前刻さっき)” の例文
ですから何日いつかの何時頃、此処ここで見たから、もう一度見たいといっても、そうはかぬ。川のながれは同じでも、今のは前刻さっきの水ではない。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いたたまれないで、逃げだしたかも判らないよ、前刻さっき居室いまで新聞かなんか読んでたが、いないのだよ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ト日があたってあたたたかそうな、あかる腰障子こししょうじの内に、前刻さっきから静かに水を掻廻かきまわ気勢けはいがして居たが、ばったりといって、下駄げたの音。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「隣のへやで、主人の云いつけで、帳面をあわしておりましたので、前刻さっきからのお話を伺いましたが、それについて、ちょっと私から申しあげたいことがございまして」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
前刻さっきも前刻、絵馬の中に、白い女の裸身はだかみを仰向けにくくりつけ、膨れた腹を裂いています、安達あだちヶ原の孤家ひとつやの、ものすごいのを見ますとね。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきの女のことだが、ほんとに知らないかい」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
清葉は前刻さっきから見詰めた扇子おうぎで、お孝の魂が二階から抜けて落ちたように、気を取られて、驚いて、抱取る思いがしたのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきから響いていた、鉄棒かなぼうの音が、ふッとむと、さっさっと沈めたわらじの響き。……夜廻りの威勢の可いのが、肩を並べてずっと寄った。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
断めのつくように、断めさして下さいッて、お願い申した、あの、お返事を、の目も寝ないで待ッてますと、前刻さっき下すったのが、あれ……ね。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はまた、なぜだか、前刻さっきいった——八田——紺屋の干場の近くにうちのあった、その男のような気がしたよ。小学校以来。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明神の森が右の峰、左に、卵塔場を谷に見て、よく一人で、と思うばかり、前刻さっきたたずんだ、田沢氏の墓はその谷の草がくれ。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっき、多津吉のつれの女が、外套がいとうを抱えたまま振返って、上を仰いだ処は、大造りな手水鉢ちょうずばちを境にして、なお一つひらけた原の方なのである。——
前刻さっき友だちと浜へ出て見た、そういえば、沖合一里ばかりの処に、黒い波に泡沫あぶくを立てて、さめが腹を赤く出していた、小さな汽船がそれなんです。)
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はあ、いえ、それでございますがな。まあ、御新造ごしんさん、お掛けなすって。旦那もどうぞ。いらっしゃいましたよ、つい今しがた、前刻さっき旦那かたが。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの、前刻さっきも申しましたように、不器用も通越した、調子はずれ、その上覚えが悪うござんして、長唄の宵や待ちの三味線さみせんのテンもツンも分りません。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
耳のはたで叫んで、——前刻さっきから橋の際に腰を板に附いてしゃがんでいた、土方体の大男の、電車も橋も掻退かきのけるがごとく、両手を振って駆出したのがある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきおれが聞いた時も、いひやうもあらうものを、敵情なんざ聞かうとも、見やうとも思はなかつたは、実に驚く。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
通されたのが小座敷こざしきで、前刻さっき言ったその四畳半。廊下を横へ通口かよいぐちがちょっと隠れて、気の着かぬ処に一室ひとまある……
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきも山下のお寺の観世音の前で……お誓さん——女持の薄紫の扇を視ました。ああ、ここへお参りして拝んだ姿は、どんなに美しかろうと思いましたが。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
直ぐにきましたから、しきり前刻さっきの、あの、えへん!えへん!せきばらいをしながら——ひどくなっておりますな——芝生を伝わって、おびただしい白粉おしろいの花の中を、これへ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「大事おへん、前刻さっき落ちたら、それなり、地獄え。上が清水様どすよって、今度は転んだかて成仏どす。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
近い処が、お前さんが前刻さっきお話の、その黒百合というものだ、つい石滝とかの山を奥へ入るとあるッていうのに、そら、昔から人が足蹈あしぶみをしない処で、魔処だ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なお驚いたのは、前刻さっきの爺さんが同じ処で、まだじっ南天燭なんてんの枝ぶりを見ていた事です。——一度宿へ帰って出直そうとそこまで引返したのですが、考えました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あなた、私ね、前刻さっき通りがかりに、一度拝んだんですよ。御利益はちっともない。ほほほ、誰がこの下で法界屋を唄わせたり、ねさせたりするものがありますか。
