接吻せっぷん)” の例文
宮田は彼女の頬を両手ではさみその美しい唇を、接吻せっぷんにまで持ち上げるときのことを考えると、なやましいまでに、感情が昂奮した。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「お前はなんて妙な女だろう、ソーニャ——僕がこんなことを言ったのに、抱いて接吻せっぷんするなんて。お前、自分でも夢中なんだろう」
お子さんたちの美しい小さなほお接吻せっぷんいたします。あなたから生まれたお子さんたちです。それで満足しなければなりませんから……。
「だって三沢がたった一人でその娘さんの死骸しがいそばにいるはずがないと思いますがね。もし誰もそばにいない時接吻せっぷんしたとすると」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少年たちの父母は死んだ子が再生したとばかり、取るものも取りあえずはせあつまっては、抱きしめだきしめ接吻せっぷんの雨を降らした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「私を接吻せっぷんして下さいな。どこもお悪くなく、よくお眠りになり、御安心していらっしゃるのなら、私何とも小言こごとは申しません。」
すると彼は、ややしばしじっと女を見つめていたが、いきなり抱きしめて唇に接吻せっぷんした。さっとばかり花の匂いとしずくが彼にふりそそいだ。
次ぎに日本人は彼らをして夫婦のように接吻せっぷんさせ、貴婦人たちは笑いながらそれを見て、すこぶる満足したもののようであったともいう。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は私たちの仲間入りをするには、あんまり小さ過ぎた。そんな小さな弟に毎日一ぺんずつ接吻せっぷんをしてやるのが、お前の日課の一つだった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
肩のあたりから、胸へかけての柔らかい曲線がいうにいえぬほど懐かしみを覚えさせて、思わずも鏡に接吻せっぷんするのが常でした。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
男は飛び上がり、しびれるほどの力で女の手くびをぎゅっとつかんで引き寄せると、その白い濃厚なかおりのする胸にかむごとく接吻せっぷんした。
始終ふところに入れたり肩へ載せたり、夜は抱いて寝て、チョッカイでも出せばけるような顔をして頬摺ほおずりしたり接吻せっぷんしたりした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
子供こどもは、なんとおもいましたか、そのあか手袋てぶくろ自分じぶんのほおにすりつけました。また、いくたびとなく、それに接吻せっぷんしました。
赤い手袋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紅毛人はこの子供を抱き、何度も顔へ接吻せっぷんした後、「あちらへけ」と云う手真似をする。子供は素直に出て行ってしまう。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
猫は二人きりになると接吻せっぷんをしたり、顔をすり寄せたり、全く人間と同じような仕方で愛情を示すものだと聞いていたのは、これだったのか
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女は手招きをし、少年が近よってゆくと、持っている酒の壜と蓋物をわきへ置き、すばやく少年を抱いて接吻せっぷんをした。少年はじっとしていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今にも母の首にしがみ付いて頬のあたり接吻せっぷんしそうに、あまえた強請ねだるような眼付で顔をのぞかれ、やいやいとせがまれて、母親は意久地なく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
先生の一番目の嬢さんがまだ子供の時分この半身像にすっかりラヴしてしまって、おとうさんの椅子いすを踏み台にしては石像に接吻せっぷんしたそうです。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
皮のうしろから、その豊な首筋に接吻せっぷんすることも出来ます。その外、どんなことをしようと、自由自在なのでございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
長い長い心ゆくばかりの抱擁ほうよう、燃えるような接吻せっぷん——そういうもので今日の会見ははじまるだろうと期待していたのだ。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「うん——」真弓は、だしぬけに、男爵の首ッ玉にかじりつくと、ッという間に、チュッと音をさせて、接吻せっぷんを盗んだ。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分はふらふらと立ち上ってその妓の背後から肩を両手で抱くようにして、いやがるのを無理に頬辺へ接吻せっぷんしてやった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
「われはその菫花すみれうりなり。君がなさけむくいはかくこそ。」少女は卓越たくごしに伸びあがりて、うつむきゐたる巨勢がかしらを、ひら手にて抑へ、そのぬか接吻せっぷんしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
女は、彼の言うことを熱心に聞いているかのように深く頭をれ、学生は、女がかがむと、話のほうは中断もせずに首筋へ音をたてながら接吻せっぷんした。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
大坂ダイハンは、熊本と、もう何回接吻せっぷんをした」 とか 「おしりにさわったか」とか、あるいは、もっと悪どいことをうれしそうにいって、嘲笑ちょうしょうするのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
