いささか)” の例文
まづ第一に絹や紙へ、日本絵具をなすりつけて、よくこれ程油絵じみた効果を与へる事が出来たものだと、その点にいささか敬意を表した。
西洋画のやうな日本画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
尼は当時京都に集まる勤皇の志士から慈母のごとく慕われたが、自らはいささかも表立つことはなく、あくまで女らしい床しさに終始した。
大田垣蓮月尼のこと (新字新仮名) / 上村松園(著)
... 企て候ともがらこれあるに於ては、たとへ有司の人たりとも、いささか用捨なく譴責仕りき一統の赤心せきしんに御座候」(朝廷への「浪士組」建白書)。
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
縞の銀杏返の方のが硝子台がらすだいすすけた洋燈ランプを持っています。ここで、いささかでも作意があれば、青い蝋燭と言いたいのですが、洋燈ランプです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
己はこれまではば総ての人の同意を得て生きてゐた。己の周囲には己を援助して生をいささかせしめてくれようと云ふ合意が成立してゐた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
不幸な運命にたいするいささかの不満も示さず、笑いながら先祖のことを話した。彼は見るも愉快なほどの無頓着むとんじゃくな強健な快活さをそなえていた。
次に北斎の描きたる題材の範囲の浩洋こうよう複雑なるはひとり泰西人のみならず、厳格なる日本の鑑賞家といへどもまたいささか一驚せざるを得ざるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
香以は今芸人等と対等の交際をする身の上になって、祝儀と云うものは出さぬが、これにきょうする酒飯の価はいささかの売文銭のく償う所ではなかった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
翁は其出版を見ていささかよろこびの言をらしたが、五月初旬にはいよいよ死を決したと見えて、逗子ずしなる老父のもと粕谷かすやの其子の許へカタミの品々を送って来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
得たれば憂うる心はいささかも無い、今は天国に行く喜びに溢れて、基督キリストの為に死ぬ時ぞ、これぞ我が勝利、我が幸福——
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
代表し以て一大凱旋祝賀会を開催し兼て軍人遺族を慰藉いしゃせんが為め熱誠これを迎えいささか感謝の微衷びちゅうを表したくついては各位の御協賛を仰ぎ此盛典を挙行するのさいわい
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老生のべんとする所は、慶應義塾の由来にき、げん少しく自負に似て俗に手前味噌てまえみそきらいなきにあらざれども、事実は座中諸君の記憶に存する通りいささかたがうことなく
拙者せっしゃ性癖有時吸之、若而人じゃくじじん之未能、いささか因循至今、唯しばらく酒当而已歟のみか
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
軽躁惰弱けいそうだじゃくの輩は、その鉤意を察せず、只その甘言に精神を惑溺せられて、清僧の特操を変じて、己が勝手に泥著して、中心の醜拙を現わして、いささかも廉恥の心なく、大切なる本師釈尊の厳規を破り
洪川禅師のことども (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
之にしたがうもいまだ其せいを必せず、之にさからうも未だ其死を必せず、あい賀蘭山前がらんさんぜんいささかもっ博戯はくぎせん、吾何をかおそれんやと。太祖書を得ていかること甚だしく、しんに兵を加えんとするの意を起したるなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
車屋や馬車の勇猛なのに、いささか恐れをなしていた私は、こう云う晴れ晴れした景色を見ている内に、だんだん愉快な心もちになった。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしの敢えて語らんと欲するのは、帝国劇場の女優を中介にして、わたしはいささか現代の空気に触れようとこいねがったことである。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人の衣服きものにも、手拭てぬぐいにも、たすきにも、前垂まえだれにも、織っていたそのはたの色にも、いささかもこの色のなかっただけ、一入ひとしお鮮麗あざやかに明瞭に、脳中にえがいだされた。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
内外大小事となく善悪とも隠匿致し居り候事ども、いささか憚りなく、筋々へ申し出づべく候。
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
「僕もそう思う。只資格をこしらえると云うだけだ。俗にしたがっていささかまたしかりだ」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