「ほんに、谷底のようでもやが深うおすな、前刻さっき階子段はしごだん思出したら、目がくらくらとするようえ。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藁すべで、前刻さっきのような人形を九つ、お前さん、——そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっとくるめた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寄せたその片褄かたづまが、ずるりと前下りに、前刻さっきのままで、小袖幕のほころびから一重桜が——芝居の花道の路之助のは、ただこれよりも緋が燃えた——誘う風にこぼるる風情。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっき蓮根市はすいちの影法師が、旅装で、白皙はくせきの紳士になり、且つ指環ゆびわを、かまどの火に彩られてあらわれた。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
欠茶碗にもりつけた麦こがしを、しきりに前刻さっきから、たばせた。が、さじ附木つけぎもえさしである。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とそこで一つ腰をかがめて、立直った束髪は、前刻さっきから風説うわさのあった、河野の母親と云う女性にょしょう
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……御堂の外格子——あの、前刻さっききざはしから差覗さしのぞいた処はただ、黒髪の暗いすだれだったんですがな。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっき見たの毛の雲じゃ、一雨来ようと思うた癖に、こりゃ心ない、荷が濡れよう、と爺どのは駆けて戻って、がッたり車を曳出ひきだしながら、村はずれの小店からまず声をかけて
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、恐縮。ですが今日のは、こりゃ逆上のぼせますんですよ。前刻さっき朝湯に参りました。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みちを廻るのも億劫おっくうでならぬので、はじめて、ふらふらと前へ出て、元の本堂前の廻廊を廻って、欄干について、前刻さっき来がけとはいきおいが、からりとかわって、中折なかおれつばも深く、おもてを伏せて
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっき、奥様がお座敷にいらっしゃらない処へ入って、私、よっぽどったんです。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきから幾度いくたびか、舌をんで、舌を噛んで死のうと思っても、三日、五日、一目も寝ぬせいか、一枚も欠けない歯が皆ゆるんで、噛切かみきるやくに立ちません。舌も縮んでくちびるを、唇を噛むばかり。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まさ前刻さっきの仔に違いない。…様子が、土からわずか二尺ばかり。これより上へは立てないので、ここまで連れて来た女親おふくろが、わりのう預けて行ったものらしい……あえて預けて行ったと言いたい。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきから——辻町は、演芸、映画、そんなものの楽屋に縁がある——ほんの少々だけれども、これは筋にして稼げると、ひそかに悪心のきざしたのが、この時、色も、よくも何にもない、しみじみと
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきからの様子を饒舌しゃべって、ついでにうたがいを解こうとしたが、不可いけません。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そいつが、今です、前刻さっきですよ。そこから覗いて、「来たよ、花嫁。」……
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
残念ながら分らなかったというならまだもじょすべきであるに、先に将校にしらべられた時も、前刻さっきおれが聞いた時も、いいようもあろうものを、敵情なんざ聞こうとも、見ようとも思わなかったは
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学海施一雪紅楼夢——や不可いけねえ。あのひげが白い頸脚えりあしへ触るようだ。女教員渚の方は閑話休題として、前刻さっき入って行った氷月の小座敷に天狗てんぐの面でもかかっていやしないか、悪くひねって払子ほっすなぞが。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつとなく、仏の御名みなを唱えるのにも遠ざかって、前刻さっきも、お前ね。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
電車の口からさっと打った網のすそが一度、混雑の波に消えて、やがて、むきのかわった仲見世へ、手元を細くすらすらと手繰寄せられたていに、前刻さっきの女が、肩を落して、雪かと思う襟脚細く、紺蛇目傘こんじゃのめ
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯向うつむいてたたずんでまた御神燈をのぞいた。が、前刻さっきの雨が降込んで閉めたのか、かまちの障子は引いてある。……そこに切張きりばりの紙に目隠しされて、あの女が染次か、と思う、胸がドキドキして、また行過ぎる。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて、こうたわいもない事を言っているうちに——前刻さっき言った——仔どもが育って、ひとりだち、ひとり遊びが出来るようになると、胸毛の白いのばかりを残して、親雀は何処どこへ飛ぶのかいなくなる。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきから多時しばらくそうやっていたと見えて、ただしくしく泣く。おくれ毛が揺れるばかり。慰めていそうな貴婦人も、差俯向さしうつむいて、無言の処で、仔細しさいは知れず……花室はなむろが夜風に冷えて、咲凋さきしおれたという風情。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お品が片手にはしっかりと前刻さっきの手紙を握って居る。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ……前刻さっきの、あの、小さなは?」
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ……前刻さっきの、あの、小さなは?」
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)