大の男はそこで、娘の顔に向って、メチャメチャに接吻せっぷんを浴せかけようとする。娘はそうはさせまいと争い且つ叫ぶ。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手紙を読んだら第一に接吻せっぷんもって私の愛を母さんに伝えて下さい、そうして私はどんなに母さんとあなたとのことを考えているかをお話しして下さい。
マイケル・ファラデイ (新字新仮名) / 石原純(著)
原註2 寄生木やどりぎは今でもクリスマスには農家や台所につるされる。若い男は、その下で女子に接吻せっぷんする権利があり、そのたびに木から実を一つ摘みとる。
女は昔したように、男の髪に軽く接吻せっぷんした。男は訴えるような目付で、女を見上げた。「おい。己の側にいつまでもいてくれなくってはいけないぜ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そう倉地にいうかと思うと、いきなり岡を抱きすくめてそのほおに強い接吻せっぷんを与えた。岡は少女のように恥じらってしいて葉子から離れようともがいた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジナイーダは、ぴくりと体をふるわしたが、無言のままちらと父を見ると、その腕をゆっくりくちびるへ当てがって、一筋真っ赤になった鞭のあとに接吻せっぷんした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
万事を忘れて音楽を聴いている最中さいちゅう、恋人の接吻せっぷんっている最中、若葉のかげからセエヌがわの夕暮を眺めている最中にも、絶えず自分の心に浮んで来た。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
旧弊な家風に反抗し、頑迷がんめい冷酷な義父と戦い、自由を求めて再び大学へ帰って来た、真実の友、正義潔白の王子として接吻せっぷん乾盃かんぱいの雨を浴びるでしょう。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたしたちのいのちは、ただ一度の接吻せっぷんのあいだに夢のように過ぎてしまいます。あの聖餐盃チャリースを投げ出しておしまいなさい。そうして、自由におなりなさい。
そして女が必死にねがっていることは、二人の仲の良さをアキに見せつけてやりたい、ということだった。アキの前で一時間も接吻せっぷんして、と女は駄々をこねるのだ。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
接吻せっぷんあと、性慾の痕が何処かにあらわれておりはせぬか。神聖なる恋以上に二人の間は進歩しておりはせぬか、けれど手紙にも解らぬのは恋のまことの消息であった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
底の知れないほど残忍な彼女の性格を考えさせられたので……それが彼女の接吻せっぷんを受けているうちにイヨイヨたまらなくなったので……私はシッカリと眼をつむって
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おれんでゐると、ひめて、おれくちびる接吻せっぷんしていのちいき吹込ふきこんでくれたとた……んだもの思案しあんするとは不思議ふしぎゆめ!……すると、やが蘇生いきかへって帝王ていわうとなったゆめ
彼はその可愛かあいい子供を抱き上げると、接吻せっぷんした。そしてそれから、静かに子供を抱いたまま、の片方の手を彼の妻のほうにさし出しながら、戸口のほうへ向き返った。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
(十分の敬意をもって、ゾフィイの手に接吻せっぷんす。)今日こんにちは色々お話を承って為合しあわせを致しました。
そういう場合、大抵接吻せっぷんと指切りをかたにおいて行くのが、思いやりのある彼女の手であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
また日々の散歩で自動車がセンターポールへ接吻せっぷんしたままはち死骸しがいとなっているのを見る。
奥様は丁寧にたたみし外套がいとうをそっと接吻せっぷんして衣桁いこうにかけつつ、ただほほえみて無言なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その狭い井の口から広大に眺められる今宵こよいの空の、何と色濃いことであろう。それを仰いでいると、情熱の藍壺あいつぼに面を浸し、瑠璃色るりいろ接吻せっぷんで苦しく唇を閉じられているようである。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
独逸ドイツでは有名な学者ウィルヒョウ博士が、最高の敬意を表して貞奴の手に接吻せっぷんをしたとか「トスカ」や「パトリ」の作者であるサルドーが親しく訪れたという事や、露西亜ロシアの皇帝からは
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
銀子の横顔に写る陽射しははかなき男の血潮であろうか、その接吻せっぷんふくれた唇
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
セエラが餓えたような眼をしていたのは、この少年に抱きついて接吻せっぷんしたいからでした。が、少年は、セエラが一日中何にも食べなかったから、そんな眼をしているのだろうと思いました。
神通は連山をまたいで慟哭どうこくし「黒い魔術」は帰依きえ者を抱いて大鹹湖だいかんこへ投身した。空は一度、すんでのことで地に接吻せっぷんしそうに近づき、それから、こんどはいっそう高く遠く、悠々ゆうゆうと満ち広がった。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
と、はだけたシャツの下から、取り出した十字架クルス接吻せっぷんするのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
僧侶と弟子との関係 になるとそれはもう甚しいもので、教育しても覚えなければ仕方がないというように打棄うっちゃって置いて、そうして始終その弟子に接吻せっぷんするという風で何しろ非常に愛するです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)