贅沢ぜいたく)” の例文
旧字:贅澤
あがはなの座布団に男女連れがかけていた。入って行った石川の方に振り向いた女の容貌や服装が、きわだって垢ぬけて贅沢ぜいたくに見えた。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
家の惣菜そうざいなら不味くても好いが、余所よそへ喰べに行くのは贅沢ぜいたくだから選択えりごのみをするのが当然であるというのが緑雨の食物くいもの哲学であった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「三男坊のひやめしなもんですからね、こんな贅沢ぜいたくな芸当は習わして貰えなかったんです、済みませんが煎茶せんちゃにして下さいませんか」
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金六が懐から出して見せたのはその頃では申分のない贅沢ぜいたくとされた、黒羅紗ラシャの懐ろ煙草入、銀延ぎんのべの細い煙管きせるまで添えてあったのです。
彼も亦相当の資産をようし、諸方の会社の株主となって、その配当けで、充分贅沢ぜいたくな暮しを立てている、謂わば一種の遊民ゆうみんであった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「御父さまはきっと私達わたしたちが要らない贅沢ぜいたくをして、むやみに御金をぱっぱっとつかうようにでも思っていらっしゃるのよ。きっとそうよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すべてを所有してる時に社会を否定するのは、最上の贅沢ぜいたくである。なぜなら、かくして社会に負うところのものを免れるからである。
又、誕生日に百人以上の客をぶのは贅沢ぜいたくだという人もある。私は、そんなに沢山の客を招んだ覚えはない。向うで勝手に来るのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その優しい贅沢ぜいたくの見栄は、貧しさをも一つの品位たらしめているこの穏和な厳格の家の中にあって、一種の子供らしい愛嬌であった。
一方には無駄な贅沢ぜいたく即ち酒道楽や女道楽に浪費する金銭を節し身分不相応の下駄や帽子に外見みえを張るような事を制して金銭を貯蓄し
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
十二時にならないと店をけない贅沢ぜいたくな料理屋も其処此処そこここにある。芝居帰りの正装で上中流の男女なんによが夜食を食べに来るのださうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そこで無為軍に美邸をかまえ、ずいぶん贅沢ぜいたくな生活ぶりをやっているが、どうして、なおまだ内には野心勃々ぼつぼつたるものがあるらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そりや出来ない事もないが、——しかし温泉へくなぞは贅沢ぜいたくだな。僕はまだほぞ切つて以来、旅行らしい旅行はした事がない。」
塵労 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この殺風景な都会のまんなかで、こんな美しい贅沢ぜいたくな植物を自由に見おろすことの出来る特権を得たのを、青年は喜んだのである。
現実の生活のなかでは私のそんな考えなどは、病人の贅沢ぜいたくにすぎなかった。私はこの春にも母とちょっとした衝突をしたことがあった。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
たには狭い、信州上高地のように、湯に漬りながら雪の山を見るという贅沢ぜいたくは出来ない、明日は七曲峠の上で白峰を見たいものだと思う。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
金持の連中もまた、もうけたい奴は盛んに儲け、儲けた上に莫大の配当をしました。そうして、大ビラで贅沢ぜいたく僭上せんじょうの限りを尽しました。
家にいての香以の生活は余り贅沢ぜいたくではなかった。料理は不断南鍋町みなみなべちょうの伊勢勘から取った。蒲焼かばやきが好で、尾張屋、喜多川が常に出入した。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この節、肉どころか、血どころか、贅沢ぜいたくな目玉などはついに賞翫しょうがんしたためしがない。鳳凰ほうおうずい麒麟きりんえらさえ、世にも稀な珍味と聞く。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「だって、西洋人を女房に持つと、月千円はかかると云うぜ。君のような贅沢ぜいたくな女が百円や百五十円でやって行けると思うのかい」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
六位の侍が侍従に出世! これじゃアおれ達ア浮かばれねえ! やろうぜオイ! たたっこわそうぜ! 運のいい贅沢ぜいたくの野郎をよ!
