瀟洒しょうしゃ)” の例文
そして、彼もまた、その日は瀟洒しょうしゃであった赤革靴のきびすをかえすと、やや低いスロープを作っている芝生のくぼみに、お光さんがいた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やや肉落ちて瀟洒しょうしゃたる姿ではあるが、その炯々けいけいたる瞳はほとんど怪しきまでに鋭い力を放って、精悍の気眉宇の間に溢れて見えた。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
取りあえず亀の井別荘の亀楽園きらくえんに憩う。この別荘は瀟洒しょうしゃたる小さい別荘であるが、竹縁たけえんに腰を下ろして仰ぐ由布の尖峰はたぐいなく美しい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
白雲は茂太郎とムクとをこの船に引きずり込み、やがて、風流瀟洒しょうしゃたるこの月見船は、松島湾の波の上を音もなくすべり出しました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
建ってまだ間もないとみえるが、その家は造りも瀟洒しょうしゃに凝っていたし、わざとつくろわぬさまをみせた野庭の風情も平凡ではなかった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
するとある日の午後、西日のい寄る机の前にすわっている彼の目の前に、久しく見なかった葉子の瀟洒しょうしゃな洋装姿がいきなり現われた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
瀟洒しょうしゃとしたその服装と丸顔の上にある不機嫌さは冷酷できたないものの中へ自分が落ちこんだという眼つきで車内の混乱を傍観している。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
口にいえば江戸前の普請ふしん、江戸前の客扱い、瀟洒しょうしゃな、素直な、一すじな、そうしたけれんというものの、すべてのうえに
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
ようやく小さな流れに出た。流れに沿うて、腰硝子の障子など立てた瀟洒しょうしゃとした草葺くさぶきの小家がある。ドウダンが美しく紅葉して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「当世顔は少し丸く」と西鶴さいかくが言った元禄の理想の豊麗ほうれいな丸顔に対して、文化文政が細面ほそおもて瀟洒しょうしゃしとしたことは、それを証している。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
瀟洒しょうしゃ、典雅。」少年の美学の一切は、それに尽きていました。いやいや、生きることのすべて、人生の目的全部がそれに尽きていました。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その木立のあいだから教会の瀟洒しょうしゃな白壁がしとやかに光っているありさまは、純潔なキリスト教精神が暗い幽境から輝きでるようであった。
極く服装なりふりに関わない学士も、その日はめずらしく瀟洒しょうしゃなネクタイを古洋服の胸のあたりに見せていた。そして高瀬を相手に機嫌きげんよく話した。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
瀟洒しょうしゃたるバンガロー風の家だ。入口に、八島嘉坊と漢字で書いた表札が掛かっていて、ヤシマカブアと振り仮名が附けてある。
安五郎は、瀟洒しょうしゃな洋服姿で、赤い革カバンを下げている。浅黒い顔に、若いころから、金魚といわれた特徴のある眼が大きい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
海はその向うに、白や淡緑色の瀟洒しょうしゃな外国汽船や、無数の平べたいはしけや港の塵芥じんかいやを浮かべながら、濃い藍色あいいろはだをゆっくりと上下していた。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
庵りというと物寂ものさびた感じがある。少なくとも瀟洒しょうしゃとか風流とかいう念とともなう。しかしカーライルのいおりはそんなやにっこい華奢きゃしゃなものではない。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その瀟洒しょうしゃ風采ふうさいは、あたかも古武士がよろいを取って投懸けたごとく、白拍子が舞衣まいぎぬまとうたごとく、自家の特色を発揮してあまりあるものであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
傾斜の末に、青木に囲まれて瀟洒しょうしゃなイエナ橋が可愛かわいらしく架っている。ここから正面に見るエッフェル塔はあまりに大きい。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
室の中央に赤い絨毯じゅうたんが敷いてあるし、その上には瀟洒しょうしゃな水色の卓子テーブルと椅子とのセットが載って居り、そのまた卓子の上には、緑色の花活が一つ
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まばらに植えられた生垣越しにのぞき見ると、それは二階建の洋風造りで、あか抜けのした瀟洒しょうしゃな様子が、一寸ちょっと、鷺太郎に舌打ちさせるほどであった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼はその映画会社の瀟洒しょうしゃな建物を出て、さびれた鋤道すきみちを歩いていると、日まわりの花が咲誇っていて、半裸体で遊んでいる子供の姿が目にとまる。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
日当りのいい今にもそこから美しい都の婦人でも喜々として洋傘をさして現れそうな気のする瀟洒しょうしゃとしたものであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
当時の欧化熱の中心地は永田町で、このあたりは右も左も洋風の家屋や庭園を連接し、瀟洒しょうしゃな洋装をした貴婦人の二人や三人に必ず邂逅であったもんだ。
それで学院の隣に別な小さな門があって、そこに平屋建ての、西班牙スペイン風な瀟洒しょうしゃな住宅があったが、学院の校舎とは庭つづきで行け行けになっていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこは瀟洒しょうしゃ演戯しばいの舞台に見るような造作ぞうさくで、すこし開けた障子しょうじの前に一人の女が立っていた。それは三十前後の銀杏返いちょうがえしのような髪にった女であった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人ようよう散じて後れ帰るものまばらなり。向うより勢いよく馳せ来る馬車の上に端坐せるは瀟洒しょうしゃたる白面の貴公子。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「なんという瀟洒しょうしゃなこころよい建築であろう。私は未だかつてこんな気もちの安らかなものを見たことはない」
私の瀟洒しょうしゃなフランス流の友人河村は日本の女によって恋の重荷をになう。河村は決して幸福ではないのだ。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
平松春樹は瀟洒しょうしゃたる服装で、美しく着飾った妹の陽子を伴い、会場へ急いだ。入口には主催者側の紳士淑女がずらりと十数名一列に並んで、来客を受けていた。
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
瀟洒しょうしゃな西洋人は、今自分のまへを通りすぎて行く、日本の女にしてはめずらしいまでに肢体の調つた少女の上に、はじめは寧ろ驚異に近い眼を注いでゐたが
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
これによつてるに、襟元えりもとばかりの白粉に顔は天然の色白きを誇りたるお力が化粧、今日大正十三年の女子が厚化粧に比すれば瀟洒しょうしゃおもむき売女とは思はれぬなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
瀟洒しょうしゃな先頭の軽馬車には、ピョートル・アレクサンドロヴィッチ・ミウーソフが、その遠い親戚に当たる
おお魔王、血吸鬼、しかし何んと瀟洒しょうしゃとした、しかし何んと雅味を持った、茶人のような血吸鬼であろう!
