跣足はだし)” の例文
色の褪せた、野良仕事用のアツパツパに、島民竝の跣足はだしである。口笛は、働きながら、時々自分でも氣が付かずに吹いてゐるらしい。
そしてぼろぼろの裳衣をつけた跣足はだしのままのその幽霊は、老人の見る前で、花床の間を走り回り、あたりに生命の水をまき散らした。
「お銀ちゃん栗栖君を何と思ってるんだい。あれはなかなか偉いんだよ。小説を書かせたって、このごろの駈出かけだしの作家跣足はだしだぜ。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鼠の法衣ころもは裂けて汚れて、片足には草履をはいて片足は跣足はだしであった。千枝太郎はすぐに駈け寄って二人のあいだへ割ってはいった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちょうど、それと前後して、御行おぎょうの松の下を走る二人の者。前に手を引いているのはお絹で、あとのは千隆寺の住職。二人とも跣足はだし
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眼に血をそそぎ、すさまじい形相ぎょうそう壱岐殿坂いきどのざかのほうを見こむと、草履ぞうりをぬいで跣足はだしになり、髪ふりみだして阿修羅あしゅらのように走りだした。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
魂消たまげた気の毒な顔をして、くどくどわびをいいながら、そのまま、跣足はだしで、雨の中を、びたびた、二町ばかりも道案内をしてくれた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして靴下は、跣足はだしで歩いていい設備が、まだ多くの都市に出来ていないものですから、仕方なしに靴をはく、その附属品としてです。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
私が号外売りを追駈おいかけて行って買ったのは、暑い夏の頃で、ヂリヂリ照りつける陽で道の砂が足裏(私達小児こどもはみな大抵たいてい跣足はだしで過した)
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
土間にかがんで手づかみの食事をし、跣足はだしのまま床にあがって寝る、そういう野蛮な生き方に再び落ちこまなければならないのである。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
あいつらが周章あわてて騒いでるうちに家を飛び出しましたよ。跣足はだしですよ。そして最初裁判所だと思って飛び込んだのが海軍省でしてね。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
続いて飛出す八五郎、一気に闇の庭へ、跣足はだしで飛降りましたが、四方は塗りつぶしたような大吹雪で、黒い犬っころ一匹見付かりません。
縮緬呉絽ちりめんごろ赤褌あかゆまきで伊香保の今坂見たように白くのふいた顔で、ポン/\跣足はだしで歩いて居てはいけませんが、洗い上げるとよっぽど好い
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その瞬間であつた。一種の異臭のかすかに浮び出るをさとくも感覚した長次は、身体の痛みも口惜しさも忘れ、跣足はだしのまゝに我家へ一散走り
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
重なるやうな跫音あしおとのみを階段へ残して——私は、間もなく坂道の一方に、彼等の走り去る低い跣足はだしの跫音を耳にするのであつた。
父も腹立たしそうに血相けっそうを変えて立ち上った。そして母をえんから突き落し、自分も跣足はだしのまま飛び降りて母になぐりかかって来た。
大樹の蔭に淡黄色たんくわうしよくの僧堂と鬱金うこん袈裟けさを巻きつけた跣足はだしの僧、この緑と黄との諧調は同行の画家のカンバスに収められた。(十二月八日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『は。』と言つて智惠子は莞爾につこり笑つた。そして、矢張り跣足はだしになり裾を遠慮深く捲つて、眞白な脛の半ばまで冷かな波に沈めた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
なあに、ただあの男の前を何とか云って通ったんだそうです、すると、いきなり、ステッキを持って跣足はだしで飛び出して来たんだそうです。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『外気に遠のいたせいか、毎晩、足の土踏まずがかさかさ乾いて閉口でござる。われ等今は何の慾もないが、跣足はだしで土が踏みとうござる』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供のときから何かといえば跣足はだしになりたがった。冬でも足袋たびをはかず、夏はむろん、洗濯せんたくなどするときはきまっていそいそと下駄をぬいだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
或る朝庭先へ出て、うまやの所で馬勒ばろくを直していると、いきなり彼女が耳門くぐりから駈け込んで来ました。跣足はだしで、下袴一枚の姿です。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
跣足はだしで市街をひきまわされ、最後に聖壇の前に立って死刑を宣告され、刑吏の手によって生きながらき殺されるのであった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
寝過したかな……と思ってソッと起上って、出来るだけ静かに階段を降りて、土間を跣足はだしで台所に来てみると十一時半である。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
喜びのあまり部屋じゅうを跣足はだしのままで飛びまわろうとしたが、ちょうどそこへイワンが入って来たため妨げられてしまった。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
もとどりが千切れてバラバラになった髪を、かき上げもせず額にかけ、庄右衛門を切った血刀を、袖の下へ隠しながら、跣足はだしのままで歩いていた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
