うめ)” の例文
戸をひしめかして、男は打ちたおれぬ。あけに染みたるわが手を見つつ、重傷いたでうめく声を聞ける白糸は、戸口に立ちすくみて、わなわなとふるいぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さけぶまでに、意識がはっきりすると、全身の痛みも、熱をおびて、彼を、うめかせた。大きく、何度もうなった。唸ると、楽である。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法水は、それを聴くと同時に、一目散に奈落へ駆けつけたが、扉際でチラリと為十郎の姿を見たかと思うと、内部なかからうめきの声が洩れてきた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのうめき声のとおり、彼の人の骸は、まるでだだをこねる赤子のように、足もあががに、身あがきをば、くり返して居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ボートルレがはっと跳ね上って近よろうとすると、一声のうめき声が起った。一人の男が立ち上って少年の腕を握った。
主翁はその音を聞きながら苦笑をうかべて、何か口のうちでぶつぶつ云った。そのうめきが女房の耳におかしく聞えた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
書きかけの英作文にも取り留めのない疑ひのみ頻りに起つて容易に書き續けられなかつたので、懷手ふところでをしてぼんやり、風にうめいてゐる障子を見てゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
其勇ましいうめきの声が、真上の空をつんざいて、落ちて四周あたりの山を動し、反ツて数知れぬ人のこうべれさせて、響のなみ澎湃はうはいと、東に溢れ西に漲り、いらかを圧し
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし同じ源から出たエネルギーはせち辛い東京市民に駆使される時に苦しいうめき声を出し、いらだたしい火花を出しながら駆使者の頭上に黒いのろいを投げている。
電車と風呂 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
洞穴の奥で何やらうめくような声がする※ 二人は驚いて、互に顔を見合せていたが、東助は声を潜めて
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そっと手をのばして障子を少し明けて見ると、家の内の電燈は一ツもついていないらしく、一際ひときわはっきり聞えるうめき声は勝手に近い方から起るものらしく思われた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
若干の執拗しつような楽句は、螺錐ねじきりのように頭脳へはいり込んで、鼓膜を貫き、彼に苦悩のうめきをたてさせた。
味方の一人のうめき声が天童の後方に聞えていた。熊笹の中で——すぐ、後方で聞えていた。天童が、その方へ振向くと、八郎太の脚が、すぐ眼の前のところにあった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ロミオ おれかくれぬ。むね惱悶なやみうめきのいききりのやうに立籠たちこめて追手おってふさいだららぬこと。
「あら、痛や。又しても十字架くるすに打たれたわ。」とうめく声が、次第に家のむねにのぼつて消えた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
肉が飛び血が流れ、うめき苦しんでい廻る上に火がメラメラと燃え上りました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
縮毛の大男と、若い水夫とが、野獣のようなうめきを立てて、たちまち、肉弾にくだんあいすさまじい格闘をはじめた。よくの深い水夫たちは、二人の勝敗如何いかにと、血眼ちまなこになってこの格闘を見守っている。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
うめくようなせつなさで、締め殺されるような声であった。高まった時はすぐ枕もとで聞こえるようだったが、低まった時は隣室からでも聞こえるように遠のいた。尾田はそろそろ首をもち上げてみた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
堪え忍んだ肝癪かんしゃくを破裂させた、顔を蒼くしてうめくようにいった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
悲し気にかつは苦し気に、はたうめき気味で詫びるのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
其の男は誰にともなく四辺あたりに聞えるようにうめいてゐる。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
あなゆるせやとうめき伏し
哀音 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
闇の中で誰かがうめいた。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うめく声。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
折々ふと、奥から洩れてくる声は、忠右衛門のいきどおろしいうめきに似た声か、さもなくば、かれの妻か、お縫かの、すすり泣く声だけだった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
猛獣犠牲いけにえて直ぐには殺さず暫時しばらくこれをもてあそびて、早あきたりけむ得三は、下枝をはたと蹴返せば、あっ仰様のけざまたおれつつ呼吸いきも絶ゆげにうめきいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その苦しみを少しでも軽くする唯一の方法として大きなうめき声を出しつづけた。二、三日前靴を修繕にやったので古いゴツゴツの靴をはいていたがそれが邪魔で堪らない。
病中記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
(此時ロミオうめく。)なん其樣そのやうなげかッしゃるのぢゃ、なん其樣そのやう大業おほげふに?
