無惨むざん)” の例文
旧字:無慘
蟻や蠅でさえ生きていられる世の中に、人間が食えなくなって生きていられないという世の中は、無惨むざんなものといわねばなりません。
まして露の吹き散らされて無惨むざんに乱れていく秋草を御覧になる宮は御病気にもおなりにならぬかと思われるほどの御心配をあそばされた。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
思い掛けなくも両腕、両脚を無惨むざんにすぱりと切り取られたお由の屍体は、全く裸体にされて半分小川の中へ浸されているのだ。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人格の尊厳そんげんを第一位に置く霊活不覊れいかつふきなる先生の心をいたむるのは知れ切った事まで先生にしいられたのは、あまりと云えば無惨むざんではありますまいか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それですべてであった。つまり彼らは、それ以外に云うべき言葉を何一つ持ち合していなかった。無惨むざんな立場に追いつめられていたというべきだろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
このとき愛と悲しみにみちた心を無惨むざんにも傷つける、あの騒ぎがはじまった。あれこれと指図する冷たい事務的な声。砂と砂利とにあたるシャベルの音。
「ナニ土牢の中にいる? いずれ鬼王丸の命令いいつけであろうが無惨むざんのことを致しおるのう。……市之丞殿を盗み出したのも恐らくお前達の仕業であろうな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここでは野火に襲われて無惨むざんな横死を遂げた旅人の話が何件ともなく云い伝えられているが、全くあの荒野で野火に囲まれたならば誰しも往生するのが当然であろう。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
けれども一面の水だから、せっかく水を抜いた足を、また無惨むざんにも水の中へ落さなくっちゃならない。片足を揚げると、五位鷺ごいさぎのようにそのままで立っていたくなる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは落ちて来たはりに腰を打たれて、一人の女が無惨むざんにも悶え苦しんでいる画でございました。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「おお、あの少年が、陳君というボーイかい。無惨むざんな屍骸となって横たわっているではないか」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
さしもに堅固けんごな王子の立像も無惨むざんな事にはいしずえをはなれてころび落ちてしまいました。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その槍さきにかけられた無惨むざんかばねは、いたずらに逃げ返す部将たちの馬蹄ばていさまたげた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
段々に喰べへらして天秤てんびんまで売る仕義になれば、表店おもてだな活計くらしたちがたく、月五十銭の裏屋に人目の恥をいとふべき身ならず、又時節が有らばとて引越しも無惨むざんや車に乗するは病人ばかり
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
世に無惨むざんなる話しは数々あれど本年七月五日の朝築地あざな海軍原の傍らなる川中に投込なげこみありし死骸ほど無惨なる有様は稀なりかくさえも身の毛逆立よだつ翌六日府下の各新聞紙皆左の如く記したり
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それが、今朝、無惨むざんな死骸になって、自分の部屋の中に発見されたのでした。
血につながる叔父おじおいの間柄として、そんな無惨むざん光景ありさまを横目で眺めてすましているわけにもゆくまいから、ひとつ、ふんぱつして、このたびにかぎり、手前があなたのいのちを助けてあげます。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
獄裡ごくりに長くつながれたとはいえ、それを囚人あつかいにし、出獄してから後も、囚人であった事を売物見世物みせもののようにして、舞台にさらしたり、寄席よせに出したりしたのはあんまり無惨むざんすぎる。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
けれど勢ひむを得ないと云ふことになつたもんですから、しからば坑夫等を無惨むざんの失敗に終らしめてはならぬと云ふので、最も困難な兵糧方に廻つたのです、だから彼が教唆けうさしたと云ふのは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そして、かぜ建物たてもの無惨むざん傷口きずぐちをなで、あめつち深手ふかでしずかにあらったのです。そのうち、ところどころあたらしいいえちはじめ、人々ひとびとによって、えられた木立こだちは、ふたたびはやしとなりました。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
無惨むざんさまに、ふつと掻消かきけしたごとうるはしいものはえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
無惨むざんではないか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
桶狭間おけはざまで泰然としていた信長、たとえ一もくなり二目なり置いていたとはいえ、そう無惨むざんな敗れを取るようなこともなかったろうと思う
正午の頃までは、裏の櫟林くぬぎばやしえたりして居た。何時の間に甲州街道に遊びに往って無惨むざん最後さいごげたのか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
