にぎ)” の例文
「鹿島がよろこぶだろう」新五兵衛は頷きながらそういった、「……だいぶ熱心にすすめていたから、この家もにぎやかになっていい」
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
酒席にあっては、いつもにぎやかな人であるだけに、その夜の浮かぬ顔つきは目立った。やっぱり何かあったのだな、と私は確信した。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしか敵役かたきやくでも出ようものなら熱誠をめた怒罵どばの声が場内に充満いっぱいになる不秩序なにぎやかさが心もおどるように思わせたのに違いない。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
にぎやかな讃美者の群に取り巻かれている女王よりも、自分だけの女王の孤独の女のほうが、近代の都会では、より危険率が高いのだ。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
許宣は銭塘門を出て、石函橋せきかんきょうを過ぎ、一条路ひとすじみちを保叔塔のそびえている宝石山ほうせきざんへのぼって寺へと往ったが、寺は焼香の人でにぎわっていた。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は部屋の中を見回して、あれこれとめぼしいものを物色しながら、三年前に行った上海のにぎやかな新世界界隈かいわいを思い浮かべていた。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
車がにぎやかな広小路の方へ走り出すと、私は彼女と並んで腰かけ、こころもち彼女の方へ顔をすり寄せるようにしながら云いました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのにぎやか過ぎる調子が私にはかえって不調和に聞こえた。それでも父の前をはずして私と差し向いになった時は、むしろ沈んでいた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縁者えんじゃ親類加勢し合って、歌声うたごえにぎやかに、東でもぽったん、西でもどったん、深夜しんやの眠を驚かして、夜の十二時頃から夕方までもく。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
特に「塩市」のにぎわい隣国に並びなきことと、町の催し、諸国から集まる見世物、放下師ほうかしたぐい、その辺についての説明はくわしいもの。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「元気すぎますよ。父上がいないので、毎日、奥のつぼねにぎやかな事といったらありません。それでなくても、陽気なほうですからね」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美奈子が宮の下のにぎやかな通を出はずれて、段々さみしいがけ上の道へ来かゝったとき、丁度道の左側にある理髪店の軒端のきばたたずみながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこはにぎやかな広小路の通りから、少し裏へ入ったある路次のなかの小さい平家ひらやで、ついその向う前には男の知合いの家があった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
町から来た楽隊がにぎやかな音楽を初めて、時間が来たことを知らせましたので、みんな神様の前に集まって、礼服を着た神主と一所に
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
といいさして、案の定、母親は声をんで、にぎやかな通りに眼を落している。その放心したようなさびしげな横顔が心を打ったから
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
復員者はそこここに戻って来て、崩壊した駅は雑沓してにぎわった。その妻子を閃光せんこうさらわれた男は晴着を飾る新妻にいづまを伴って歩いていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
... これからはちょうどお花見になって向島でも上野でもどんなに人が出てにぎやかだろう」お代「鎮守様ちんじゅさまのお祭りより賑やかなの」伯母おば
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
昨年の暮、英国のエヴェレスト遠征隊が、ヒマラヤで奇怪な人獣の足跡を発見したという記事が、一時新聞紙上をにぎわしたことがあった。
松本さんの店は、大連だいれんにぎやかな所にありましたが、別に、住居すまいが山手の方の静かな所にありました。一同は、そちらに落ち着きました。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それは派手な気質もあったであろうが、あれだけの珍しい才能の人ににぎやかしにばかりれていった一面も見なければならない。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一月上旬の夜なれば、ウンテル・デン・リンデンの酒家しゅか、茶店はなお人の出入り盛りにてにぎわしかりしならめど、ふつに覚えず。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
にぎやかな官能を追い求めることに熱中した時代であって、この主流に対比しては、いよいよ紫苑氏の詩風は古臭く索漠に見えた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
帰り、にぎやかな通りへ出て、富岡はウィスキーを買つた。宿へ戻ると、ゆき子は蒲団に寝て、あをい顔をしてがたがたふるへてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
あの明るいにぎやかなところはいったいどこのあたりにあるのだろう。そうして、それがおれには何故なぜ見ることをゆるされないのであろうか。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
モーティは、今では、もとのように可愛かわいいすなおないいモーティです。そして、四人で一つの車庫の中に、仲よくにぎやかに暮しております。
