小路こうじ)” の例文
わたしは貧しい若者で、たいへんせまい小路こうじの一つに住んでいます。といっても、光がさしてこないというようなことはありません。
諸方に、篝火かがりびが立っている。暗い小路こうじには、松明たいまつがいぶっていた。道に捨てられてある武器や、人間の首や、胴などを、幾つも見た。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ガス燈しかともっていないような小路こうじを、三つ四つ過ぎると、結局彼は今までよりいくらか広い小路の、とある木門の前に立ち止った。
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
が、柱の下をはなれて、まだ石段へ足をおろすかおろさないうちに、小路こうじを南へ歩いて来た二人の男女なんにょが、彼の前を通りかかった。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三吉は土蔵の間にある細い小路こうじの一つを元来た方へ引返して行った。彼はこういう小路だけを通り抜けて家まで戻ることが出来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
静かな小路こうじの中に、自分の足音だけが高く響いた。代助は馳けながら猶恐ろしくなった。足をゆるめた時は、非常に呼息いきが苦しくなった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
坂道を下りつくし、町のちまたに出て小路こうじの中に姿を没したと見えたが、その後は、どこをどうして徘徊さまようているか消息が分らない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……一度は金沢のやぶの内と言う処——城の大手前とむかい合った、土塀の裏を、かぎ手形てなり。名の通りで、竹藪の中を石垣にいて曲る小路こうじ
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八歳の時に足利を出て、通りの郵便局の前の小路こうじの奥に一家はその落魄らくはくの身を落ちつけた。その小路はかれにとっていろいろな追憶おもいでがある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
東西南北に小路こうじを割り、広大な書院や数寄屋を建て、庭には草花などを植え、町人は小屋をかけて諸国の名物等を持って来て市をなして居る。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
用もないのに小路こうじ々々の果までを飽きずに見歩いた後、やがて浅草あさくさ随身門ずいじんもんそとの裏長屋に呑気のんき独世帯ひとりじょたいを張っている笠亭仙果りゅうていせんかうちへとやって来た。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
姓は池原、名は房二郎、としは二十三歳、——池原は千二百石の旗本で、屋敷は芝の桜田小路こうじ、おれは三男で養子にやられようとしたので、家出を
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして彼はまた意味ありげに前の方をあごでしゃくって見せた。その小路こうじを行けば丸山へ出るということをふうするように。
おれは金貨きんかがマイクル小路こうじのかどにえてゆくまで、じっと見ていて、その足であにきのところへかけつけてきたんだよ
また、そのみなと景色けしきや、まちさまや……小路こうじかどには、たばこがあって、果物屋くだものやがあって、あかはたっている酒場さかばのあることも、はなしました。
お父さんの見た人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
四条しじょう坊門、五条油小路こうじあたりの町屋の末々に至るまで、それぞれに目ざす縁故をたどって運び出すのでございましょう、その三四ヶ月と申すものは
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
この大火の火元の某家と云うのはのちの調査によると樋口富ひぐちとみ小路こうじにある住家で、病人の住んでいたものであった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
小路こうじの角で、母屋おもやの見える庭では、もう、梅が枝をはじいて咲いていた。難波ではまだつぼみも固かったのに、みやこの日の暖かさを思わずにいられなかった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まもなくあるせまい小路こうじへはいると、かれは往来のいしにこしをかけて、たびたびひたいを手でなで上げた。それはこまったときによくかれのするくせであった。
市場の近くに、寄席よせがありました。小路こうじの奥まった所で、何といいましたか、その名の這入った看板が往来に出ていました。兄は毎日そこを通られるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それゆえか、その細道には名がなくて、小路こうじを出たところの横町がいなり新道というのだった。
余の家の南側は小路こうじにはなっているが、もと加賀の別邸内であるので、この小路も行きどまりであるところから、豆腐売りでさえこの裏路へ来る事は極て少ないのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
と、落とした財布さいふでも見つけたように、さけびました。なるほど、その小路こうじのなかほどに、あかと白のねじあめの形をした、床屋とこや看板かんばんが見えました。——克巳の家は床屋さんでした。
いぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
かれが今町の入り口へさしかかると向こうから巌がやってきた、かれは頭に鉢巻はちまきをして柔道のけいこ着を着ていた。チビ公ははっと思って小路こうじにはいろうとすると巌がよびとめた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ここは京の室町むろまちで、これを南へって行けば、今出いまで川の通りへ出る。そこを今度は東へ参る。すると北小路こうじの通りへ出る。それを出はずれると管領かんりょうヶ原で、その原の一所に館がござる。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
