曳出ひきだ)” の例文
それからラムプをグッと大きくして、押入の端の小箪笥の曳出ひきだしから黄木綿きもめんの財布を引っぱり出して、十円のお釣銭つりを出してやった。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
学校へ行く時、母上が襟巻えりまきをなさいとて、箪笥たんす曳出ひきだしを引開けた。冷えた広い座敷の空気に、樟脳しょうのうにおいが身に浸渡るように匂った。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
与二郎は母親を抱取って奥へ運ぶと、うまやから手早く馬を曳出ひきだして来た。——敦夫は猟銃の安全錠を外し、ひらり馬に跨がると
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こゝおいかくおほすべきにあらざるをつて、ひざいて、前夫ぜんぷ飛脚ひきやくつて曳出ひきだすとともに、をつと足許あしもとひざまづいて、哀求あいきうす。いは
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
血を見た猛獣のように彼女はちあがった。デスクの曳出ひきだしをあけて彼女は狂気のように何物かをさがしだした。彼女の手には鍵たばが握られていた。
人造人間 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と是から物置へまいり、曲者を曳出ひきだそうと思いますと、何時いつ縄脱なわぬけをして、の曲者は逐電致してしまいました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
寄ってたかって、腕やえりがみを引っつかみ、ズルズルと万吉を庭へ曳出ひきだした。しいの大木、その根へ荒縄で縛りつけ、三次が棒切れでピシピシとなぐりつける。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と言つて、平気でそれを曳出ひきだして、飯をも与ヘずに、妓夫に渡した。そして、彼はその馬を売つた残りの金をつかふべく、再び湯田中へと飛び出して行つたのである。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そこには女の子の用いるいろいろな白粉や刷毛はけの類が曳出ひきだしにしまわれてあった。母親は、その指さきと鏡台とを見つめていたが、女の子が何を言っているのか分らなかった。
音楽時計 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
『ドツコイシヨ。』と許り、元吉は俥を曳出ひきだす。二人はその背後あとを見送つて呆然ぼんやり立つてゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
暗がりから牛を曳出ひきだしたような男というのは、この与七のためにできた形容詞でしょう。
そう言いながら朝野は、火鉢の曳出ひきだしのような恰好の木箱を傾けて、そのなかのねぎを、鯨鍋のなかに思いきり流し込んだ。小さく刻んだ薬味の葱は鍋のなかで堆高うずたかく山を築いた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
彼は答えの代りに、曳出ひきだしから大きな赤い本を出して来ました。
机の曳出ひきだしに入れていることが、誰云うとなく評判になったので、流石さすがの駒吉も閉口したらしく、休暇もそこそこに大学に逃げ返った。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しばらくするとお雪は帯の端を折返して、いつも締めている桃色の下〆したじめを解いて、一尺ばかり曳出ひきだすと、手を掛けたきぬは音がして裂けたのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鏡台の曳出ひきだしに入れてある自分の用箋らしいので、横になったままひろげて見ると、川島の書いたもので
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
みな白錦しろにしき御旗みはたでございます。つるぎやうなものもいくらもまゐりました。うち御車みくるま曳出ひきだしてまゐりまするを見ますると、みな京都きやうとの人は柏手かしはでを打ちながら涙をこぼしてりました。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
妻が寺参りにでかけると、箪笥たんす曳出ひきだしのそばへ私はしばしば行こうとしては、ふいに立ち停まりあたりを見廻した。やはり静かな庭樹のかげが、障子に映り誰もいる筈はなかった。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「刑場へ曳出ひきだされ、介錯の刃が上った時、両手で顔を押えて泣いたのだそうだ」
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
帳場の掛硯かけすずり曳出ひきだしからボロボロになって出て来た藤六の戸籍謄本によって、藤六が元来四国の生れという事……それにつれて、藤六は
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
つれかたみんな通過とほりすぎてしまつたやうでござりますで、大概たいがい大丈夫だいぢやうぶでござりませう。徐々そろ/\曳出ひきだしてませうで。いや、うもの、あれでござりますよ。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「それでも何だかわたしの気がすみませんからさ。酒屋の電話をかりて掛けて来ましょう。」と婆は長火鉢の曳出ひきだしをさぐって、電話番号をかいた紙片かみきれを取り出した。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下男はその内の一頭「ルビイ」というのを曳出ひきだして来た。
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
呉羽はわななく手で曳出ひきだしからピストルを取出し、襦袢の袖に包み、引金に指をかけながら近付き、やはり襦袢の袖でネジを捻じって窓を開ける。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
る、まへへ、黄色きいろ提灯ちやうちんながれて、がたりとあをつた函車はこぐるま曳出ひきだすものあり。提灯ちやうちんにはあかしべで、くるまにはしろもんで、菊屋きくやみせ相違さうゐない。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しなに鏡台の曳出ひきだしから蟇口がまぐちを取出す時、村岡の手紙が目に触れたまま一緒に帯の間に挿込さしこんだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
曳出ひきだされた飛脚ひきやくは、人間にんげんうして、こんな場合ばあひもたげるとすこしもかはらぬつらもたげて、ト牛頭ごづかほ見合みあはせた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
人のゐない宿屋の一室に置き捨てられた鏡台の曳出ひきだしからは無名の音楽者の書きかけた麗しい未成みせいの楽譜のきれはしが発見せられはしまいか。或は自殺未遂者の置き忘れて行つた剃刀かみそりが出はしまいか。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しかし昨日きのう、道に迷った難儀に懲りて、宿から、すぐ馬を雇って出ると、曳出ひきだした時は、五十四五の親仁おやじが手綱を取って、十二三の小僧が鞍傍くらわきについていた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、話の意味は通ぜずに、そのまま捻平のがまた曳出ひきだす……あとの車も続いてけ出す。と二台がちょっとれ摺れになって、すぐもとの通り前後あとさきに、流るるような月夜の車。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車夫は呼交わしてそのまま曳出ひきだす。米は前へ駆抜けて、初音はつねはこの時にこそ聞えたれ。横着よこづけにした、楫棒かじぼうを越えて、前なるがまず下りると、石滝界隈かいわいへ珍しい白芙蓉はくふようの花一輪。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっき見たの毛の雲じゃ、一雨来ようと思うた癖に、こりゃ心ない、荷が濡れよう、と爺どのは駆けて戻って、がッたり車を曳出ひきだしながら、村はずれの小店からまず声をかけて
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)