ほっ)” の例文
抱いて通ったのか、もつれて飛んだのか、まるでうつつで、ぐたりと肩にっかかったまま、そうでしょう……引息をほっと深く、木戸口で
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初めてほっとして、嬢は深い深い溜息をいた。一昨日伯爵夫人を追跡したことから、むを得ず警察局員に手錠をかけてもらったこと。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
さすがに甚太郎もほっとした。身を屈め手を延ばし二つの死骸へ触って見た。一人は咽喉を貫かれ、一人は胸板を突き通されている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
混みあう階段や混濁したホームをくぐり抜けて、彼を乗せた電車が青々とした野づらに、出ると、窓から吹込んでくる風もほっさわやかになる。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
「どなた!」と、まだ聞いたことのない卵のように円いなまめかしい声で呼ばれると、慌てて門へけ出しながら、ほっいきつくのであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「逃げたのか、取られたのか、いなくなってしまった」と、見えなくなった顛末てんまつを語ってほっ嘆息ためいきいた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
文三はほっと一息、寸善尺魔せきまの世の習い、またもや御意の変らぬ内にと、挨拶あいさつ匆々そこそこに起ッて坐敷を立出で二三歩すると、うしろかたでお政がさも聞えよがしの独語ひとりごと
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もう五時頃であろうか、様々な人達の物凄ものすごい寝息と、蚊にせめられて、夜中私は眠れなかった。私はそっと上甲板に出ると、ほっと息をついた。美しい夜あけである。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
花弁はなびらが一輪ヒラ/\/\と舞込みましたのをお嬢さんが、斯う持った……圓朝わたくし此様こんな手附をすると、宿無やどなししらみでも取るようで可笑おかしいが、お嬢さんはほっと溜息をつき
やがてほっという息をいてみると、蘇生よみがえった様にからだが楽になって、女も何時いつしか、もう其処そこには居なかった、洋燈ランプ矢張やはりもとの如くいていて、本が枕許まくらもとにあるばかりだ。
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
大津は梅子の顔を横目で見て、「またその内」とばかり、すたこらと門を出てほっと息をいた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ほっと安心して、彼はさきほど出逢ったお化けのことを相手に話しだす。すると、相手は「これはこんな風なお化けだろう」という。見ると、相手はさっきのお化けとそっくりなのだ。
髪の色こそ似ているが、たしかに人違いだ、我父では無い。市郎はほっとした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一あめ、さっと聞くおもい、なりも、ふりも、うっちゃった容子のうちに、争われぬ手練てだれが見えて、こっちは、ほっと息をいた。……
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
カ氏との用事も思いのほか早く済んでしまったので、何ということなしに私はほっとした気持を感じて少年のおもてに目を移した。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それから母親は近所で氷のかたまりをけてもらって来た。氷があったので彼はほっと救われたような気がした。氷は硝子ガラスの器から妻の唇を潤おした。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
さいわいに赤児は、やぎ乳をいた。みんなはほっと一ト安堵をした。生れてからずッと腹をコワしていた赤児は、やっとすこしばかり腹の方がなおりかかった。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
戸外を歩いているとほっとする。どの往来も打水がしてある。今日は逢初の縁日だと、とある八百屋の店先きで人が話しあっている。バナナがうまそうだし、西瓜も出ている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そのお勢の後姿を見送ッて文三はほっ溜息ためいきいて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と言って彼はほっ嘆息ためいき
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お誓は榎の根に、今度はほっとして憩った、それとさしむかいに、小県は、より低い処に腰を置いて、片足を前に、くつろぐさまして
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて、先生は彼から二三番前の者にあてると、瞬間ほっとしたような顔つきになる。先生は彼の気持は知っているのだ。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
当分家へ来ることは遠慮してもらわなければならぬと咄嗟とっさに決心していた胸のつかえが跡形もなく消え失せて、私は電話口を抑えてほっと深い溜息をらした。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほっとする人生を得たいために、時には厭なこともやりかねない。このままな無頓着ではいられない。私にだって、そんな馬鹿馬鹿しい程の時がめぐって来るのだろうか……。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「わたくしも先刻から二階にどうも足音がしているような気がして、冴えて、ねむれないんですよ、そしたらあなたがまだ起きていらっしゃるんですもの、それでやっとほっとしたのですが……」
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と少しことばが和らいで来たので、主税はほっ呼吸いきいて、はじめて持扱った三世相を懐中ふところへ始末をすると、壱岐殿坂いきどのざか下口おりぐちで、急な不意打。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ハイ」と秘書は困ったようにモジモジしていたが、それっきりまた私が頬杖を突いているのを見るとほっとしたように、書類を抱えて出て行ってしまったのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