A町を横に入った狭い小路こうじに一軒の小さな洋食店があった。たった一部屋限りの食堂は、せいぜい十畳くらいで、そこに並べてある小さな食卓の数も、六つか七つくらいに過ぎなかった。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大股おおまたにその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新らしいえりのとがったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路こうじから出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それから少許すこし行くと、大沢河原から稲田を横ぎつて一文字に、幅広い新道しんみちが出来て居て、これに隣り合つた見すぼらしい小路こうじ、——自分の極く親しくした藻外といふ友の下宿の前へ出る道は
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし空は青々と、吾々のおとずれに味方してくれた。どこの細道も知りぬいている人力である。小路こうじをぬって目指す町へと向った。だがある横町を過ぎた時、はたと私たちの眼に映ったものがある。
思い出す職人 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人がその小路こうじを通るとき、老嬢は鎧戸の隙間から、跫音あしおとの遠くなるまで覗いているのが常であった。猫はまた猫で、よその猫がやって来ると、頸を伸ばし三本足で延びをして、ひょいとはぐれてしまう。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
したがってなつかしく忘れられないこの小さな村の安静も、この県道のために破壊はかいされてしまっていやしないか。そう思って見ると、県道の左右についてる、おのおのの家に通う小路こうじの見すぼらしさ。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ふくろ小路こうじだ。にげみちはない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
気ちがい小路こうじに住んで
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
狹き小路こうじの行進に
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
それから、月にしらんだ小路こうじをふさいで、黒雲に足のはえたような犬の群れが、右往左往に入り乱れて、餌食えじきを争っているさまが見えた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし電車通りまで歩いて来た時、彼女の足は、また小路こうじの角でとまった。彼女はなぜだか病院へ行くにえないような気がした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
棺が小路こうじを出るころには、町ではもう起きている家はなかった。組合のものが三人、大家おおやのあるじ、それに父親に荻生さんとがあとについた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ここのすぐ近くの、せまい小路こうじで——そこはとてもせまいので、わたしは家のかべにそって、ほんの一分間しか光をすべらせることができません。
鼻をつままれてもわからない小路こうじの闇に、野良犬が、えぬいている。犬すら、飢えているように、しゃがれた声に聞えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、此が知れると、月余げつよさと小路こうじに油を買つた、其のあぶらようして、しかしてあたいいやしきあやしんだ人々が、いや、驚くまい事か、塩よ、楊枝ようじよと大騒動おおそうどう
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
丁度道の片側に汚い長屋建の小家のつづきはじめたのを見て、その方の小路こうじへ曲ると、忽ち電車の線路に行当った。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「なにか、めずらしいものでも、つからないか。」とかんがえて、一つの小路こうじをはいって、店頭てんとうながらいったのです。
お父さんの見た人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
幸いこの火も室町小路こうじにて止まりました。そうそう、松王様はその夕刻、おっつけいぬの刻ほどにひょっくりお見えになり、わたくしがおうらみを申すと
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
子供等はめずらしがって、家の周囲まわりにある木の多い小路こうじや、谷底の町の方へ続いた坂道などを走り廻った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お喋り坊主はひきつづき、海の中に漂う海月くらげのように、小路こうじの暗いところで法然頭ほうねんあたまを振り立てて
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
通りでは遊女の列にからかう男の下等な笑い声や、かん高い気違いじみた女の声が聞こえた。一種の本能で裕佐はその行列を見るのはいやだった。それで小路こうじにはいった。
それをおろして、ずんずん右の方にいらっしゃいます。左はそこらの大地主の広い庭で、やはり溝がめぐって、ぽつぽつ家つづきなのです。縦の小路こうじを曲ると宿場の街に出ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ひどくこしをうってのびてしまったが、かろうじていたみをこらえて立ちあがったときには、金貨きんかはちょうちょうがうように、ふわふわとマイクル小路こうじのかどを消えていったんだ
大手門を出て堀端ほりばたを右へゆき、くら町から横井小路こうじへぬけると馬場、そのさくに沿った片側並木の道を左にまわり、明神の森につき当って、門前を右に二丁ほどゆくと大きな池のふちへ出る。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大通りをぬけて、たくさんの小路こうじ小路を出ると、またたくさんの大通りがあった。わたしたちは歩いて歩いて歩きつづけた。たまたま会う往来おうらいの人がびっくりしてわたしたちをじろじろ見た。