翻弄ほんろう)” の例文
旧字:飜弄
明智は敵を翻弄ほんろうしている気で、実は敵のために翻弄されたのではないか。いかにも怪老人の考えつきそうな「魔術」ではなかったか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうしてそやつは忍術しのびにかけては、名ある奴であろうと想像した。そいつをうまうま翻弄ほんろうしたことが、彼にはひどく愉快なのであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
帆は切り裂かれても、船は運よく、由良ゆらみさきにも乗りあげずに、鯉突こいつきの鼻をかわして、狂浪に翻弄ほんろうされながら外海へつきだされていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時政治は薩長土の武力によりて翻弄ほんろうせられ、国民の思想は統一を欠き、国家の危機を胚胎はいたいするのおそれがあり、旁々かたがた小野君との黙契もっけいもあり
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
大人か小児こどもに物を言うような口吻こうふんである。美しい目は軽侮、憐憫れんみん嘲罵ちょうば翻弄ほんろうと云うような、あらゆる感情をたたえて、異様にかがやいている。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
男の沢山いる中で、それらの男を翻弄ほんろうする女が出て来て、これが毒婦・悪婆のわけだが、そうはっても毒婦・悪婆の範囲は広いのである。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
遠い海の波に翻弄ほんろうされたものもあり、遠い国で戦ったものもあり、また宮廷や内閣のせわしい陰謀にたずさわったものもある。
誰にでも翻弄ほんろうされると、途方に暮れる私だから、よんどころなく苦笑にやりとして黙って了うと、下女は高笑たかわらいして出て行って了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
翻弄ほんろうする、有らん限りの虐待を加えた後に、乱刀の下に刺し透し、刺し透し、蜂の巣のようにつきくずしてしまったらしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
が、指の満足だつた彼も、——同時に又相手を翻弄ほんろうする「あそび」の精神に富んでゐた彼もかならずしも偉大でないことはない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ともすれば身体のよじり方一つにも復一は性の独立感を翻弄ほんろうされそうなおそれを感じて皮膚ひふの感覚をかたくよろって用心してかからねばならなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
このきびしい、激しい、冷酷な、人間を手玉にとって翻弄ほんろうするところのものが今日の現実というもののほんとうの姿なのだ。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
つまり団十郎が求古会員に翻弄ほんろうされているという諷刺であるというので、本人の団十郎がまず怒った。求古会員もこれはしからんと言い出した。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蕭条たる十一月の浜べには人影一つなく、黒い上げ汐の上をペラペラとなで来る冷風のみがあかりをつけた幾十の苫舟とまぶねをおもちゃのように翻弄ほんろうしていた。
彼女は、目的があって、男性を翻弄ほんろうしているのではなく、たゞ翻弄することの面白さに、翻弄していることを知った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
溶けた雪水の溜りは一日々々と大きく、いたる所に沼をつくった。粉のような羽虫がその上にかれた。汚れはてた雪が、陽と土の温気うんき翻弄ほんろうされた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「山川牧太郎時代の写真が一枚もないもんだから、ずらかる前に、野郎、入念に処分しちまってたもんだから——当局もあざやかに翻弄ほんろうされてた形だよ」
それを取り上げられて後にまた第二のピストルをかくしに探るところなどは巧みに観客を掌上に翻弄ほんろうしているが
映画雑感(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いわんや、何度もいうとおり、運命に翻弄ほんろうされているとはいえ、決して彼女は現在貧乏な身の上ではありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼を翻弄ほんろうすることにかけては、誰にも負けない自信があったし、それはまたいいようもなく楽しいものであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何よりも先だつのは、こっちの弱点を見抜かれて、さかさまに相手から翻弄ほんろうされはしなかったかという疑惑であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「では、誰だかその名を云って下さい」熊城はこの娘の翻弄ほんろうするような態度に、充分な警戒を感じながらも、思わずこの標題にはきつけられてしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その無惨きわまる空中の翻弄ほんろうぶりは、塔の天井にある大きな電子望遠鏡をとおして、大きなスクリーンの上にマザマザと映写しつづけられていたのだった……。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我と底抜けの生活から意味もなく翻弄ほんろうされて、悲観煩悶なぞと言っている自分のあわれな姿も、かえりみられた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
芭蕉は連句において宇宙を網羅し古今を翻弄ほんろうせんとしたるにも似ず、俳句にはきわめて卑怯ひきょうなりしなり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
滅茶滅茶に翻弄ほんろうした女、それは四千五百石取の大旗本の妾お勝が、たまたま奔放な野性の赴くまま、名題の銭形平次をもてあそんだ積りの悪戯いたずらに外ならなかったのでした。
