変化へんげ)” の例文
旧字:變化
変化へんげの術ももとより知らぬ。みち妖怪ようかいに襲われれば、すぐにつかまってしまう。弱いというよりも、まるで自己防衛の本能がないのだ。
去るころ、奈良県の某新聞にも、「妖怪変化へんげ」と題して幽霊談が掲げてあった。その場所は同県磯城しき郡桜井町、某寺の境内である。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ハチと同じ階級にいる鉦打かねうちの徒が時に応じて種々の職に従事し、為に時には鉦打の七変化へんげなどと呼ばれたのも以て傍証とするに足ろう。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
そして白い花の吹雪が変化へんげにでも見えるかのように、ひんぷんと散り舞う物を相手に、独りで立廻りを演じたりしているのだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一人の阿闍梨はこう言ってとめながら、変化へんげを退ける指の印を組んでいるのであったが、さすがにそのほうを見入っていた。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
堕落だらくした天使の変化へんげです。ジェズスは我々を救うために、磔木はりきにさえおん身をおかけになりました。御覧なさい。あのおん姿を?
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、鬼だの、変化へんげだのといっても、今時は相当に気がいていなければならぬ。俗に気の利いたお化けの引込む時分ということわざがある。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えらいのね。でも悪魔、変化へんげばかりではない、人間にも神通じんずうがあります。私が問うたら、お前さんは、って聞けと言いましたね。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こういうかくの多い字が一杯並んで、字づらが薄黒く見えるような頁が、何か変化へんげと神秘の国の扉のように、幼い心をそそった。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
上部にはズラッと毒々しい絵看板が並び、それには、ありとあらゆる妖怪変化へんげの姿が、今にも飛びついて来そうに、物恐ろしく描いてある。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、少し眼がはつきりして来るとともに、変化へんげの影は消え失せた。ところが、又しばらくすると、荷馬車の蔭から妖怪が姿を現はす……。
先師は、妖怪変化へんげとか、腕力沙汰とか、醜聞とか、超自然の霊とか、そういったことについては、決して話をされなかった。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それはもはや、荒唐無稽な変化へんげの類ではなかったが、あの押入に何かの因縁が……と思う、一種の宿命的な惑わしだった。
白血球 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
左様さよう先祖せんぞといえば先祖せんぞであるが、むし人間にんげん遠祖えんそ人間にんげん創造者つくりぬしったがよいであろう。つまり竜神りゅうじんがそのまま人間にんげん変化へんげしたのではない。
その可愛らしい笑い顔は鬼とも魔とも変化へんげとも見えないので、張訓はまた迷った。しかし彼のうたがいはまだ解けない。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
以前は熊野の猟師みな命の弾丸とて鉄丸に念仏を刻み付けて三つ持ち、大蛇等変化へんげの物を打つ必死の場合にのみ用いた。
いみどりいろの顔面、相貌そうぼう夜叉やしゃのごとき櫛まきお藤が、左膳のしもとあとをむらさきの斑点ぶちに見せて、変化へんげのようににっこり笑って立っているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さきに根岸では伊之助が二人出来たためしもある、こんどはお若さんが二人になったは不思議だ、これはいずれか一人のお若さんは屹度変化へんげにちがいない
わたくしどもはけっして変化へんげでも、おにけたのでもありません。一人ひとり摂津せっつくにから、一人ひとり紀伊きいくにから、一人ひとり京都きょうとちか山城やましろくにからたものです。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
あちこちの建物からは人声がし、窓からは燈火が華やかに射し、その部屋で飲食し談笑し、悪ふざけさえしている妖怪変化へんげの——仮装の人々の姿が見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「相済みませぬ。あそこの生き埋めの井戸というのがあるのを幸い、脅しつけろ、と腰本様がおっしゃりましたゆえ、変化へんげの真似をしたのでござります……」
豊雄のはなしでは、世にもおそろしいことだと思っていましたが、妖怪変化へんげが人間に化けてあらわれるというようなことのあるいまの御時世でもありますまい。
思案に余った左衛門の長次、兎に角変化へんげにしても妖怪にしても実現して見ないことには判りませんから、危いことを承知で或る晩ソッと小屋の中へ潜り込みました。
弟子たちはこれを見て、変化へんげの者だと思って悲鳴をあげた。イエスはただちに「心安かれ、我なり、おそるな」と言われて、舟に乗り込まれたところ風はやみました。
しかしこのような剽軽ひょうきん変化へんげは、二度と再び出るものではあるまいと当時考えていたから、このたび再び出現したというのをきいては、まことに今昔こんじゃくの感に堪えない。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
白尾国柱しらおくにはしら翁の『倭文麻環しずのおだまき』巻六には、大隅肝属きもつき郡高山村大字新富の狸の変化へんげを記して、その終りに
