しる)” の例文
そして、情熱的な読者の赤鉛筆で共鳴の傍線があちこちにしるしてある「抽象的観念の実在」——そんな項目の頁を微風に翻してゐた。
村のストア派 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
又ほかに、短冊形たんざくがたの金革に姓名と名乗を書いて、後襷うしろだすきに縫いつけていた者があるし、辞世の和歌とか俳句とかをしるしている者もある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せめて状袋にでも入れて「正岡子規自筆根岸地図」とでもしるしておかないと自分が死んだあとでは、紙屑になってしまうだろうと思う。
子規自筆の根岸地図 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人間は決して書物に書きしるされ、もしくは学者に説明せられることのみによって、祖先の思想感情を相続していたのではなかった。
昨年の春より今年の春まで一年ひととせ三月みつきの間、われは貴嬢きみわるるままにわが友宮本二郎が上をしるせし手紙十二通を送りたり
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
博士はすでに死を決していて、なにか遺言めいたものがここにしるされているのであろうか。僕の好奇心は、その頂点に達した。
地球を狙う者 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私のこの椅子に身を託して、私の知り得たところを主に私自身のために書きしるしておこうと思う。私はこれを宣伝の為めに書くのではない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あの寒々とした中に、以前からこの予言はしるされていたのであろうか——近く始ろうとする教師の姿をぼんやり考えてみた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
幾多の古書にもしるされてあるので、その奈良王とは弓削道鏡ゆげのどうきょうのことであるとの一説、ただに奈良の帝と伝えられている一説
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこにおいて長老たちから芳醇ほうじゅんなる葡萄酒が供せられ、各自かごに乗駕してこの都会の貴族邸へ、賓客としてかれてまいることがしるされているのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私は遊び始めてから、しばらく周囲の友だちと会はなかつたので、何となく涙ぐましいやうななつかしさを以て、その端書にしるされた彼の伸びやかな字体を凝視みつめた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
箱の中に一枚の紙があって、その上に次の語がしるしてあった。「クラヴァットよりビヤンヴニュ閣下へ。」
差上げて置きまする、これに住所もしるしてあります——貴方は失礼ながらやはり鰐淵わにぶちさんの御親戚ででも?
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
数多い坂の中で、地蔵坂、源聖寺坂、愛染坂、口繩坂……と、坂の名をしるすだけでも私の想ひはなつかしさにしびれるが、とりわけなつかしいのは口繩坂である。
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
しかし、いささかの滑稽を感じながら、彼の言葉が気になっていたのはたしかである。私はノートに断片的にそれをしるし、いまだにそのノートを持っているのである。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
佐野次郎左衛門百人斬の顛末は、かの「洞房語園」には、ほんの数行、しるされてあるに過ぎない。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板にしるされたものである。この二つは同じことではないか。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
無事を祝してそそぎし酒のかびなり、岸辺に近き砂礫されきの間、離別の涙ふるいし跡には、青草いかに生い茂れるよ、行人は皆名残りの柳の根を削りてその希望をしるして往けども
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
慈善を好む仁者なることをしるした次に、いまだ学ばずというといえども吾は之を学びたりとわんとまで長二郎をめ、彼は未だ学問をした事は無いというが、其の身持と心立こゝろだて
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
後は見舞客のアドレスのメモで、それも見舞客の何十分の一しかしるされていない。そして四月二十四日、大東学園病院から、帝大病院に移ってからは殆どなにも誌されていない。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
家に帰へりて「奥の細道」をけみするに、蕉翁は左の如く松島に於てしるせり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
時に建暦二年三月晦日頃、僧蓮胤れんいんが外山の庵でこれを書きしるしたものである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
二百十日にひやくとをかもおなじこと、日記につきしる方々かた/″\は、一寸ちよつとづけを御覽ごらんねがふ、あめはれも、毎年まいねんそんなにをかへないであらうとおもふ。げん今年ことし、この四月しぐわつは、九日こゝぬか十日とをか二日ふつかつゞけて大風おほかぜであつた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
本篇ほんぺんおもにこの注意書ちゆういしよたいする解釋かいしやくしるしたものといつてよいとおもふ。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