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いままでのみすぼらしい服をぬぎすててチェビアットの瀟洒しょうしゃたる服を着、無精髯を剃り落として、髪を綺麗に撫でつけ、頬を艶々つやつやと光らしているところを見ると
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
僕のうちは小さい割にいかにも瀟洒しょうしゃとできあがっていました。もちろんこの国の文明は我々人間の国の文明——少なくとも日本の文明などとあまり大差はありません。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「用がすんだから」と彼は瀟洒しょうしゃたる黒服の紳士に言った。「今日の午後に立ちます。」そして勘定書と港まで——コペンハアゲン行きの汽船まで行く馬車とを命じた。
数本の松の木にちょっと一もとすすきをあしらっただけの、生籬いけがきもなんにもない、瀟洒しょうしゃな庭を少し恨めしそうに見やりながら、いつまでも秦皮とねりこのステッキで砂を掘じっていた。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その滔々とうとうとして流れる壮快な生活の河を。どこに悲しみがあるのか。どこに幸福があるのか。墓場へ行っても、ただ悲しそうな言葉が瀟洒しょうしゃとして並んでいるだけではないか。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
合宿所は言問ことといの近くの鳥金とりきんという料理屋の裏手にあった。道を隔てて前と横とが芸者屋であった。隣りには高いへいを隔てて瀟洒しょうしゃたる二階屋の中に、おめかけらしい女が住んでいた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
彼女が、五十万ミルの大勝負を引きうけたというのも、事情を聴いてみれば成程なるほどとうなずける。きょうは、瀟洒しょうしゃな外出着であるせいか、白いロイスがいっそう純なものにみえる。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
筋肉にくの固く引きしまってることといったら、まったく吃驚びっくりするくらいで、鼻面が——針のように尖ってるのだよ!』そう言って二人を、非常に瀟洒しょうしゃな小さい小舎こやへと案内したが
ここの瀟洒しょうしゃな休憩所へ勝手に来て、無料でこのリンクスのなごやかな、ひたひたと人に話しかけて来るような環境の美しさに、陶酔することが出来るというのが何よりなのである。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
聖林ハリウッドに入ると、フォオド・シボレエを自動車カアではなく機械マシンだと称する国だけあって、ぼく達の車も見劣みおとりするような瀟洒しょうしゃな自動車が一杯いっぱいで、建物も白堊はくあや銀色に塗られたのが多く
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あらゆる種類のビロードや繻子しゅすうるしや黄金は、花の形をして地からわき出て、一点の汚れも帯びていなかった。壮麗であるとともに瀟洒しょうしゃだった。楽しき自然の沈黙が園に満ちていた。
おそらく兄弟であろう、兄は二十歳前後、弟は十五、六であるが、いずれも俳優かとも思われるような白面はくめんの青年と少年で、服装も他の芸人に比べるとすこぶる瀟洒しょうしゃたる姿であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
定めて瀟洒しょうしゃうちに住って閑雅な生活をしているだろうと思って、根岸ねぎしの其宅を尋ねて見ると、案外見すぼらしいうちで、文壇で有名な大家のこれが住居すまいとは如何どうしても思われなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それらの家に比べれば、芥川家は高台の日当りの良い瀟洒しょうしゃな家で、屋根裏、病的、陋巷ろうこうおよそ「死の家」を思わせる条件の何一つにも無関係だが、僕にとっては陰鬱いんうつ極まる家であった。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
第一に(この作者は指折り数えることが好きである)彼女の二十三歳の父はアメリカ風の瀟洒しょうしゃたる悪漢であり、彼女の母は飛び切り美しいけれど、近代風の貞操盲目者であったからである。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
街のの色は夜ごと夜ごとに明麗になってきて、まして瀟洒しょうしゃとした廓町くるわまちよいなどを歩いていると、暑くも寒くもない快適な夜気の肌触はだざわりは、そぞろに人の心をそそって、ちょうど近松の中の
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)