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
妖怪変化へんげになったりして、物の話に伝わり残っているのであるが、しかも、そんな事実を笑う連中はお気の毒ながら現代式のハイカラな神経の持主とはいえないのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
妖怪とか変化へんげとか、生霊とか死霊とか種々いろいろ怪物ばけものついては度々たびたび前に話をしたり書いたりしたから改めて申すまでも無かろうから今度は少し変った筋の話をする事にする。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
『こんなところで独りでねておられる方はそもそもどんな方でしょうか。……このあたりには変化へんげのものが出ます——たくさんに出ます。あなたは魔物を恐れませんか』
ろくろ首 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
結局この噂話は、一篇の笑話と化して笑殺しょうさつされるようになったが、その頃、また別の噂が後詰ごづめのような形で伝わり始めた。それはやっぱり鞄変化へんげに関するものであった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
変化へんげの棲家へ迷ひこんでしまつたぞ。さて逃げるのに一苦労だ。お茶もうつかり飲めないぞ。ここの饅頭は馬の糞だ。年越そばは蚯蚓みみずだね。ええ。汚ない。げえ。げえ」
平家が福原へ都をうつしてから、どうしたことか清盛は妖怪変化へんげの類を見るようになった。さして体が悪いというのではないが、胸騒ぎがする。夢を見るたびにうなされる。
所が三度の食事となると丸で別人のように変化へんげして、何としても早く食うことが出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼らは影法師のうつるのも忘れてそっと障子のあなからのぞいたり、または森のなかを歩いてるところを見つけて変化へんげものの正体でも見あらわすようにじろじろと見まわしたりする。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
おや人間であったか、それにしてもこんな深山の夜明けに、少女などが平気で来られるものでない。これはどうしても変化へんげの者に相違ない。しっかりしていないと其の餌食になる。
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この山道には狐狸こり変化へんげに関する事件がなかなか多く、母も度々さういふ話をした。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
私は燈火あかりを点けて、また書き物をつづけた。何だか気になるので、変化へんげを見た場所を二三度覗くようにしたが、いつの間にかその些細な興奮も消え、すべてを忘れて仕事に没頭していた。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
平野をどり舞人まひびとと思はるる黒紋附に白袴しろばかま穿きたるいでたちのボオイ達、こちたく塗れるおしろいの顔、出場でば待遠まちどほげに此方彼方こなたかなたするが、目に変化へんげのものの心地もせられて可笑をかしくさふらひき。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
十銭の金もないと云う事は奈落の底につきおちたも同じことだ。トントンきの屋根の上を、小石のようなものがぱらぱらと降っている。ここは丘の上の一軒家。変化へんげが出ようともかまわぬ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その努力や摸索が見当をすこし違えると、「あらがね」以後のその作者になったりいろいろに変化へんげする。全然ジャーナリスムとの接触を考えないということは、消しに身を呈することになるし。
変化へんげの正体を見現みあらわしたと許り、晩年、放送局であつたとき私が云ふと
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
変化へんげの正体を見届けたような心持で、覚えず其顔を見詰めると、お民の方でもじろりと僕の顔を尻目しりめにかけて壁の懸物へと視線をそらせたが、その瞬間僕の目に映じたお民の容貌の冷静なことと
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いら立ったくさむら、青白い水たまり、滅亡と悲愁との反映、沈黙の広大な墓場、実際にいるかも知れない見も知らぬ変化へんげ、傾いている不思議な木の枝、恐ろしい樹木の胴体、震えている長い雑草の茎
それにしても朝の五ツ半(九時)、変化へんげの狸のという時刻じゃない。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
すべての物体は雲煙のごとくまた妖怪変化へんげと類を同じうするだろう。
方則について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
容易ならぬ変化へんげいているに違いないと思っている証拠になった。
美くしきをなごぬすまむ変化へんげものよとばかりにさうぞきにけり
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
これから先どう変化へんげるか分りゃしませんよ
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
変化へんげ乏しき青天あをぞらをすべりゆくなる白雲よ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
「世に変化へんげたぐいあることわりなし」
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)