云々しか/″\)” の例文
市長は三鞭酒シヤンパニエの盃を擧げて別を告げ、ポツジヨはめぐる車の云々しか/″\といふ旅の曲と、自由なる自然に遊ぶ云々といふ鳥の歌とを唱ひぬ。
此方から短銃ぴすとると言た時に直様すぐさまはい其短銃ぴすとる云々しか/″\と答えたのが益々彼れの手管てくだですわ、つまり彼れは丁度計略の裏をかいて居るのです
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
爲し樣子を承まはり候へば云々しか/″\なりと申に付千太郎の一時みせより持出もちいだせし五十兩を私し引負金ひきおひきんなして永のいとまになりし節千太郎へ呉々くれ/″\異見を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「伏姫は此形勢ありさまを。つく/″\と見給ひて。此犬誠に得度とくどせり。うらめるものゝ後身さいらいなりとも。既に仏果を得たらんには。」云々しか/″\
やがて二人はしきりに歌ひ出しぬ。云々しか/″\してヤーモ、ヤーモ、ヤーモーヤーモー、ヤーモ、ヤーモ何の事か一切す可からず。
時は文政十年七月末で、壽阿彌はをひの家の板の間から落ちた。そして兩腕をいためた。「骨は不碎候くだけずさふらへ共、兩腕共強く痛め候故」云々しか/″\と云つてある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
江河こうが潔清けつせいなれば女に佳麗かれい多しと謝肇淛しやてうせつがいひしもことはりなりとおもひつゝ旅宿りよしゆくかへり、云々しか/″\の事にて美人びじんたりと岩居がんきよに語りければ、岩居いふやう、かれは人の知る美女なり
みやは、報徳神社はうとくじんじやといふ、二宮尊徳にのみやそんとくをうまつれるもの、石段いしだん南北なんぼくかしこくも、宮樣みやさま御手植おんてうゑつゐさかき四邊あたりちりとゞめず、たかきあたりしづかとりこゑきかはす。やしろまうでて云々しか/″\
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其内そのうち金港堂きんこうどう云々しか/″\の計画が有るとふ事が耳につた、其前そのぜんから達筆たつぴつ山田やまだが思ふやうに原稿げんかう寄来よこさんとあやしむべき事実が有つたので、捨置すておがたしと石橋いしばしわたしとで山田やまだあひきました
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
防がんやうなく只濡ひたぬれなるに脊はまた汗なり一里に足らぬ峠なれど急上きふのぼりの急下きふくだりなれば大辟易の形となりぬやがて峠へ上りつきて餅屋にて云々しか/″\なりの者は通らずやと聞けば先におくだりになりましたと云ふさては梅花道人も谷へは落ちざりしかと安心しくだりとならば嶮しとて一跳ひとはねにせんものと雨を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
明日召連めしつれべく旨忠兵衞并に差添さしぞへの町役人へ申渡され白洲しらすは引けければ忠兵衞は心も空に立戻り云々しか/″\なりと長庵が言掛いひかけし事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
所謂「一昨年」は禁令の出た己酉の歳で、「風土の違」は令中「風土も違候事に付、御医師中は蘭方相用候儀御制禁仰出され候」云々しか/″\の句である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
又た義実よしざねが自白のことばに「かくてかの玉梓たまづさが。うらみはこゝにあきたらず。八房の犬となりかはりて。伏姫をて。深山辺みやまべに。隠れて親に物を思はせ。」云々しか/″\
江河こうが潔清けつせいなれば女に佳麗かれい多しと謝肇淛しやてうせつがいひしもことはりなりとおもひつゝ旅宿りよしゆくかへり、云々しか/″\の事にて美人びじんたりと岩居がんきよに語りければ、岩居いふやう、かれは人の知る美女なり
あの利根川圖志とねがはづしなかに、……えゝと——安政二年あんせいにねん乙卯きのとう十月じふぐわつ江戸えどには地震ぢしんさわぎありてこゝろしづかならず、訪來とひくひとまれなれば、なか/\にいとまある心地こゝちして云々しか/″\と……本所ほんじよくづれたるいへうしろ
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ころして我も死ぬ覺悟かくごなりとよばはらせ其處へ我々駈込かけこみ種々しゆ/″\詮議せんぎして菊が口より云々しか/″\いはせんは如何にやと申ければ三人是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
平気にて「ハアヽ余所よそには嫁入が有さうな云々しか/″\」と言ひしときにお夏が「又ねすり言ばつかり、おんなじ口で可愛やと云ふ事がならぬか、意地のわるい」
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
これを此書の「壬申以来文部へ出仕」云々しか/″\の一節に較ぶれば、広略日を同じうして語るべからざるものがある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
有一日あるひ伏姫は。すゞりに水をそゝがんとて。いで石湧しみづむすび給ふに。横走よこばしりせし止水たまりみづに。うつるわが影を見給へば。そのかたちは人にして。かうべは正しく犬なりけり。」云々しか/″\
其中に「河内屋半兵衞、元和中より麪粉類めんふんるゐ御用相勤」云々しか/″\の文があつた。河内屋は粉商であつた。島は粉屋の娘であつた。わたくしの新に得た知識はたゞにそれのみではない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
大臣の信用は屋上のとりの如くなりしが、今は稍〻やゝこれを得たるかと思はるゝに、相沢がこの頃の言葉の端に、本国に帰りて後も倶にかくてあらば云々しか/″\といひしは、大臣のかくのたまひしを
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかれどもこの癖漢へきかん冷々れい/\たる苦笑くせうおこすのみなることしめし、實際家じつさいかいやしむのねんをあらはし、「でなくば生命いのちてんのみ。運命うんめい服從ふくじゆうし、百事ひやくじ放擲はうてきし」、云々しか/″\はつせしむるにいたる。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
「はうさう後虫が出」云々しか/″\と云つてある。次に里恵は書を広江氏に寄せた時、醇を児玉氏へ「せつかく此節遣候(はむ)と存候」と云つてゐる。是が夫の死してより第九十二日である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
次に「清右衞門樣まづはどうやらかうやら江戸に御辛抱の御樣子故御案じ被成間敷候なさるまじくそろ云々しか/″\と云ふ一節がある。此清右衞門と云ふ人の事蹟は、棠園さんの手許でもなほ不明のかどがあるさうである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)