竹藪たけやぶがざわざわ鳴っていた。崖に挟まれた赤土路を弟妹きょうだい達が歩いている。跣足はだしになっているのも、靴を穿いているのもいた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、それぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足はだしで号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊のたしにならぬヮ。」
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
その印象はすこぶる薄いもので、その形を明らかに判断するのは困難であったが、それが跣足はだしの跡であるということは私たちにも認められた。
勝も附いて来て、赤い緒の雪踏せったを脱いで上った。僕は先ず跣足はだしで庭のこけの上に飛び降りた。勝も飛び降りた。僕は又縁に上って、尻をまくった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
祭の光景ありさまを見て廻った後、一しきりは三吉も御輿に取付いて、跣足はだし尻端折しりはしょりで、人と同じように「宗助——幸助」と叫びながら押してみたが
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、誰か向ふのあぜを走りながら、叫ぶ者がある。山県はちらと見たが、「あ、僕の家らしい!」と叫んで、そして跣足はだしまゝあわてて飛出した。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
金五郎は、跣足はだしになって、舳に立った。左腕に託していた投網を、二三回、反動をつけ、腰をひねって、さッと、海面に投げた。要領がよい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
釣ほど消化を助くるものは無いですから、苦味丁幾くみちんきに重曹跣足はだしで逃げるです。僕は、常に、風邪さへ引けば釣で直すです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
この表門から中は履物をつけることを禁じてあったので皆跣足はだしで這入った。増上寺の本堂は明治の初に焼けたが、総て朱塗で立派なものであった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
伝二郎は跣足はだしのまま半こわれの寮を飛び出して、田圃のあぜけつまろびつ河内屋の隠居の家まで走り続けて、さてそこで彼は気を失ったのである。
もし熱の程度が高きに過ぐるときは、跣足はだしのままにて渡ることはできぬけれど、火渡りの場合には、その度のあまり高くないことは明らかである。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
なべとはよくをつけたと、おいらァつくづくあいつの、親父おやじ智恵ちえ感心かんしんしてるんだが、それとちがっておせんさんは、弁天様べんてんさま跣足はだしおんなッぷり。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
姉ははりの端にさがっている梯子を昇りかけた。すると吉は跣足はだしのまま庭へ飛び降りて梯子を下からすぶり出した。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ドアをあけて、跣足はだしのまま道路へ出て、左右を見ると、森戸の方へ走って行く倭文子の姿が三十間ばかり彼方の海岸に立っている街灯の下に見えた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
下駄を片足、藁草履わらぞうりを片足、よく跛いてあるく。かつ穿きふるしの茶の運動靴うんどうぐつをやったら、早速穿いて往ったが、十日たゝぬ内に最早もう跣足はだしで来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
見たところ元気のいい子で、顔も背中も渋紙のような色をして、そして当時流行はやっていた卑猥な流行唄はやりうたを歌いながら丸裸の跣足はだしで浜を走り廻っていた。
海水浴 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
元が安物で脆弱ひよわいからであろうけれど、初やなぞに言わせると、何か厭なことがある前徴である。しかたがないから、片足袋ぬいで、半分跣足はだしになる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
知也は跣足はだしであった。ざっと拭いただけであがると、信乃は自分の居間へつれてゆき、納戸をあけて中へいれた。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、跣足はだしのまま植込をぬけて、隣との境になっている孟宗竹の藪に這入ると、そのままごろりと寝ころんだ。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
雨は少し烈しくなって来て、道が泥濘ぬかるんできた。小太郎は、いつの間にか、跣足はだしになっていた。髪が乱れていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
私の大好きな場處は、小川のちやうど中程に白々とかわいて現はれてゐる、なめらかな大きな石の上で、其處へは水の中を跣足はだしわたつて行くより外はなかつた。
黒い着物を着、帽子も被らず、跣足はだしのままだった。それを、鳥打帽に駒下駄の二人の男が、しきりに電柱から引離そうとしていた。一人は眼鏡をかけていた。
群集 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
夏はいつも跣足はだしで歩きまわり、年が年中、髪を結ったことがなく、房々とした金髪は、波を打って肩の上に垂れかかり、頸や腕は、かなりに日に焼けていた。
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かやがばたばた七輪をあおぎながら、眠らすな、眠らすな、と叫ぶ。八重はやみの中を跣足はだしで医者にかけだした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)