かつて彼の「東北日記」の原稿を見るに、その表紙の裏面に、細字を以て『六国史りっこくし』云々と乱抹らんまつせるものあり。これ彼が水戸に来りて、自家の邦典に明かならざるをじ、発憤以てこれをしるせるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
紛々たる人のうわさは滅多にあてにならざか児手柏このでがしわ上露うわつゆよりももろいものと旁付かたづけて置いて、さて正味の確実たしかなところを掻摘かいつまんでしるせば、うまれ東京とうけいで、水道の水臭い士族の一人かたわれだと履歴書を見た者のはな
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
抽斎の家の記録は先ず小さき、あだなるよろこびしるさなくてはならなかった。それは三月十九日に、六男翠暫すいざんが生れたことである。後十一歳にして夭札ようさつした子である。この年は人の皆知る地震の年である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
提出された題目モチーフは、単に、次のようにしるされているだけであった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
重昌出陣に際して書残したものに、次の如くしるされてあった。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は一々自分の注意をいた事柄を日記にしるしたのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ニコラス・ヴェダーさんだって。おやおや、あの人は十八年もまえに死んでしまったよ。教会の墓地に、木の墓標があってな、あの人のことが残らずしるしてあったんじゃが、それも今は腐って、なくなってしまったわい」
それには飯田とのみしるしてあった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
八十一老 白里はくり 関寛せきかんしる
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「これを、勝家の部屋へとどけて参れ。明朝こくまでに、これにしるしてある者ども一同、評定ひょうじょうの間に集まるようにと申し添えて」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何某なにがし教授ギリシア哲学史とか、卒業論文「ヴント心理学の研究」とか……様々な科目の表題が、太く叮嚀な文字でしるしてあつた。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
しかしそれと同時についその案内記にしるしてない横道に隠れた貴重なものを見のがしてしまう機会ははなはだ多いに相違ない。
案内者 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
奄美大島の方でもワダガナシと呼ばるる海神が、地をくほどの偉大なフグリをぶら下げて出現することが、『南島雑話補遺』にしるされている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……彼はそのことを手紙にしるして、その街にんでいる友人に送った。そうして、そこの街を立去り、遠方へ旅立った。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ただ見返しにしるされた、このぬしの墨書すみがきが、なかなかに見事で、しかも女の手、そうして、どうやら床の間の「花の色は」の筆蹟と似通っていることだけです。
「君には秘密にすべきマッチ箱を売った失敗をあがなうことを命ずる。ただし我等の祖国は君の名をR団員の過去帖にしるして、これまでの忠勇を永く称するであろう、いいか」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲイアラスコト、なお蛆虫うじむし胡桃くるみノ固キから穿うがチテ、中ノ実ヲたくみニ喰イツクスガごとシ」と、ナブ・アヘ・エリバは、新しい粘土の備忘録にしるした。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すでにしるした物だけでも、五、六巻くらいには上っていたのではなかろうかと思われます。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
元日快晴、二日快晴、三日快晴としるされたる日記をけがして、この黄昏たそがれよりこがらし戦出そよぎいでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
記者思うに不幸なる大河の日記に依りて大河のすべてを知ることあたわず、何となれば日記はすなわち大河自身が書き、しかしてその日記には彼が馬島に於ける生活を多くしるさざればなり。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
岐阜ぎふ県××町、——里見稲子さとみいなこ、二十七、と宿帳に控えたが、あえてしるすまでもない、岐阜の病院の里見といえば、家族雇人やからうから一同神のごとくに崇拝する、かつて当家の主人あるじが、難病を治した名医
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
グリュランは日に三度組合の牛乳を受け取り、その量を合札あいふだしるします。
見るからに静かそうな、一戸の寒亭が戸閉とざしてある。古びた戸額とがくの文字を仰ぐと、船板に白緑青びゃくろくしょう、題して「錦霜軒きんそうけん」としるしてある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ自分が近頃彼の作品を乱読しているうちに特に心付いた若干の点を後日の参考また備忘のために簡単にしるしておきたいと思った次第である。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その鳥が鶴になっているだけで、やはり稲の種がニライカナイから運ばれたという話が、『南島雑話』にはしるされてあると、伊波君は注意しておられる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
滝何々としるしてあつたさうぢやないか、そのことを僕に話した時の君の顔付! と云つたらなかつたぜ
西瓜喰ふ人 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)