わきま)” の例文
旧字:
「前後をよくわきまえてから物はいうものじゃ、第一の着到はかくいう弓削田宮内じゃ、お歴々れきれきといえども、着到順から申せば皆後じゃ」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
二度目にさけんだ時は、武蔵はもう前後もわきまえなかった。ただ燃え苦しむ火のかたまりのように駈けまろんで行って、愚堂のあしもとへ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不敬不埒と言うよりも常識を失う朱愚と言う可し、大倫をわきまえざる人非人と言う可し。女子の注意して心に銘ず可き所のものなり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わたしのたましいはここを離れて、天の喜びにおもむいても、坊の行末によっては満足が出来ないかも知れません、よっくここをわきまえるのだよ……
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
「どう仕りまして……飛んだ周章者うろたえもので御座います。御仁体ごにんていをもわきまえませず、御都合も伺いませずに斯様かような事を取計とりはからいまして……」
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もっとも一人じゃなかったです。さる人に連れられて来たですが、始め家を迷って出た時は、東西もわきまえぬ、取って九歳ここのつ小児こどもばかり。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なあに、君は助平野郎さ! おれは初め、君をもう少しましな人間かと思ったのに、まるで君は人づきあい一つわきまえていないんだ。
科学的精神を尊重するなら、この社会をより善くすることに於てのみ個人を善くする理義をわきまえて、自己享楽を捨てようとはしないのか。
芸術は革命的精神に醗酵す (新字新仮名) / 小川未明(著)
吾が魂に於て彼を看たのか、彼に於て吾が魂を看たのか、わきまえがたいような瞬間があった。実に嬉しかった。好い心持であった。
穂高岳 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
では私も少しは下界のことをわきまえているということを、私の身のまわりのこと、暮し向きのことなど少しお知らせ致しましょう。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
描き出ださるべき一人に同情して理否も、前後もわきまえぬほどの熱情をもって文をやる男よりもたしかなところがあるかも知れぬ。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大江山警部が、少女の射ち殺された頃の事情を一向わきまえぬ専務車掌に、こんなことを聞くのは、愚問の外のなにものでもないと思われた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
万一の時には公方様御旗の前で捨つる命を、らちもない喧嘩口論に果したら何とする。それほどの道理をわきまえぬお身でもあるまい。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「私は自分の申すことをわきまえているのですから。——佃さん、沈黙も場合によっては、いつも黄金というわけにはいきませんよ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
源「恐入ります、しかし手前は町人の事にてなんわきまえもございませぬが、何の罪もない者に重罪を申付くるという御法ごほうがございましょうか」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
片岡君は或はこの辺の兵法をわきまえていて時々発心するのかも知れない。兎に角忘年会まで一週間大いに飲んだ上に忘年会で又大いに飲んだ。
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お三枝は自らはわきまえないが、由也の悪事の片棒を担いだ結果になっているのだなア。青磁や皿をわったのはお三枝に非ず、泥酔の時田だなア。
ただ悲しさばかりが胸にあふれて、この別れが自分たちの身の上をどれだけ変らせるか、そのほどさえわきまえられぬのである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
やどかりが小さい貝の中に住むのもきっと自分の身の程をわきまえての事で、やどかりには小さい貝が相応した住家なのである
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
『善悪をよくわきまえたヴァーマデエヴァは、飢餓に迫られたとき、犬の肉を食べたいと思ったけれども、しかし決して不浄とはされなかった。』
ってここに人の母たるものの行うべき大切なることをしるす。この他ちいさき事はしるさずとも人々わきまう所なれば略し置きぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
益〻無々君の言文一致の説に感じ、文章の言語にかざるをわきまえ、且さきに無々君が圓朝氏の技を賛する過言に非るを知る。
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから、医院の所在などもよくわきまえていましたので早速こう教えてやりました。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
で、これをわきまへてゐる人達は、そばについてゐて、博士が成るべく腰掛から腰を持ち上げない事ばかりにやきもきしてゐる。
貴人九二古語ふることかれこれわきまへ給ふに、つばらに答へたてまつるを、いといとでさせ給うて、九三かれろくとらせよとの給ふ。
是非善悪をわきまえて居る者はひそかにその挙動の憎むべき事、その業の社会、国家を害することをにくんで、彼は悪魔である
