海苔のり)” の例文
まず海苔のりが出て、お君がちょっとしゃくをして立った跡で、ちびりちびり飲んでいると二、三品はそろって、そこへお貞が相手に出て来た。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
原稿料なんか一文も要らん。上等の日本酒と海苔のりと醤油があれば宜しい。はや生乾なまびが好きなんだが、コイツはちょっと無かろうて……。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まぐろの中とろから始って、つめのつく煮ものの鮨になり、だんだんあっさりした青いうろこのさかなに進む。そして玉子と海苔のり巻に終る。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ご飯がたきあがると、せっせとお弁当をつくり始める。おむすびにしたり、海苔のり巻きにしたり、幕の内にしたり、いろいろである。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
藻草と海苔のり粗朶そだとが舟脚にからむ。横浪が高く右の方から打かゝつて来る。弁天島は黒い松の林に覆はれて湖水と海との間に浮んでゐる。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
「忘れていた。いいものがある。」とわたくしは京橋で乗換の電車を待っていた時、浅草海苔のりを買ったことを思い出して、それを出した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
屋根のある家に、新海苔のりとて、近頃にない色黒く艶よろしいものを発見、一帖八円のもの五帖買求めて土産にした。ほかにみかん十円。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「まア出来るだけ、楽をさしたいと思いますが……餌掘りや海苔のり拾い、貝を取るのは季節が御座いますでね、稼ぎは知れたもので御座います」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
今日は寒かったが、矢張りべか舟を漕いだ、今井橋まで行った、午後からは海苔のり取りに行くべか舟が川の面を黒くしていた。
お母さまは、まじめにそう言い、スウプをすまして、それからお海苔のりで包んだおむすびを手でつまんでおあがりになった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
向うの河岸に海苔のりがあります。私をいとしく思われるならば、橋を渡らずに川を泳いで、向う岸まで渡って行って、海苔のり
真間の手古奈 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ハマナ 庄内地方で、海苔のりを浜菜というとあるが(山形県方言集)、これも紫海苔だけには限っていなかったものと思う。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それから恒例の海苔のりと。野原へはのりで御免を蒙ります。冨美ちゃんには何か可愛いものを考えてやりましょうけれども。
済みやしないよ、七皿のあとが、一銚子ひとちょうし、玉子に海苔のりと来て、おひけとなると可いんだけれど、やっぱり一人で寝るんだから、大きに足が突張つっぱるです。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
半蔵も着物を改めて来て簡素なのしめぜんの前にかしこまった。焼き海苔のり柚味噌ゆずみそ、それに牡蠣かき三杯酢さんばいずぐらいのはし休めで、さかずきのやりとりもはじまった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あくる日になって向う河岸の百本杭に、女の髪がその昔の浅草海苔のりのように黒くからみついているのを発見した。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
支那竹しなちくと小さい海苔のりだけしか入ってない、一番安い三十円か四十円のやつでした。前回の豪華版にくらべて、何とまあ待遇が下落したものでしょうねえ。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
女「誠に今日こんにちはお生憎あいにく様、握鮓にぎりばかりでなんにも出来ません、お吸物も、なんでございます、詰らない種でございますから、海苔のりでも焼いて上げましょうか」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
海苔のりもよくなければいけないのは勿論もちろんである。海苔も部厚ぶあつなものが巻きに適するが、厚いものにはよい物がないが部厚でありながらよい物を備える必要がある。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
川崎屋をすこし離れたところの並びの側に空地があって、そこにはすのこにつけた海苔のりを並べて乾してあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして秋のアナゴ釣りは、小舟の中へ行灯あんどんをつけ夜釣りになる。ボラは海苔のりのシビの中で、ゴバウヌキと称して、竿でグツとぬくやうに釣るのが江戸前とされてゐる。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
今朝から何も食べない私の鼻穴に、プンと海苔のりの香をただよわせて、お君さんは枕元に寿司皿を置いた。そして黙って、私の目を見ていた。優しい心づかいだと思う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私は大喜びで、お河童かっぱの頭を振り振り附いて行きます。まかないの菜の外に、何か兄の口に合う物をというのですが、つい海苔のり佃煮つくだに、玉子などということになるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
中身には御飯の上に煎鶏卵いりたまご海苔のりをかけて、隠元豆いんげんまめのおかずに、味噌漬がはいっている約束になっていたのだ。お弁当の袋をとるのが待遠しくってならなかったのだった。
菊の花をして、薄い海苔のりのように一枚一枚に堅めたものである。精進しょうじん畳鰯たたみいわしだと云って、居合せた甲子こうしが、さっそくひたしものに湯がいて、はしくだしながら、酒を飲んだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