腹を壓へてうめきながら我慢してゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
うめきをもらして、信長はもういちど、松千代のすがたを見直しているのだった。半兵衛重治と信長との対照は、あたかも火と水のようである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時々陰に籠って、しっこしの無い、咳の声の聞えるのが、墓の中から、まだ生きているとうめくよう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぐわッと五臓を吐くようなうめきと共にぶっ仆れ、死ぬまでには至らなかったが、けたたましい吠え声をたてて、まったく尻ッ尾を垂れてしまった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたへに一ぽんえのきゆ、年經としふ大樹たいじゆ鬱蒼うつさう繁茂しげりて、ひるふくろふたすけてからすねぐらさず、夜陰やいんひとしづまりて一陣いちぢんかぜえだはらへば、愁然しうぜんたるこゑありておうおうとうめくがごとし。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
バリバリッと、青竹でも踏み折るような響きと共に、ううむ——と野獣でもうめいたような声がどこやらでした。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したんで、背中合せなかあはせにたふれたまゝ、うめこゑさへかすかところなに人間にんげんなりとて容赦ようしやすべき。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と、牢番に命じて、華陀のいる獄のをひらかせ、中へ躍りこんだと思うと、一声、うめき声が外まで聞えた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うむとうめくに力を得て
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夢中の市十郎は、傷負ておいの手をもぎ放した。ウームといううめきが足もとでもれた。彼には何の識別もない。泳ぐように部屋へ入り、また次の間へ伝って行った。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「左様か。……したが、あの小屋のなかにうめいておる遊徒のなかに、日ごろお親しい者はおりますまいな」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうち、ふと横手廊下づきの一部屋鉄窓造りの座敷牢らしい所から物音がしたので、フイと、のぞいて見ると薄暗い中に一人の武士がいましめられてうめいている。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
光秀の奸智かんちののしったのであろう。そううめきざま、山門の壁に身をぶつけると、そのまま倒れて息絶えた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みな、一偈いちげを唱えた。もう焔はらんをこえて、快川のすそを焦がしていた。稚子ちご老幼の阿鼻叫喚あびきょうかんはいうまでもない。いまを叫んだ僧もうめいてのたうちまわっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、それよりも酸鼻さんびなのは、彼の刀にあたって、処々しょしょうめいたり、這ったりしている傷負ておいや死人だ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さも残念そうに、独りうめきながら、彼は馬を捨てて渓流のそばへ寄った。そして身をかがめて水を飲もうとすると、四方からまたときの声と金鼓がこだまして鳴りひびく。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先頃からご容態を拝察するに、朝暮ちょうぼのお食慾もなく、日々お顔のいろも冴えず、わけてご睡眠中のおうめきを聞くと、よほどなご苦痛にあらずやと恐察いたしておりまする。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うめくと、横にいる室殿の横顔を見て、彼女とお菊とを、等分に見較べるようなまなざしをした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼のあいまいなうめきは、舟底で聞いているであろう俊基の意志を待つまでのつなぎだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
耳をふさぎたいようなうめきとともにがつんと爼板まないたの上で庖丁が魚骨でも斬るような音がした。——同時に一個の影は、血ぐさい蚊うなりの闇を、ふらふらと、そとへ歩きだしている。
父がそううめいているのを見て、お珠は、自分の身の置き場のないような気がした。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……ううむ。そうか」と、さすが彼もそのあとではうめくような嘆声をもらして
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)