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これらの祖先が、いずれも分別をわきまえ、識見の高い人々であったがために、子孫まで、ちゃんと、その看板で飯を食うことができるのであります。
食器は料理のきもの (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ややともすると所もわきまえずに熱い涙が眼がしらににじもうとした。それは悲しさの涙でもあり喜びの涙でもあったが、同時にどちらでもなかった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これからはよくそのことわきまえて、あの竜神様りゅうじんさまのおみやへおまいりせねばならぬ。また機会おり竜宮界りゅうぐうかいへも案内あんないし、乙姫様おとひめさまにお目通めどおりをさしてもあげる。
就中なかんずくヘルチェンは晩年までも座辺から全集を離さなかったほど反覆した。マルクスの思想をも一と通りはわきまえていた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それをみんなわきまえないで、ただもう、あたり前の習慣だ位の気持でくっつけているから、その弱みにつけ込んで、わざわいがふりかかって来るのだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ある時機を待たざるべからず、そは重井には現に妻女のあるあり、明治十七年以来発狂して人事をわきまえず、余儀なく生家に帰さんとの内意あれども
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
神社や学校で恭々うやうやしく買上げる手筈になっているではないか! それをまあ、りにも選って!——と私は、その時芸術家の感興をわきまえぬ村人達から
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
(娘はいよいよ呆れ、何事ともわきまえず、目をいよいよ大きく見張る。画家は何といわんかと、思い惑う様子にて。)
その辺のわきまえをよくして戴かないとわたしも平一郎さんも旦那様も奥山さんも皆が途方にくれるようなことが起きるのですから。——分ったでしょう。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
ロキス蛇が馬に化けた時足から露顕したといい、インド『羅摩衍譚ラーマーヤナ』に、雌蛇のみ能く雄蛇の足をわきまえ知るとある。
今の事業多き時代に生まれながら問題の大小をもわきまえず、その力を用いるところとうを失えりという人あらば如何いかん
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのうえ彼はなかなかの役者だ、巧みな偽善者だ、何もかもよくわきまえたものさ。たとえば奴の舌先の手品を見て見給え。文明に対する彼の態度でもいい。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
森羅万象しんらばんしょうことごとく皇国すめらみくにに御引寄せあそばさるる趣きをく考へわきまへて、外国とつくにより来る事物はよく選み採りて用ふべきことで、申すもかしこきことなれども
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの横川よがはの僧都様などは、かう云ふ考へに味方をなすつた御一人で、「如何に一芸一能に秀でやうとも、人として五常をわきまへねば、地獄に堕ちる外はない」
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お静お静と呼寄せての、優しき慈愛身にしみて嬉しく。果ては読み書き、裁ち縫ひの道しるべさへ、お秋より教へられて、おぼろけながら女の道をもわきまへつ。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
御幼年で何のおわきまえもおありあそばさないころは天もとがめないのでございますが、大人におなりあそばされた今日になって天が怒りを示すのでございます。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
喰はんでも、あんの相手をせいでどうならうに、少しや其の年になつたらわきまへさうなものぢやになあ……。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
つぎに、「文武忠臣良弼ありて、又臣民の心に、順逆の理をわきまえ、大義を知れる故に、いにしえの制度に復しぬ。」
井戸一帯に燐の粉がこぼれて、それに鬱気うつきを生じ、井戸の中、ふたの石、周りの土までが夜眼にも皓然こうぜんと輝き渡っていたその理を、彼は不幸にもわきまえなかったのだ。
遂に六月二十二日北御番所のお白洲しらすにて役者海老蔵こと身分をわきまえず奢侈僣上しゃしせんじょうおもむき不届至極ふとどきしごくとあって、家財家宝お取壊とりこわしの上江戸十里四方御追放仰付おおせつけられましたが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
悲哀トリステサに噛み付かれたという以上は、もちろん妻が怒りのために悲哀トリステサけしかけたに違いなく、妻がそれほどまでに怒ったということは、やはりガルボが身分をもわきまえず
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
従来よりの学者は大抵この区別をわきまえず「ちゃんちん」の椿と「つばき」の椿とを混同視し「つばき」を椿と書いては悪いように論議しているのは皮相の見である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
圓朝といえども全智全能ではないから何から何までわきまえているわけではなく、その都度しらべてかかる場合も少なくなかったのだろうが、何にしてもこの凝りようが
奥様のように、大事なところをキチンとわきまえていられる方は、そうザラにはござんせんですよ……
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)