「見たままのことさ、おれは微笑を信じるだけだ。」と、こう梶は不精に答えてみたものの、何ものにか、巧みに転がされころころ翻弄ほんろうされているのも同様だった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
うんと翻弄ほんろうしてやろう……もしも冗談から駒が出たら——何かまうもんか、その時はその時のことだ……という万一の僥倖ぎょうこうをも、心の奥底では度外視してはいなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その時刻の激浪に形骸の翻弄ほんろうゆだねたまま、K君の魂は月へ月へ、飛翔ひしょうし去ったのであります。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼は若き友がその抱ける知識と思想とに照らして無遠慮に彼を批難するに会して、憤激の情は一転化してつめたわらいとなり、皮肉の言葉を並べて相手を翻弄ほんろうせんとするのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
翻弄ほんろうされぬいていた——眼のまえに、何か赤いものがおどり立つように、吉良は、感じた。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たゞ平中は業平よりも時代がやゝ下っており、今の墨塗りの話や、本院の侍従じじゅう翻弄ほんろうされた話などから想像すると、業平と違っていくらか三枚目的なところがあったような気がする。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とらのように女に夢中になれば、少なくとも獅子ししのように戦えるんだ。それは女から翻弄ほんろうされた一種の復讐ふくしゅうだ。ローランはアンゼリックへの面当つらあてに戦死をした。われわれの勇武は皆女から来る。
今罪の神に翻弄ほんろうせられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸どうきを起した位で、直ぐにそれ以上を言い出すほどに
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
沸騰ふっとうする飛沫に、翻弄ほんろうされ、そのままあおい水底にしずんで行くかと思われましたが、不意と、ぽッかり赤い表紙がうかび、浮いたり、沈んだり、はては紅い一点となり、消えうせ、太平洋の藻屑もくずとなった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
この心に翻弄ほんろうせられるのを、末造は愉快な刺戟しげきとして感ずるのである。それにお玉は横着になると共に、次第に少しずつじだらくになる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし鬼六にすれば、多年、翻弄ほんろうされぬいて来た日野俊基だ。——その実の姿を、いま眼の先に見たのである。仮借かしゃくはできない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだ俺は白痴ばかかもしれない。とにかく城主はこの俺を、翻弄ほんろうしようとしているのだ」不快に思わざるを得なかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
身を任せる——言句ごんくは絶え果てた……男一匹がこの女のためにさんざんに翻弄ほんろうされていたのだ、人を斬ることの平気な竜之助は順序として、ここで
黄金の力のためにいつわりの結婚をしたときも、美しき妖婦ようふとして、群がる男性を翻弄ほんろうしていたときにも、彼女の心の底深く、初恋の男性に対する美しきみさお
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
というものはこの事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏ぼうし軽侮けいぶしてこれを翻弄ほんろうしようとした所為しょいとよりほかには認められんのであります。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のみならず、関係人物の全部が、嫌疑者と目されるに至ったので、その集束がいつの日やらはてしもなく、ただただ犯人の、迷路的頭脳に翻弄ほんろうされるのみだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
芭蕉は連句において宇宙を網羅し古今ここん翻弄ほんろうせんとしたるにも似ず、俳句には極めて卑怯ひきょうなりしなり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
折からの台風に翻弄ほんろうされたわけで、幽霊船とばけてしまい、怪潜水艦が仕掛けたあの怪電もボルク号には伝わらず、かえって、わが和島丸がその怪無電を傍受して
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なんだか不可思議な心持ちもした。小さな動物に大きな人間が翻弄ほんろうされたというような気もした。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
芭蕉も亦世捨人になるには余りに詩魔の翻弄ほんろうかうむつてゐたのではないであらうか? つまり芭蕉の中の詩人は芭蕉の中の世捨人よりも力強かつたのではないであらうか?
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
事務長と木村とを目の前に置いて、何も知らない木村を、事務長が一流のきびきびした悪辣あくらつな手で思うさま翻弄ほんろうして見せるのをながめて楽しむのが一種の痼疾こしつのようになった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
冷たいなめらかな蝋人の肌にかれて、小説家は狂気する。老人形師は彼の恋がたきである。その狡猾こうかつな術策と戦わねばならぬ。美女は彼を魅惑し、翻弄ほんろうし、あらゆる痴態ちたいをつくすであろう。
「悪霊物語」自作解説 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
動きに動く物憎い抽象の恋人、わたくしはいつの間にかこの割りきれない落ちつきどころのない恋人の手管てくだ翻弄ほんろうされ始め、翻弄されるのを心ゆくばかり楽しい思いがして来たのでありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二度の対面で、原田甲斐は二度とも彼を翻弄ほんろうした。