悠々ゆうゆう)” の例文
と口ずさみつつ、なんの執着もなく、晩年は仏門に入り名を自得と改めて、悠々ゆうゆう自適の一生を、俳句三昧ざんまいに送ったといわれています。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
澄み渡った秋の空に、白い雲が悠々ゆうゆうと遊んでいるのを眺めた時は、一味の旅愁というようなものが骨にまでしみいるのを感じました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
赤、黄、緑、青、何でも輪郭の顕著なる色彩を用い、悠々ゆうゆうたる自然や、黙静もくせいの神秘を物哀ものあわれに写す力があったのがの人の特長である。
午後三時ごろの夏の熱い太陽が、一団の灰色雲の間からこの入江を一層いっそう暑苦しく照らしていました。鳶が悠々ゆうゆうと低い空をかけっていました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「きょうはじめてお嫁さんと逢うんだというのに、十一時頃まで悠々ゆうゆうと朝寝坊しているんですからね。ぶんなぐってやりたいくらいだ。」
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そばにいてのぞき込んでいた、自分の小児こどもをさえ、にらむようにして、じろりと見ながら、どう悠々ゆうゆうと、はだなぞを入れておられましょう。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吾人は寂寞せきばく閑雅なる広重の江戸名所においておのずから質素の生活にあまんじたる太平の一士人いちしじん悠々ゆうゆうとして狂歌俳諧の天地に遊びし風懐ふうかいに接し
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ハヽヽヽ(葉子がその言葉につけ入って何かいおうとするのを木部は悠々ゆうゆうとおっかぶせて)あれが、あすこに見えるのが大島おおしまです。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
着付けは陸軍の御用達ごようたし見たようだけれども俳人だからなるべく悠々ゆうゆうとして腹の中では句案に余念のないていであるかなくっちゃいけない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういう大都会の中の川は沅湘げんしょうのように悠々ゆうゆうと時代を超越していることは出来ない。現世は実に大川さえ刻々に工業化しているのである。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人間の魂が救われるということのためにはそれほどの肉体の犠牲がどうしても必要なのであろうか。天地はもっと悠々ゆうゆうとしたものである。
幼少に父をうしない、ひとりの母に仕えて孝養をつくし、家は富んでいるものですから東城の郊外に住んで、悠々ゆうゆう自適しています
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々ゆうゆうたる無限の時間が、非東洋的な現実意識で、俗悪にも不調和に破れてしまった。支那人はけ廻った。
年若き夢想を波濤はとうに託してしばらく悠々ゆうゆうの月日をバナナ実る島に送ることぞと思えり、百トンの帆船は彼がための墓地たるを知らざるなり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこで彼は、モロ殺しのことも、ハルクを捨てたことも、知らん顔をして、悠々ゆうゆうと火薬船ノーマ号へもどってきたのであった。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
運命の人よ! 八十年生きるも百年生くるも、人の世はすべてこれ夢! 地上すべてのわずらわしさを断って、悠々ゆうゆうと安らかなる眠りを眠られよ!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
馬上悠々ゆうゆう、大裾野を横切ったのは、前の大宮口が徒歩(但し長坂までは自動車を借りた)であったから、変化を欲するために外ならなかった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
風流とか、芸術的三昧さんまいとかいうのでなく、悠々ゆうゆうとして伝統の歌形に、独り孤高の感懐を寄せておられる。一種の神言である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
人を呼留めながら叔母は悠々ゆうゆうとしたもので、まず煙草たばこに吹くこと五六ぷく、お鍋のぜんを引終るを見済ましてさてようやくに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
雪子が風呂から出て来た時は、彼女は眼を閉じて寝たふりをしていたが、それから妙子は悠々ゆうゆうと身を起して、バスルームへ行ったらしかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかも、あの皮肉な冷笑的な怪物は、法水を眼下に眺めているにもかかわらず、悠々ゆうゆうと一場の酸鼻さんび劇を演じ去ったのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし、なんといっても、これは図々しい不思議な気のする深夜の風景にはちがいない。彼らはブールヴァールを歩く貴婦人のように悠々ゆうゆうと歩く。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
腕を胸の上で組み、あちこち悠々ゆうゆうと歩きまわった。警官はすっかり満足して、引き揚げようとした。私の心の歓喜は抑えきれないくらい強かった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
私は恐ろしい肉の叫喚さけびをまのあたり聴いた。見ると三等室のドアーが開いて、高谷千代子が悠々ゆうゆうとプラットホームに降りた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ことにその或る者が日向や越後の例のごとく、白髪であったと聴くに至っては、悠々ゆうゆうたるかも人生の苦、彼らはたこれを免れえなかったのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は近寄って箱のふたを明けましたが、直ぐに飛び出して来ようともしません。寝転ねころんだままで悠々ゆうゆうとしている処、どうも動物とはいえ甚だ権が高い。