淋しそうな女だが、とにかくああして帰って行く場所はあるのかと、何となしに彼はほっとした。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
あそこまで見せなければならないこともないのに、フイに人目に立たないほどの厭気いやけで、唾を吐いた。が、すぐにその顔は毒のない、よく芸人にみるうすばかめいた微笑にかえられたのでほっとした。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
(同妻。)の手巾ハンケチの端を、湯呑に落して素湯さゆいだ、が、なにも言わず、かぶりと飲むと、茶碗酒が得意の意気や、ほっと小さな息をした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
久しぶりで重荷を下ろしたようにハシャイでいるカ氏の様子を見ると私も他人事ひとごとならずほっとした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
座蒲団ざぶとんも拾った。縁側の畳をはねくり返してみると、持逃げ用の雑嚢ざつのうが出て来た。私はほっとしてそのカバンを肩にかけた。隣の製薬会社の倉庫から赤い小さなほのおの姿が見えだした。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
紅も散らない唇から、すぐに、ほっと息が出ようと、誰も皆思ったのが、一呼吸ひといきの間もなしにバッタリと胴の間へ、島田を崩して倒れたんです。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
増×寺様でも快くお引受け下さいまして、ねんごろ回向えこうをしておくから、もう何にも心配せずに安心してお帰りと仰せて下さいましたので、はじめて私どももほっといたしました。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
結局、順一の肝煎きもいりで、田舎へ一軒、家を借りることが出来た。が、荷を運ぶ馬車はすぐにはやとえなかった。田舎へ家が見つかったとなると、清二はほっとして、荷造に忙殺されていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
するする攀上よじのぼって、長船のキラリとするのを死骸から抜取ると、垂々たらたら血雫ちしずくを逆手にり、山のに腰を掛けたが、はじめてほっと一息つく。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでもやっと助かったなと人事ならず私もほっとしたが、ちょうどその時であった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
栄橋を渡ってしまうと、とにかくほっとして足どりも少しゆるくなる。鉄道の踏切を越え、饒津にぎつの堤に出ると、正三は背負っていた姪を叢に下ろす。川の水は仄白ほのじろく、杉の大木は黒い影を路に投げている。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
杖をこみち突立つきたて/\、辿々たどたどしく下闇したやみうごめいてりて、城のかたへ去るかと思へば、のろく後退あとじさりをしながら、茶店ちゃみせに向つて、ほっと、立直たちなおつて一息ひといきく。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と、やがて戻って来ると、用が済んでほっとしたといわんばかりの面持おももちで膝掛けを引き寄せながら途端に彼女と眼が合った。にっこりとえくぼを刻んで、人をそらさぬ調子で話しかけてくる。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
杖をこみちに突立て突立て、辿々たどたどしく下闇したやみうごめいて下りて、城のかたへ去るかと思えば、のろく後退あとじさりをしながら、茶店に向って、ほっと、立直って一息く。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
後はもういかなる運命が襲いかかって来ようともいとわないのであったから、そう怯々びくびくすることもないのであったが、それでも昨夜の記事が出ていないということはさすがに私の心をほっとさせた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほっと一息つく間もない、吹煽ふきあおらるる北海の荒浪が、どーん、どーんと、ただ一処ひとところのごとく打上げる。……歌麿の絵のあまでも、かくのごとくんばおぼれます。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酔ってる処へ激しく動いたので、がっくり膝が抜けて崩折くずおれようとして、わずかにこらへ、掻挘かいむしるように壁に手をすがって、顔を隠してほっという息をいた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「大変でございますこと、」とお杉が思わず、さもいたわるように言ったのを聞くと、ほっとする呼吸いきをついて
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「神月梓というんだよ。」といいながら手を向うへ押遣おしやったが、ほっと息をいて俯向うつむいた。学士はここで名乗った名がいたくもけがれたように感じたのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほっと吹く酒の香を、横ざまらしたのは、目前めさき歴々ありありとするお京の向合むきあった面影に、心遣いをしたのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
透通るように色の白い、鼻筋の通った顔を、がっくりと肩につけて、ほっと今呼吸いきをしたのはお蔦である。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銑吉は御堂の格子を入って、床の右横の破欄間やれらんまにかかった、絵馬をて、ほっと息をきつつ微笑ほほえんだ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっともここに来る道で谷中やなかから朝顔の鉢を配る荷車二三台に行逢ったばかりであるから、そのまま日傘を地の上へ投げるように置いて、お夏はほっといきをついた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)