のろ)” の例文
「あたいね、おじさまみたいなお年よりきらいになっちゃった、幾らいってもテンポがのろくて、じれじれして噛みつきたいくらいだわ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
仕事はのろいが、挽賃ひきちんが安いので、その邊の山に住む人達は、何哩もの遠くから、石でゴツ/\した道も厭はず、彼のもとへ穀物を運んで來た。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
この貧しげな在所から入って来ると、着いた当時はのろくさくて為方しかたのなかった寂しい町のさまが、可也にぎやかで、豊かなもののように見えて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼の自白は最初から最後まで同じ調子で貫いていました。重くてのろい代りに、とても容易な事では動かせないという感じを私に与えたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや/\。待遠しくて堪まらなかつたんだよ。馬鹿にのろいんだもの。——ピストルの合図は実にうれしかつた。」
ビルヂングと月 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
婆サンハ足ガのろイノデ運搬車ニ追イ付コウトハア/\云ッテイル。斯様ノ場合ヲ考エテ予ハ和服デ来タ。婆サンガ手伝ッテ衣類ヲ脱ガセ素ッ裸ニスル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
男はのろいもので、この瞬間女を飛切り美しいものに見るばかりでなく、自分をも非常な勇者のやうに思違おもひちがへをする。鈍間のろまなる男よ、なんぢはいつも女の前に勇者である。
翼ののろい、大きな蝙蝠こうもりのように地摺じずりに飛んで所を定めぬ、煎豆屋いりまめやの荷に、糸のような火花が走って
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
踊る事の出来ない国から来た僕等はのろい動物が人間を観る様に二階から黙つて珈琲キヤフエエんで見おろして居た。入場者は男より女の方が多い。女同志で幾組も踊つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
長方形の箱の左右に附いている、四つの車は、のろく、月光の波を分け、キリキリという音を立てて、廻っていた。と、車は急に止まり、老人の眼が、頼母へ据えられた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
歩みののろい、そして長い行列がいま、西洞院にしのとういんあや小路こうじの職屋敷の門からえんえんと出て行った。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾らか頂戴したら早く引きますと云わぬばかりに故意わざのろく引出し、天神の中坂下なかざかしたを突当って、妻恋坂つまごいざかを曲って万世橋よろずばしから美土代町へ掛る道へ先廻りをして、藤川庄三郎は
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一つは身も心も疲れていたせいもあるが、一つは早く帰って真実に直面するのが恐しく、自然歩みがのろくなったのだ。そして、何かしゃべらなくては淋しくてたまらなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かみさんはいかにも気のいい感じで、それにやることはのろかったが穢い感じがしなかったから、通い先では調法がられているようであった。かみさんは天理教の信徒であった。
日日の麺麭 (新字新仮名) / 小山清(著)
ただ見るものは、飴色の空に折々悪夢のような形の定まらぬ雲が出たり、消えたり、のろく鈍く動いているばかり。而してこの黒い鳥が、やはり厭な斯様声で啼きつづけているだろう。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
土曜日の晩にフリイベルグさんがどうも仕事がのろいから四五日暇を出すと仰言いました。ヘエ、それで晩飯を食つてから餓鬼をつれエグナアさんの家へ行き麥酒を一杯引掛け勘定を拂ひました。
無法な火葬 (旧字旧仮名) / 小泉八雲(著)
そこらあたりに特有な雰囲気ふんいき——大空の大気とはちっとも似てない、枯木や、灰色の壁や、ひっそりした沼などから立ちのぼる雰囲気——どんよりした、のろい、ほとんど眼に見えない、鉛色の
卯平うへいあわててふたゝ茶碗ちやわんおとした。かれ突然いきなり與吉よきちかたはら退けた。かれはさうして無意識むいしきつた落葉おちばさうとして、自由じいううしなうたのろ運動うんどうすになん功果こうくわもなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうして、遠くへ行くのろい三等の夜汽車のなかの光景を思い浮かべた。それは老人や母親にとって全く一種の拷問である。しかし彼らには貧乏であるという事のほかになんにも白状すべきことがない。
停車場で感じたこと (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しやうつてまつたのろくさくて莫迦氣ばかげてるやうにおもはれました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「半七、どうだ。貴様にしてはちっと足がのろいな」
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
のろくさいが消えるときにはすぐ消えてしまふ奴だと、造平は何處かに性根があるやうにも思へるかれを、充分に見とどけることが出來なかつた。
めたん子伝 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
丸い顔と丸い五分刈ごぶがりの頭をもった彼は、支那人のようにでくでくふとっていた。話しぶりも支那人が慣れない日本語をあやつる時のように、のろかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
池のちかくまで来ると、冬子の脚どりは次第にのろくなつて、稍ともすると立どまつて溜息をくかのやうであつた。
女に臆病な男 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
お作はただの一度も、自分の料簡りょうけんで買物をしたことがない。新吉は三度三度のおかずまでほとんど自分で見繕みつくろった。お作はただのろい機械のように引き廻されていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
砂埃すなぼこりの立つ白いみちを、二人はのろくるまに乗って帰って来たが、父親がすすめてくれた濁酒に酔って、俥の上でごくりごくりと眠っている小野田の坊主頸ぼうずえりをした大きい頭脳あたま
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もっとも兄さんのような聡明そうめいな人に、一種の思わくから黙って見せるという技巧ぎこうろうしたら、すぐ観破かんぱされるにきまっていますから、私ののろいのも時には一得いっとくになったのでしょう。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ故その音響の大は私如きの想像にあまつたが、窓下の薄のろい流れに軋りをたてゝ今にも止まりさうに廻つてゐる水車の影が、情けない痴夢に酔どれた私にはガスコンのバラルダとも見紛はれた。
バラルダ物語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
けわしい海岸の断崖だんがいをがたがた走る軽便鉄道や、出水でみずの跡の心淋うらさびしい水田、松原などを通る電車汽車ののろいのにじれじれしながら、手繰たぐりつけるように家へ着いたのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
新しい旅にのぼるのが常ですが、一年と立ち二年と過ぎ、もう卒業も間近になると、急に自分の足の運びののろいのに気が付いて、過半はそこで失望するのが当り前になっていますから
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの禿はげあがったような貧相らしいえりから、いつも耳までかかっている尨犬むくいぬのような髪毛かみのけや赤い目、のろくさい口の利方ききかたや、卑しげな奴隷根性などが、一緒に育って来た男であるだけに
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
希臘ギリシャの昔ゼノが足のきアキリスと歩みののろい亀との間に成立する競争にことばを託して、いかなるアキリスもけっして亀に追いつく事はできないと説いたのは取も直さずこの消息である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
君の智慧ちえはるかに僕にまさっている。僕にはとても君を救う事はできない。僕の力は僕よりのろいものになら、あるいは及ぼし得るかも知れない。しかし僕より聡明な君には全く無効である。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新開の暗い街を、のろいて来る腕車くるまの音は、何となく物々しかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼らが公然とひざを突き合わせて、例になく長い時間を、遠慮のまじらない談話にかしたのは、正月なかばの歌留多会かるたかいの折であった。その時敬太郎は千代子から、あなた随分のろいのねと云われた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
汽車はのろかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はそのにおいをぎ嗅ぎのろい足並を我慢して実直にその跡を踏んだ。男は背が高いのでうしろから見ると、ちょっと西洋人のように思われた。それには彼の吹かしている強い葉巻が多少錯覚さっかくを助けた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のろい自分もついにこの風に吹き散らされて、家のなかへ逃げ込んだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)