帷子かたびら)” の例文
やがてまきの煙が、勝手から家の内を吹きながれた。湯浴ゆあみして、帷子かたびらにかえた藤吉郎は、草履をはいて、庭木戸から外へ歩みかけた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いずれも水色の揃いの帷子かたびらに、しん無しの大幅帯をしどけなく結び、小枕なしの大島田を、一筋の後れ毛もなく結い立てています。
茶屋知らず物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
白地の帷子かたびらを着た紳士の胸や、白粉おしろいをつけた娘の横面などへ泥草鞋がぽんと飛んで行っても、相手が子供であるから腹も立てない。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一行三人いずれも白い帷子かたびらを着て、おまけに背中には「南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」の七字を躍らすなど、われながらあやしい装立ちだった。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
源氏枕草子等に、かざみといへるもの字に汗衫かざみと書くは即ちいまの襦袢なり。汗取あせとり帷子かたびらとおなじき種類にして直ちに肌に着るきぬなり。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
駕籠のまわりは水野家の足軽が五十人、一様に新しい柿の帷子かたびらを着、新しい白の股引をはいて、新しい棒をつきながら、警固けいごした。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それから古ぼけた帷子かたびら姿を半身ぼんやりと浮かばせるとツト片足がかまちを跨ぎ続いて後の半身がヨロヨロと土間へはいって来た。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今枝某といふ一医生礼にきたり、いつも端午が寒ければ、わたいれの上に帷子かたびらを著す、今日は帷子の上にわたいれを著して可然などと申候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
母は高倉三条のちきりやという、冬はお召、夏は帷子かたびらを売る呉服屋に通勤していた支配人の貞八の娘でした。生粋の京の町娘というわけです。
わが母を語る (新字新仮名) / 上村松園(著)
「これはね、単衣ひとえ帷子かたびらもみんな汚れちゃって着る物が無くなっちゃったんですよ」「まああきれた、どうして洗濯をおさせになりませんの?」
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
帷子かたびらの涼しい着こなし、炎天の昼下がりを、本所から神田までやって来て、大した汗もかかない人柄がなつかしまれます。
萌黄の帷子かたびら。水色の透綾すきや。境内は雜然としてかんてらの燈火あかり四邊あたり一面の光景ありさまを花やかに、闇の地に浮模樣を染め出した。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
水浅黄に沢瀉おもだかの紋附の帷子かたびら白博多しろはかたの帯、透矢すきやの羽織は脱いで飛ばぬ様に刀の大を置いて、小と矢立だけは腰にしていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
お母様はい上げたばかりの艶々つやつやしい丸髷まるまげに薄化粧をして、御自分でお染めになった青い帷子かたびらを着ておいでになりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうしてその時の母の服装なりは、いつも私の眼に映る通り、やはり紺無地こんむじ帷子かたびらに幅の狭い黒繻子くろじゅすの帯だったのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ことしの盆はぼんとも思はない、かうやが燒けても、もかりがぶつこけて、ぼん帷子かたびらを白できた」といふのである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
このサハランは此方のさわらぬでは解しにくいが、夏タナシはこちらでも簡単な帷子かたびらをいう語だから、馴れて心安いという意味だけはおおよそわかる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
父が帷子かたびらに黒い絽の羽織を着て、向うむきに坐つて何か書類の整理をしてゐるところである。この夢はよく当つた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
史邦の「帷子かたびら」の発句と芭蕉のわきもみ一升を稲のこぎ賃」との次に岱水が付けた「たでの穂にもろみのかびをかき分けて」
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ほどなく土蔵から下りて来た机竜之助は、生平きびら帷子かたびらを着て、両刀を差して、竹の杖をついて、案内知ったらしいこの荒蔵あれぐらを一人で歩いて行きました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして帷子かたびらの紋附をさかさにかけられた母の死体を、一人でじっと見つめていた。彼には、ともするとそれがかすかに息をしているかのように見えた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
と見ると文治郎水色に御定紋染ごじょうもんぞめ帷子かたびら、献上博多の帯をしめ、蝋色鞘ろいろざやの脇差、其の頃流行はやったまさの下駄、さらしの手拭を持って、腰には金革きんかわの胴乱を
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「フン、まだあるのか」と熊城は、つばきで濡れたたばことともに、吐き出すように云った。「もう角笛や鎖帷子かたびらは、先刻さっき人殺し鍛冶屋ヴェンヴェヌート・チェリニで終りかと思ったがね」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自動車の音を聞いて、伯父は素肌すはだ帷子かたびら袖無そでなしを一枚着たままでとび出して来た。三年ぶりなので、さすが白髪は目立っていたが、思ったよりも元気であった。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