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
昔城下で金銀の御用細工を申附かつてゐた時分から此の家の台所の飾りである大きな円飯台の周囲が久しぶりに明るくにぎやかに見えてゐた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
それから教会の方で、にぎやかなバンドが始まりました。それが風下でしたから、手にとるように聞えました。それがいかにも本式なのです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その人たちの休む仮屋が片隅の二本杉の傍にあって、にぎやかな人声もしますが、常は静かなもので雉子きじが遊んでい、夜はふくろうの声も聞えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
座主ざぬしの千葉勝五郎がどうしたとか、新富座主の守田勘弥かんやがどうしたとかいうような記事が、しきりに新聞紙上をにぎわしていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
アパートの一日で一番にぎやかな時なのだが、たとえば、その時刻に、あたしゃ酔っちゃいないよなどと舌の回らぬひとりごとを言いながら
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
にぎやかで面白おもしろそうな海水浴場のほうは素通りにして、荒涼こうりょうとした砂っ原に降りると、大学生は上原の腕をとって、浪打際なみうちぎわのほうへゆきます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
パパは豊原という樺太でのいちばんにぎやかな町へ来ました。真岡まおかという町からです。マウカというのは美しい波の上ということだそうです。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
上から椅子の足を床にずらす音や、女工たちのキャッ/\という声が「塩鱒」の焼ける匂いと一緒に、にぎやかに聞えてきた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡はにぎわっていた。やみのなかから白粉おしろいを厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
この二人に俊亮夫婦、子供三人、それにお糸婆さんと直吉を合わせて都合九人が、風通しのいい茶の間に集まって、にぎやかに食事をはじめた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
よくお昼休みなどに、彼は私をその頃まだ私には珍らしかった自転車に乗せて、にぎやかな電車通りまで連れていってくれた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
百カ日が過ぎたばかりのまだごたごたとにぎやかな墓には、よれよれになった寒冷紗かんれいしゃ弔旗ちょうきなども風雨にさらされたまま束ねられて立っている。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この河岸通りの端が有名な貸席井生村、中村の両楼、大きな建物は岸に臨んで紅灯の影にぎやかに、夜の大川に風情を添えた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
にぎやかに往来ゆききしていた病舎を一人二人と去って行くにつれて、今までは陽気でさえあった歌声も、何故か妙にいじけた寂しいものになって来て
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ファラデーはある日にぎやかなフリート町を歩いておったが、ふとある家の窓ガラスに貼ってある広告のビラに目をとめた。
日曜祭日などは家族づれでにぎわっているが、ふだんはそれほどでもなく、閑散としている。雨上りの後などに、池畔ちはんをぶらつく気分は悪くない。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
自動車はくうを走っているように思えた。サイレンの恐ろしいうなり声が、にぎやかな大通を、たちまち無人の道のようにした。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
殊にその場所を海岸にして、あしなどが少し生えて居り、遠方に船が一つ二つ見えて居る処なども、この平凡な趣向をいくらかにぎやかにして居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この雑誌の読者は何万人とあるはずだから、その中から追々おいおいに跡を継いで話をすることにしたらにぎやかでよかろうと思う。
船へひ上がるとすぐお茶屋に送り込まれ、濡れた裝束しやうぞくを脱いで、一と風呂温まり、にぎやかにはやし乍ら改めて女夫めをとの盃といふ寸法になつて居たんで
この夏の歓楽境かんらくきょうK——に、こんなじゃくとした死んだようなところがあるのか、と思われるほど……、いや、Y海岸がけたはずれににぎやかな反動として
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
寄宿舎へ集るものは互に一夏の間の話を持ち寄って部屋々々をにぎわし、夜遅くまで舎監の目を忍び、見廻りの靴の音が廊下に聞えなくなる頃には
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
胡弓弾きはいきなり胡弓を鳴らしながらにぎやかにしきいをまたいではいってゆかねばならないのだが、木之助は知らずに
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それから一ヶ月ばかりして、林檎林で、十数年ぜんの最初の犂返すきかへしの日以来見たことのないにぎやかな騒ぎが初まつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
当日には近村からさえ見物が来たほどにぎわった。丁度農場事務所裏の空地あきちに仮小屋が建てられて、つめまで磨き上げられた耕馬が三十頭近く集まった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)