に、もう一条ひとすじなわてと傾斜面の広き刈田を隔てて、突当りの山裾へ畦道あぜみちがあるのが屏風のごとくつらなった、長く、せいの高い掛稲かけいねのずらりと続いたのにおおわれて
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「むこうのなわて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)