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
病気になって全く床を離れぬようになってからは外に楽みがないので、食物の事が一番贅沢ぜいたくになり、終には菓物も毎日食うようになった。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
したがって他の動物には金貸し、地主、資本家などのごとき、懐手をしながら贅沢ぜいたくに暮らす階級は決して見いだすことはできぬ。
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
さような人物になると座席など決して贅沢ぜいたくはいわない。いつも鯛でいえばおかしら尖端せんたんか、尻尾しっぽの後端へじりついて眺めている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
言わば息子をあすこに置いとくことは、息子に離れてるつらい気持ちとやりとりの私達の命がけの贅沢ぜいたくなんですよ。…………てね。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
裏からいえば、贅沢ぜいたくな高価なわずかより出来ないものは民藝品とはならないわけです。作者も著名な個人ではなく、無名の職人たちです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかし今日こんにちところでは病院びょういんは、たしか資力ちから以上いじょう贅沢ぜいたくっているので、余計よけい建物たてもの余計よけいやくなどで随分ずいぶん費用ひようおおつかっているのです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
どこもかしこも、きんや、大理石や、水晶すいしょうや、絹や、灯火ともしびや、ダイヤモンドや、花や、おこうや、あらんかぎりの贅沢ぜいたくなもので、いっぱいなの
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
また如何いかに母親が深い慈愛を彼にもつてゐるかと云ふことを語つてゐるやうな、贅沢ぜいたくでも華美でもないが、どこか奥ゆかしい風をしてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
由来塩原という処、金持共が贅沢ぜいたくに夏の暑さを避けに来る土地ゆえ、街路には至る処ハイカラ男女共が手を連ねてノサ張りまわりつつあり。
まだ馬車もなく電車は無論のこと、人力じんりきに乗るなど贅沢ぜいたく生計くらしではないので、てくてく四谷から、何か重そうなものを背負わされて戻った。
それが得意で贅沢ぜいたくな生活をして、初めからの貴族に負けないふうでいる家の娘と、そんなのはどちらへ属させたらいいのだろう
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そんなことすら長い年月の間、非常な贅沢ぜいたくな願いのように考えられていた。でも、白足袋ぐらいのことはかなえられる時が来た。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こんな贅沢ぜいたくは出来るわけがないし、また失礼ながらあまり裕福とは見受けられない黄村先生のお茶会には、こんな饗応の一つも期待出来ず
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
標本棚、外科器械棚などが如何にも贅沢ぜいたくに並び、其他そのた、人間が入れそうなタンクのような訳のわからぬ装置が二つも三つも置かれてあった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ウィルスン君」と部屋の主人は、体をかがめて、珍しい毛皮のすばらしく贅沢ぜいたくな外套を足の下から取り上げながら、言った。
金屏は贅沢ぜいたくなものではあるけれども、その墨絵の松の古びているもとに冬籠りしている人は、よしありげになつかしい心持もするのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「そんな贅沢ぜいたくなごとばり言って。昔なんか、蝙蝠だって、よっぽどいい人でねえど持たなかったんだ。贅沢ばり言って……」
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
理想的に言えば、美術館のような公共の享楽を目ざすものは、うんと贅沢ぜいたくにしていいのである。私人の贅沢とはわけが違う。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
私は苦笑して贅沢ぜいたくを言うなと無理に三等車へ押し込んでしまったが、車内にはいると同時に今度は私の方がてれてしまった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
少数のなまけ者共に有らゆる贅沢ぜいたくをさせる為めに、自分の生活を美しくする一切のものを永久に見てなければならぬのか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
贅沢ぜいたくいうなよ。あの大渦巻に捲き込まれて、独楽こまのように廻っている老博士たちのことを考えたら、贅沢は云われないぜ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
私はそういう贅沢ぜいたくを好まない。自分が耕した思想の菜園から得た収穫を、我が守り本尊の前にささげて、ささやかながら収穫の祭りを祝いたい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
私はもう、きまりがわるいの、買ってくれそうにないのと、そんな贅沢ぜいたくな考えや、弱気におしひしがれている時ではなかった。
少しの地位を得るともうすっかりその光栄に酔うてしまって贅沢ぜいたくをしようとするような亡国的人士は、諸君の力で鞭韃べんたつして行くべきであるのに
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
八十を越しても硫黄の熱はもえていた。小さい机にしがみついたまま、贅沢ぜいたくは身の毒になると、蛍火ほたるびの火鉢に手をかざし、毛布ケットを着て座っていた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
我れわれのような学生あがりの安月給取りには贅沢ぜいたく過ぎるほどの副食物をもって満たされているので、わたしはこの鉄道に乗って往来するごとに
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
太抵は労働を避けて些細ささいな物質的贅沢ぜいたくの中に遊惰ゆうだな日送りをしようとすることが動機であるから、政府は世の社会改良家、教育者、慈善家と共に
私娼の撲滅について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
眼立たないが、贅沢ぜいたく至極な好みの衣裳で、気持のよさそうな博多の単帯ひとえおびで、胴のあたりを風情ふぜいゆたかにしめあげていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこの茶屋の子供が同級生だったので尚更よく遊びに行ったわけだが、以前は彼処の茶屋は非常に贅沢ぜいたくな所で、大奥の女中などが出入りしていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)