いとけな)” の例文
いとけなき保の廊下に遊嬉いうきするを見る毎に、戯に其臂を執つてこれをむ勢をなした。保は遠く柏軒の来るを望んで逃げかくれたさうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いとけなくこそあれ、わが子曹叡こそは、仁英の質、よく大魏のとうを継ぐものと思う。汝ら、心をあわせて、これをたすけ、朕が心にそむくなかれ」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と言わるるままに、忍び音が、声に出て、肩の震えが、袖をゆすった。小芳はいとけないもののごとく、あわれにかぶりって、厭々をするのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
げて行く母をしたう少年の悲しみのこもっていることが、当時のいとけない自分にも何とはなしに感ぜられたと見える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日出雄少年ひでをせうねん先刻せんこくから、櫻木大佐さくらぎたいさかたはらに、行儀ぎようぎよく吾等われら談話はなしいてつたが、いとけなこゝろにもはなし筋道すぢみちはよくわかつたとへ、此時このとき可愛かあいらしき此方こなた
私はいとけなき時から、学校の友達か、親戚の外は、滅多に人に逢つた事はござひませず、父の客などが参りました時なども、たまたま私が玄関などにうろついてをりますと
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
山の手の高台もやがて尽きようというだらだら坂をちょうど登りきった角屋敷の黒門の中に生まれた私は、いとけなき日の自分をその黒門と切り離しておもい起すことは出来ない。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
母は彼のいとけなかりし頃世を去りて、父は彼の尋常中学を卒業するを見るに及ばずして病死せしより、彼は哀嘆なげきの中に父を葬るとともに、おのれが前途の望をさへ葬らざるからざる不幸にへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
霞亭はいとけなかつた時の家庭の一小事を記憶してゐて、後にこれを筆にのぼせた。それは天明八年に霞亭が九歳であつた時の事である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
途端とたんに「綺麗きれいだわ」「綺麗きれいだわ」といとけなこゑそろへて、をんな三人さんにんほど、ばら/\とつた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まだおいとけない主上を抱きまいらせて、ご同輿どうよの出御を仰ぎ、内大臣宗盛父子おやこや平大納言時忠など、重なる人々は衣冠、そのほか、武臣はもとより、公卿殿上人から端仕はしたづかえの人々まで、すべて
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日出雄少年ひでをせうねん海外かいぐわい萬里ばんりうまれて、父母ちゝはゝほかには本國人ほんこくじんことまれなることとて、いとけなこゝろにもなつかしとか、うれしとかおもつたのであらう、そのすゞしいで、しげ/\とわたくしかほ見上みあげてつたが
わずかに板敷を残した店先に、私のいとけなかった姿が瞭然はっきりたたずむのである。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
婢はいとけなくして吉原の大籬おおまがきつかえ、忠実を以て称せられていた。その千住の親里に帰ったのは、年二十をえたのちである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
剪刀はさみ一所いっしょになつて入つて居たので、糸巻の動くに連れて、それいわへた小さな鈴が、ちりんとかすかに云ふから、いとけない耳に何かささやかれたかと、弟は丸々まるまるツこいほお微笑ほほえんで、うなずいてならした。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
また松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさ令妹れいまいなるかれ夫人ふじんにはまだ面會めんくわいはせぬが、兄君あにぎみ病床やまひ見舞みまはんがめに、暫時しばしでもその良君おつとわかれげ、いとけなたづさへて、浪風なみかぜあら萬里ばんりたびおもむくとは仲々なか/\殊勝しゆしようなる振舞ふるまひよと
いとけなき頃から儒学をおさめ、長じては世上を流浪しやることも十数年、世上の艱苦かんく、人なかの辛苦も、みな生ける学びぞと、常にこの母は、身の孤独も思わず、ただただそなたの修業の積むことのみ
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信栄の歿した時、信美は猶いとけなかつたので、信美の祖父信政は信栄の妹曾能に婿を取り、所謂いはゆる中継として信栄の後をけしめた。此女婿が信階のぶしなである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「ホ、ホ、ホ、ホ。貴人。何もそのように怖れ給うことはありません。呉妹君はおいとけなき頃から、剣技をお好み遊ばし、騎馬弓矢の道がお好きなのです。決して貴人に危害を加えるためではありません」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠兵衛の子がまだ皆いとけなく、栄次郎六歳、安三歳、五百いお二歳の時、麹町こうじまちの紙問屋山一やまいちの女で松平摂津守せっつのかみ義建ぎけんの屋敷に奉公したことのある忠兵衛の妻は亡くなったので
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
勝久のくがただに長唄を稽古けいこしたばかりではなく、いとけなくして琴を山勢やませ氏に学び、踊を藤間ふじまふじに学んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)