潮と海苔のりの強烈な香が、北風に乗って、窓から吹きこむ。沖には、たくさんの漁船が出ている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
源太胸には苦慮おもいあれども幾らかこれに慰められて、猪口ちょくりさまに二三杯、後一杯をゆるく飲んで、きさまれと与うれば、お吉一口、つけて、置き、焼きかけの海苔のり畳み折って
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
熱いにぎりめしはうまかった。ごまのふってあるのや、中から梅干うめぼしの出てくるのや、海苔のりでそとを包んであるのや……こんなおいしい御飯を食べたことはないと思うほどだった。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たけのこ海苔のり蕎麦そば、——かう云うものを猫の食ふことは僕には驚嘆するほかはなかつた。
耳目記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
帰って行くと、父親は火鉢のそばで、手酌てじゃくで酒を飲んでいた。女も時々来ては差し向いに坐って、海苔のりつまんだり、酌をしたりしていたが、するうちお庄もそばすしなど食べさせられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
海べの砂州に海苔のりの乾してある、丹那の村の入り口の橋のそばまで来ると、私の家の飼犬のイチという子犬が、私の姿を見つけて跳ね廻って悦び、吠え、尾をふり、俥の前に立って
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
芝居が休みで、女形おやま自宅うちにいるようだ。海苔のりか何かあぶりながら、一本つけている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
質極めてよく、一反の値が八、九円から、上等品になると二十円を呼ぶ。もとより手紡てつむぎ手織の白木綿である。宇治では一斤六、七十円の玉露ぎょくろが作られ、東京では一帖四十円の海苔のりがあると言う。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あたかも漁師町りょうしまち海苔のりを乾すような工合に、長方形の紙が行儀よく板に並べて立てかけてあるのだが、その真っ白な色紙しきしを散らしたようなのが、街道の両側や、丘の段々の上などに、高く低く
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その音に耳をすまして二十秒ばかりで浮世のあかを流したり、海苔のりの裏だか表だかのどっちか側から一方的にあぶらないと味がどうだとか、フザけたことにかかずらって何百何千語の註釈ちゅうしゃくをつけたり
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
越中島も蘆でいっぱい、春の潮干も土手から下りて干潟がつづき、見事なはまぐりの本場で、土手内はすべて海苔のり干場、これも洲崎海苔といって大判の上物、品は下ったが干場は三十年頃まで残っていた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
この湯殿の側には小池が二つ連なって、山から落ちた大石が池の中にはまり込んでいる、そうして水底から翡翠ひすいのような藻草や、海苔のりのようにベタベタした芹みたいな植物が、青く透き通って見える
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「おとろえや歯に食いあてし海苔のりの砂」
思い出草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
衰へや歯にくひあてし海苔のりの砂 芭蕉
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
海苔のりは鋼鉄をうちのべたやうな奴
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
海苔のりは鋼鉄をうちのべたやうな奴
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
衰へや歯に食ひあてし海苔のりの砂
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
海苔のり麦藁むぎわら染むる縁の先
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黒い海苔のり
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
同じく大椀に添へ山葵わさび大根ねぎ海苔のり等藥味も調とゝのひたり蕎麥は定めて太く黒きものならんつゆからさもどれほどぞとあなどりたるこそ耻かしけれ篁村一廉いつかどの蕎麥通なれど未だ箸には掛けざる妙味切方も細く手際よく汁加减つゆかげん甚はだし思ひ寄らぬ珍味ぞといふうち膳の上の椀へヒラリと蕎麥一山飛び來りぬ心得たりと箸を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
子供の小さい膳の上には、いつものようにり玉子と浅草海苔のりが、載っていた。母親は父親が覗くとその膳を袖で隠すようにして
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
寿司を握っている手付きや、海苔のりをあぶるにおい、七厘しちりんの炭のよしあし、火加減、又はまぐろの切り加減なぞをよっく見た。
さすがに、そのあたりからは家もなく、荒地や刈田がひろびろと展開し、あちらこちらに海苔のりき小屋が建っているだけ、という風景になった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は島田の父上[自注7]の御好物の海苔のりをおことづけ願いましたし、べったら漬もあるし、まあ東京からおかえりらしいお土産が揃って結構でした。
旅僧も私と同じくその鮨を求めたのであるが、ふたを開けると、ばらばらと海苔のりかかった、五目飯ちらしの下等なので。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)