無智むち)” の例文
乳母もまたその人への体裁の悪さを思っていたが、上手に取り繕うこともできず、しかも気がさ者の、そして無智むちな女であったから
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
良人の父親とみにくいちぎりを結ぶにいたっては、けものにもひとしいと云う事は、いくら無智むちな女でも知っているはずであるのに……。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
貴方あなたがもしわたくしが一ぱん無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんほどいとうておるかとってくだすったならば、また如何いかなるよろこびもっ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そう、そう、まえからだれにも、人間にんげん平等びょうどう権利けんりはあったのさ。それを無智むち卑屈ひくつのため、みずか放棄ほうきして、権力けんりょくや、金銭きんせんまえに、奴隷どれいとなってきたのだ。
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは無智むちな者を笑うおかしくてたまらないと云うような笑い方であった。武士の頭は恐れと驚きでぼうとなった。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
主人に慕いまつわって来る動物に対するようないじらしさを、無智むちな勝彦に対して、いだかずにはいられなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かれ悲慘みじめ自分じぶん自分じぶんいぢめてやるやうな心持こゝろもちを一ぱうにはつた。一ぱうにはまた無智むち彼等かれら伴侶なかまくするやうにかれ持病ぢびやう平癒へいゆほとけいのつたのでもあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
とかく盲目的な行動に走りがちである一方に、そこにはいつも貞操を物質以下にも安く見つもりがちな、ほとんど無智むちといえば言えるほど曖昧あいまいな打算的感情が
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お国にもそういう字が流行りますか」というのは、無智むちの代表といっても差支さしつかえないかもしれない。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
東北言葉もだんだんわかるようになって、山賊の手下たちの無智むちな冗談に思わず微笑ほほえみ、やがて夫の悪い渡世を知るに及んで、ぎくりとしたものの、女三界に家なし
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし、徳川家とくがわけの者や、諸藩しょはんのものは、この嶮路けんろの遠駆けに、馬をひきだしてきた無智むちをわらった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには、金と意地とのためには命のやり取りもしかねない無智むちな狂暴性が自づと浮んで來た。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
人にしても、辞令じれいたくみ智識ちしき階級の狡猾ずるさはとりませんが、小供こどもや、無智むちな者などに露骨ろこつなワイルドな強欲ごうよく姦計かんけい見出みいだす時、それこそ氏の、漫画的興味は活躍かつやくする様に見えます。
びた太い調子づいた声に、多くの無智むちの男女をあくがれしめたが、突然お作はこれとでき合って、こんなところはつまらぬ、人の出盛る温泉場に行けばもっとおもしろいことがあると
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一時のがれの出鱈目でたらめを云い、姉や兄貴を煙に巻いてでもいるだろうか? 千束町でいやしい稼業かぎょうをしている実家、そこの娘だと云われることをひどく嫌って、親兄弟を無智むちな人種のように扱い
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが信仰の導者としては「無智むち」が必要だ。「無智にぞありたき。」と述懐した鎌倉時代の念仏宗のお坊さんの苦しみがわかるような気がする。人は聡明そうめいに、幾多の道を分別して進むことが出来る。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
預かる者ならずや斯る無智むち短才たんさいともがらに此重き役儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かなしくよるべなき無智むち……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
貴方あなたわたくしが一ぱん無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんほどいとふてるかとつてくだすつたならば、また如何いかなるよろこびもつ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
流言蜚語の培養層を、無智むちな百姓女や労働者のような人々の間だけに求めるのは、大変な間違いである。関東大震災の時にも、今度と同じような経験をしたことがある。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「それは普通ふつう無智むちおんなたいしてのことさ。IならS、Hくんでもきつとおとなしくするよ。」わたし自家じかけん遜の意味いみつたが、いくらかの皮肉ひにくもないとはへなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
きょうもクラスの生徒たちは、少女倶楽部クラブ、少女の友、スターなどの雑誌をポケットにつっこんで、ぶらりぶらりと教室にやって来る。学生ほど、今日、無智むちなものはない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ウム、方々ほうぼう落武者おちむしゃ浪人ろうにんで、めしえないさむらいなどは、よく名のある者のすがたと偽名ぎめいをつかって、無智むち在所ざいしょの者をたぶらかして歩く手輩てあいがずいぶんある。おおかたそんな者たちだろう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。が、作用さようにはなにもない。たいして恐怖きょうふいだ臆病者おくびょうものは、のことをもっ自分じぶんなぐさめることが出来できる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
昔は女中が、贔屓の丁稚でっち茶碗ちゃわんにごはんをこっそり押し込んでよそってやったものだそうだが、なんとも無智むちな、いやらしい愛情だ。あんまり、みじめだ。ばかにしちゃいけない。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ああ物質ぶっしつ新陳代謝しんちんたいしゃよ。しかしながら不死ふし代替だいたいもって、自分じぶんなぐさむるとうことは臆病おくびょうではなかろうか。自然しぜんにおいておこところ無意識むいしきなる作用さようは、人間にんげん無智むちにもおとっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
僕の父が、幽霊になってそんな、不潔な無智むちな事をおっしゃるようなお方だと思っているのか。わあ、何もかも馬鹿げている。そんならいっそ、僕も本当に乱心してやろうか。よろこぶだろう。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかしながら不死ふし代替だいたいもつて、自分じぶんなぐさむるとこと臆病おくびやうではなからうか。自然しぜんおいおこところ無意識むいしきなる作用さようは、人間にんげん無智むちにもおとつてゐる。なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)