おぼ)” の例文
ぼくは別れて、後ろの席から、あなたの、お下げがみと、内田さんの赤いベレエぼうが、時々、動くのを見ていたことだけおぼえています。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そうなると色々の現象が分って来るというような意味の一節があったようにおぼえているが、どうもそういうことがありそうである。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
警官が聞きこんで、その鞄を検分けんぶんに来た。彼は東京からの指令しれいおぼえていたので、早速さっそく「それらしきもの漂着す」と無電を打った。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから後お祖父さんは、「蔵へ入れるよ。」といはれると、どんなにねてゐても、すぐしやんとするやうになつたことをおぼえてゐる。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ねこだとて王樣わうさまはいして差支さしつかへない』とあいちやんがひました。『わたし書物しよもつでそれをみました、何處どこであつたかおぼえてませんが』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
おぼえておゐでになりますかしら、隨分きびしい寒さでしてね、雪が降らないと思ひますと、雨が降つたり、風が吹いたりいたしました。)
信州の何とか云う人が作ったと、聞いた時から、俺の事だ俺の身の上をんだのだと、馬鹿相応そうおうの一つおぼえで、ツイ口に出たのでござんす。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
京都時代の私達の会合——その席へはあなたも一度来られたことがありますね——おぼえていらっしゃればその時いたAです。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
いくら団地だ、アパートだっていっても、同じ階段を上り下りする連中の顔ぐらいはいやでもおぼえちゃうさ。だがぼくは、そんな男はしらない。
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
既に故ハクスレーも人が獣を何の必要なしに残殺するは不道徳を免れぬが虎や熊が牛馬を害したって不道徳でなくて無道徳だと言われたとおぼえる。
たとえば年取った者ならまだおぼえているだろうが、近畿とその周囲の昔かたぎの家々で、正月元日の朝の起きぬけに、特に彼らをして言わしめたことば
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おぼえが悪いといっては、琵琶のばちで打たれ、節語ふしがたりに、東国なまりが抜けぬといっては、お手の中啓ちゅうけい(半開きの扇)を、このめしいの顔へつけられたり……
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船でハドソン河をさかのぼったことのある人なら、だれでも、きっとカーツキル山脈をおぼえているにちがいない。
二人は徒歩で山形あたりはまだ暁の暗いうちに過ぎ、それから関山越えをした。その朝山形を出はずれてから持っていた提灯ちょうちんを消したようにおぼえている。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
…………私が何故こんなくだらない事をはっきりおぼえているかといえば——いや、全く、こんなことはどうでもいいことだが——それは勿論、私自身もまた
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
急ぎて裏門をでぬ、貴嬢きみはここの梅林をおぼえたもうや、今や貴嬢には苦しき紀念かたみなるべし、二郎には悲しき木陰となり、われには恐ろしき場処となれり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その大酔の時に彼がこんなことをいって、壁にある旗の前に腕組みをして立ちあがったことを僕はおぼえている。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
も一つの記憶も、其頃の事、何方が先であつたか忘れたが、矢張夏の日の嚇灼たる午後の出來事とおぼえてゐる。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ずらりと家の中を見廻して、暮しに不自由そうな部分をおぼえて置いて、あとで自宅のものの誰かに運ばせた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
勿論僕はその人の本に——第一どんな本を出したのかさへ不明である——序文など書いたおぼえはなかつた。
偽者二題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かげになり、ひなたになりしてまもってやったことを、あのは、よくおぼえているはずだ。あのは、おれあらはだをさすって、小父おじさん、小父おじさんといったものだ。
あらしの前の木と鳥の会話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私はこの人の半生を、さまざまのことをおぼえている。この人のことについて書けば限りがないのであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
その首のそばに四五尺もあるような青大将がずたずたに轢き切られているのです。ギクリとした途端に自分でも頭から血がスーッと引いて行ったのをおぼえています。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
これは、私の白髪首にかけましても、きっぱりと、申上げることが出来るのでございます。あすこから、お這入りになりました方々の順序まで、私はよくおぼえております。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