……魚の視感を研究した人の話によると海中で威嚇された魚はわずかに数尺逃げのびると、もうすっかり安心して悠々ゆうゆうと泳いでいるという事である。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二人はもう八十日も橘のやかたに通うていること、そしてきょうのように悠々ゆうゆうと野に遊ぶことは予期しない招きであった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と小間使いの竹がふすまを明けて呼ぶ声に、今しも夕化粧を終えてまだ鏡の前を立ち去り兼ねしお豊は、悠々ゆうゆうとふりかえり
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
『水鳥の生態』の終りに近いところで、ある鶴の一種が、ラプソディのリズムにのって、悠々ゆうゆうと飛ぶところがある。
ディズニーの人と作品 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ぼく達の大洋丸は、悠々ゆうゆうと、海を圧して、碇泊中ていはくちゅうの汽船、軍艦ぐんかんの間をい、白い鴎に守られつつ、進んで行きます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼の庭園には多少の草花を栽培さいばいして置く。花の盛季さかりは、大抵農繁の季節に相当するので、悠々ゆうゆうと花見の案内する気にもなれず、無論見に来る者も無い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力をめて、ただひとり、悠々ゆうゆうと青空の中を飛んでいった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
私は「彼女の死」以外に、何等の犯跡を残していない空屋を出ると、零度以下に冷え切った深夜のコンクリートの上を、悠々ゆうゆうと下宿の方へ歩いて帰った。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女の部屋まで来ると、すぐそのスキー服をつけスキー帽を被り眼鏡までかければ、これで男女の区別は判らなくなって、悠々ゆうゆうと女のスキーをはいて一回り。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
慚愧ざんき不安の境涯きょうがいにあってもなお悠々ゆうゆう迫らぬ趣がある。省作は泣いても春雨はるさめの曇りであって雪気ゆきげ時雨しぐれではない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僧一 昔からの開山たちが、一生涯いっしょうがい貧しくしかも悠々ゆうゆうとして富めるがごとき風があったのは、昔心の中にこの踴躍歓喜ゆやくかんぎの情があったからであると思います。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その枝にまたがって、魚心堂先生に昼夜の別はない、夜中だというのに、いま悠々ゆうゆうと糸を垂れていらっしゃる。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
団長らしい派手なジャケツを着て、むちのようなものを持ち、畠の中を悠々ゆうゆうと散歩したりするのです。部落の共同井戸端から、洗濯中の女たちがその姿を眺めて
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
昨夜も判官はんがんは切腹に及んで由良之助ゆらのすけはまだかといっている時、背広服の男が花道を悠々ゆうゆうと歩いて、忠臣蔵四段目をプロレタリア劇の一幕と変化させた事だった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
その間を悠々ゆうゆうと歩きながら、鼻唄をうたう将右衛門! グルリと工場を一巡すると、元の席へ帰って来た。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空地へ悠々ゆうゆうと出て行った治部太夫は、刺してほまれになる対手ではないが、娘きいの嫁入り以来、婿むこの慎九郎と不和な宮内だけに、今こうして身の力量をも顧みずに
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
若い店員はそれを冗談だと思って茫然ぼうぜんと彼をながめた。しかしクリストフはもうその男のことなんか考えていなかった。往来の方に背を向けて悠々ゆうゆう片隅かたすみにすわった。
悠々ゆうゆうたる思いがする。ここの海港の盛り場は殊の外にぎわしい。ナポリである。鶴見はその本の訳者とともにナポリの町をさまよい歩いて、情熱のにおいをいでみる。
秋空は高く澄み渡り、強い風にさからうように、とびが一羽ピンと翼を張って悠々ゆうゆうえがいていた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
その大兵たいひょう露助ろすけは、小さい日本兵の尖った喧嘩腰けんかごしの命令に、唯々諾々いいだくだくと、むしろニコニコしながら、背後から追いたてられて、便所などに、悠々ゆうゆうと大股にったりしていた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
河は、海峡よりはもっと広いひろがりをもって海のように豊潤に、悠々ゆうゆうと国境を流れている。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
真佐子と復一は円タクにおびやかされることの少い町の真中をおくするところもなく悠々ゆうゆうと肩を並べて歩いて行った。復一が真佐子とこんなにそばへ寄り合うのは六七年振りだった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、老人ろうじんんだのをとどけてから、自分じぶんさかずきのウィスキイをびんにもどし、かつ指紋しもんをぬぐいとつておいて、悠々ゆうゆうと……もしくはいそいで、この立去たちさつたのである。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
備後びんごともにて」という前書がある。旅中の気楽さは元日といえども悠々ゆうゆうと朝寝をしている。もう御雑煮が出来ましたから御起き下さい、といわれてようやく起出すところである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)