次第に燃えさかってくる一帯の火災は、無惨むざんにも血と泥とにまみれた青年の腹部を、あかあかと照しだした。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
生憎あいにく作家の頭の方が亀の甲より軟らかであったものだから、禿はめちゃめちゃに砕けて有名なるイスキラスはここに無惨むざんの最後を遂げた。それはそうと、しかねるのは鷲の了見である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわんや、二階には佐原屋の無惨むざんな死体がそのままに置かれてある。
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
三日か四日の間を置いて、町のはずれに無惨むざんにも人が斬られていました。その斬り方は鮮やかというよりも酷烈こくれつなるものであります。
刑事たちは、折角せっかく探し求めていた横浜はまギャングの一人、赤ブイの仙太が、遂に無惨むざんな死体となって発見されたので、只もう残念でたまらないという風に見えた。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
朝になってまた顔を洗って、茶の間へ来ると、妻が鼠の噛った鰹節かつぶしを、ぜんの前へ出して、昨夜ゆうべのはこれですよと説明した。自分ははあなるほどと、一晩中無惨むざんにやられた鰹節を眺めていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを今、あのお嬢様と比べて見れば、自分の方が確かに幸福者しあわせものであると言われて、なるほどそうかと思わねばならないことほど無惨むざんに感じたのであります。
メリー号の実際の指揮者であるクーパー事務長は、無惨むざんにも今や水母くらげに目鼻をつけたような怪物に手どり足どりにされ、舷側げんそくをこえていずれにか連れられていく。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こまやかに刻んだ七子ななこ無惨むざんつぶれてしまった。鎖だけはたしかである。ぐるぐると両蓋りょうぶたふちを巻いて、黄金こがねの光を五分ごぶごとに曲折する真中に、柘榴珠ざくろだまが、へしゃげた蓋のまなこのごとく乗っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しとやかな、恥を知ることの多い処女性の多分を認めるほど、かえって昨夜の変事が無惨むざんでたまらない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
折角せっかく作った一台は、無惨むざんにも赤外線男の破壊するところとなり、学士も助手の白丘しらおかダリアも大いに失望したが、そのすじの希望もあって、二人はさらに設計をやり直し
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
芽を吹く今の幹なれば、通わぬ脈の枯れの末に、きりの力のとがれるをさいわいと、記憶の命を突きとおすは要なしと云わんよりむしろ無惨むざんである。ジェーナスの神は二つの顔に、うしろをも前をも見る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お美代はハッと胸をかれたように思った。草叢を覗きこんでみると、そこには大きな葛の葉が白い葉裏を見せて無惨むざんに飛びちっていた。しかし武夫の姿は見えなかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
武士もまた、さすがにこの場の無惨むざんな有様に、ぎょっとして突立ったきりでありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
捕われて遠き国に、行くほどもあらねば、この手にて君が墓をはらい、この手にてこうくべき折々の、とこしえに尽きたりと思いたまえ。生ける時は、莫耶ばくやも我らをき難きに、死こそ無惨むざんなれ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手も足も全く見えない。人形のこわれたのにも、こんなにまで無惨むざんな姿をしたものは無いだろう。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お絹の向っていた鏡台に手をかけると、無惨むざんにそれをひっくり返してしまったから
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
崩れた岩石の間から、半分ばかり無惨むざんな胴体をはみ出している機関車、飛び散っている車輪、根まで露出ろしゅつしている大きな松の樹など、その惨状は筆にも紙にもつくせません。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昨夜、水車小屋から出て行方知れずになったという村の娘が一人、水車場より程遠からぬ流れのくさむらの蔭に、見るも無惨むざんに殺されて漂っていたのが発見されて、全村の人は震駭しんがいしました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ああしかし無惨むざんなことに、龍子の胸から下をおおった白い病衣のその胸板むないたにあたる箇所には、蜂の巣のように孔があき、その底の方から静かに真紅な血潮ちしおが湧きだしてくるのだった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
行商体の男の有様こそ無惨むざんなもので、面の全部をあごから噛まれて、銀磨きの十手をほうり出してそこへ突んのめってしまったのを、ムクはそのまま噛捨てにして、クルリと身を転ずるや
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
釣台で運んで来たその女房の無惨むざん亡骸なきがらを見た時もゲラゲラと笑いました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
十二三の悪太郎が、無惨むざんにも、そのお河童さんを一喝いっかつして
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)