近づくに従つて、其の姿は段々はつきりして来て、白地の帷子かたびらかすりや、羽織の茶色地までがきらきらする光線に見分けられた。帯の金鎖や眼鏡がちか/\光つてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
小太郎は、室の隅で、鎖鉢巻、鎖帷子かたびら、真綿入の下着を、二人分積み重ねて、風呂敷に包んでいた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
蔵人は又内の絶命するのを見届けると、風呂場へ行って返り血を浴びた衣類を脱ぎ捨て、顔を洗い、手足を清め、用意してあった帷子かたびらに着かえ、なに気ない体で書院に戻った。
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夏の極暑の折にも一枚の帷子かたびらでおしとおして着替えもなく、豊作の年でも朝晩一ぱいの粥でやっと飢えをしのぐというような人は、つきあってもなんのとくにもならないせいか
五寸も距離があり身体は地球から二、三寸上を、人魂ひとだまの如くフワリフワリと飛んでいる如く感じられてならぬ、心常に落付かない、その代り夏は葦張よしずばり、風鈴、帷子かたびらの如くすずしい
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
地獄の釜の蓋のあく日がきて陰鬱な鐘の音が人を促すやうに鳴りはじめると伯母さんは気のすすまない私に花色の帷子かたびらをきせ、唐縮緬のしごきを胸高にしめさせておまゐりにつれてゆく。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
私の鐵の帷子かたびらが、私を捲き締める。説服が、ゆるやかに確かな歩みで進んで來た。
越後上布えちごじょうふ帷子かたびらの上に重ねたしゃの羽織にまで草書そうしょに崩した年の字をば丸く宝珠ほうじゅの玉のようにした紋をつけているので言わずと歌川派うたがわはの浮世絵師五渡亭国貞ごとていくにさだとは知られた。鶴屋はびっくりして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
寝衣はもちろん病院からくれたもので、経帷子かたびらとそっくりのものだった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
帷子かたびら茶献上ちゃけんじょう——口のなかで謡曲うたいでもうなりながら、無心に水打つ姿。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それから白絣しろがすり帷子かたびらの一寸したのがあるけれど、あとはお浴衣が二枚ばかりある外に、今召してお出でになるたてじまの木綿のが一枚だけで、洗ひへの不断着が一枚もおありにならないのである。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
老いたる武士の帷子かたびら姿という感じがその家に漂っています。
帷子かたびらはともかく、細かい縞は無難である。
噺家の着物 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
金兵衞の帷子かたびらにて押拭おしぬぐ胴卷どうまきの五百兩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
帷子かたびらに花の乳房ちぶさやおひと
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
帷子かたびらを着て団扇とり
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
小盾こだても見えず、姿見をかたわらに、追って出る坊主からかばうのに、我を忘れて、帷子かたびらの片袖を引切ひっきりざまに、玉香を包み、信女をおおうた。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白地の帷子かたびらを着た紳士の胸や、白粉おしろいをつけた娘の横面よこづらなどへ泥草鞋がぽんと飛んで行っても、相手が子供であるから腹も立てない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
左の腕を白布でくびに吊り、白絹で頭巾のように顔をつつんでいる。そして身にも白帷子かたびらを着、小姓に団扇うちわで風を送らせているのである……。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらした生平きびら帷子かたびらの裾をからげ、たすきをかけ、汗止をしている。芝草を踏む素足は露で濡れているし、帷子も汗になっていた。
淺葱あさぎ帷子かたびらかみしも、威儀を正して控へた態度は、なか/\美男と言つてよく、こんな小屋に立たせて、藝當などをさせて置くのは惜しいくらゐです。
この水浅黄みづあさぎ帷子かたびらはわたしの祖父おほぢの着た物である。祖父はお城のお奥坊主おくぼうずであつた。わたしは祖父を覚えてゐない。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それらが縁側から見える中座敷でお蘭は帷子かたびらの仕つけ糸をっていた。表の町通りにわあわあいう声がして、それが店の先でまとまると、四郎が入って来た。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あるいはまた片原町、片平ともいう処があり、その起因が不明になって帷子かたびらという漢字などを用いているが、その片側はたいていは武士の大邸宅である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
何ういうことでございますか水色に染紋の帷子かたびらを着まして、茶献上の帯を締め、月代さかやきを少し生やして居ります。
これは大僧正クランマーである。青き頭巾ずきん眉深まぶかかぶり空色の絹の下にくさ帷子かたびらをつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈えしゃくもなくふなべりから飛びあがる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)