是れもいささか面当つらあてだと互にわらって、朋友と内々ないないの打合せは出来た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夫人の生前教えたるなるべし。先生は満足そうに微笑していれど、僕はいささかセンティメンタルになり、お嬢さんの顔を眺むるのみ。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見よ仏蘭西の美術は日本画の影響によりていささかも本来の面目をきずつけられたる事なきに反し、日本画は油画のために全くその精神を失ひしに非ずや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
されども渠はいささかも心にましきことなかりけむ、胸苦むねぐるしき気振けぶりもなく、静に海野に打向うちむかひて
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
貞固のいうには、これはいささかの金ではあるが、矢島氏の禄を受くる周禎が当然支出すべきもので、また優善の修行中その妻鉄をも周禎があずかるがいといった。そしてこの二件を周禎に交渉した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
友だち だから、こんな事を云ひ出すのは、何だか一座の興をぐやうな気がして、太夫たいふの手前も、いささか恐縮なんだがね。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしがここに下谷叢話と題して下谷の家の旧事を記述しようと思立ったのは、これによっていささか災禍の悲しみを慰めようとするの意にほかならない。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
このいささかの音にも驚きたるさまして、足を爪立つまだてつつじっと見て、わなわなと身ぶるいするとともに、足疾あしばや樹立こだち飛入とびいる。。——懐紙かいしはし乱れて、お沢の白きむなさきより五寸くぎパラリと落つ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
予は以下にこの異本第三段を紹介して、いささか巴毗弇の前に姿を現した、日本の Diabolus を一瞥いちべつしようと思う。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
老羸ろうるいなほかくの如くにしていささか時運に追随することを得たりとせんか、幸何ぞよくこれにくものあらんや。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
何、何、愚僧が三度息を吹掛ふきかけ、あの身体中からだじゅうまじなうた。屑買くずかい明日あすが日、奉行の鼻毛を抜かうとも、くさめをするばかりで、一向いっこうに目は附けん。其処そこいささかも懸念はない。が、正直な気のいゝ屑屋だ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
狭斜けふしやいうあるを疑はれしとて、「家有縞衣待吾返いへにかういありわがかへるをまつ孤衾如水已三年こきんみづのごとくすでにさんねん」など云へる詩を作りしは、いささか眉に唾すべきものなれど、竹田ちくでんが同じく長崎より
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そしていささかたりとも荒涼寂寞の思を味い得たならば望外の幸であろうとなした。
百花園 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
看護員は実際その衷情ちゅうじょうを語るなるべし、いささか飾気かざりけなく
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、いささか、唐突の感を与へるかも知れない。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雨の夜のさびしさに書を読みて、書中の人を思ひ、風静なる日その墳墓をたづねて更にその為人ひととなりを憶ふ。この心何事にもたとへがたし。寒夜ひとり茶を煮る時の情味いささかこれに似たりともいはばいふべし。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
二十一、程なく小笠原少斎、紺糸の具足ぐそく小薙刀こなぎなたひつさげ、お次迄御介錯ごかいしやくに参られ候。未だ抜け歯の痛み甚しく候よし、左の頬先れ上られ、武者ぶりもいささかはかなげに見うけ候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
唯、死に際して、縷々るる予が呪ふ可き半生の秘密を告白したるは、亦以て卿等の為にいささかみづかいさぎよくせんと欲するが為のみ。卿等にして若し憎む可くんば、即ち憎み、憐む可くんば、即ち憐め。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
牛商人が、いささか、意外に思つた位、鋭い、からすのやうな声で、笑つたのである。
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眉のうすい、うけくちの、高慢な顔を、仔細らしくしやくりながら、「さん土手下にぬしのない子がすててんある」と、そそるのだから、これには私ばかりか、太鼓たちもいささかたじろいだらしい。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いささか、不安になつて来たのである。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)