諸王不穏の流言、ちょうに聞ゆることしきりなれば、一日帝は子澄を召したまいて、先生、疇昔ちゅうせき東角門とうかくもんの言をおぼえたもうや、とおおす。子澄直ちにこたえて、あえて忘れもうさずともうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「私の方はとてもの変わりようよ。……ねえ、私、ヤアギチと結婚したの。ヴラヂーミル・ニキートイチよ。あの人おぼえてるでしょう。……私、あの人と幸福に暮らしているの。」
「君が昨夜ここを出る時に、この蝋燭ろうそくがどのぐらいの長さだったかおぼえているかね?」
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お父さんということだけおぼえていればあとのことは自然その中に含まれている。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
あとの話はみんな忘れた、彼は誰でもがどうしてもおぼえきれないこの長い名前をよく暗記した。そこで、彼は人が彼を低能などとののしることがあっても、自分は決して頭が悪くないと自負した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そうなると色々の現象が分って来るというような意味の一節があったようにおぼえているが、どうもそういうことがありそうである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ぼくはものを感じるのは、まあ人並ひとなみだろうと、思っていますが、おぼえるのは、面倒臭めんどうくさいと考えるゆえもあって、自信がありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あの超電撃的地球儀的広汎こうはん大作戦が、真実しんじつに日本軍の手によって行われたその恐るべき大現実に、爆風的圧倒をおぼえない者は一人もなかった。
おとら 古いことでうろおぼえだけれども、確か江州だったと思うのさ、兄さんは江戸ッ子らしいから江州では人違いだねえ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
台所から首を出している母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道はおぼえていた。彼はその方へ歩き出した。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その後河鍋暁斎かわなべきょうさいがキヨソネとかいうイタリア人に、絵画と写真との区別心得を示した物を読んだ中にも、実例を出して、似た事を説きあったとおぼえる。
杖の上に白髯はくぜんあごを乗せている老翁や、心おぼえに筆写している書生風なのや、女や労働者や物売りやら、なんとも雑多な陽溜ひだまりのにおいがれ立っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其後十七年の今日まで僕は此夜の光景を明白はつきりおぼえて居て忘れやうとしても忘るゝことが出來ないのである。今も尚ほ憐れな女の顏が眼のさきにちらつく。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
『さうらしいのよ』とつてあいちやんは、『でも、習慣しふくわんになつてしまつておぼえてられないわ——だッて、十ぷんかんまつたおなおほきさでられないのですもの』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
人間が今のように逼迫ひっぱくするよりも前から、もう九州ではこの烏祭は絶えている。子供と烏だけがその古い契約を、僅か片端だけでもなおおぼえているのではないか。
藤野さんは、豐吉に敗けたのが口惜くやしいと言つて泣いたと、富太郎が言囃いひはやして歩いた事をおぼえてゐる。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
祖父の死を聞いて声をあげてないた少年の日の自分を、陵はいまだにハッキリとおぼえている。……
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「なんというまえのふねだったかな、だれかおぼえていたであろう。」と、一人ひとりがいいました。
カラカラ鳴る海 (新字新仮名) / 小川未明(著)
デント大佐と彼の組とがどんな謎を演じたか、どんな言葉を選んだか、またどういふ風に演じたか、最早私はおぼえてゐない。しかも幕の終る毎にその協議を私は見てをつた。
そのとき三津井は青ざめた彼を励しながら、川のほとりで嘔吐おうとする肩をでてくれた。そんな、遠い、細かなことを、無表情に近い、すぼんだ顔はおぼえていてくれるのだろうか。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
聞きおぼえで、四つの年には、もう、春雨なんかを踊っていたそうでございます。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
昼休みのはじまるころになると、彼はいつでもスーッと部屋を出て行ってしまう。なんの気なしにその姿勢をおぼえていながら、その理由にいままで気づかなかったぼくは、なんてバカだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その山崎と云ふ人の手紙は、内容証明になつてゐたから、僕も早速さつそく内容証明で、あなたには逢つたこともなければ、金を借りたおぼえは猶更なほさらないと云つてやつた。それから僕は軽井沢かるゐざはに行つた。
偽者二題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「イエスよ、御国に入り給う時、我をおぼえ給え」とお願いしました。
おぼえちょれ。……今に、見ちょれ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
在学中にこの雨天体操場の方も改築されたようにおぼえているが、印象に残っているのは、妙に改築前のふるい体操場の方である。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)