絢爛けんらん)” の例文
三枝子は静枝が自分の前へ来るまで、孔雀くじゃくのように着飾っている絢爛けんらんな彼女の着物を観察した。それが三枝子には一つの驚異だった。
接吻を盗む女の話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
美しきものは命短しというをモットーとするように豪奢ごうしゃ絢爛けんらんが極まると直ぐ色せてあの世の星の色と清涼に消え流れて行きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その絢爛けんらんたる開花の時と凋落ちょうらくとの怖るべき距りに就て、すでにそれを中心にした特異な思考を本能的に所有していると考えられる。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
若し自然にあの絢爛けんらんな多種多様があり、ひとり人間界にそれがなかったならば、宇宙の美と真とはその時に崩れるといってもいいだろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
聴衆のつうな人たちが休憩時間に廊下へ出て、その絢爛けんらんたる演奏に眩惑されたまま、つい激賞する気になったのも無理のないことである。
その人物は皆演劇の型より成れる一定の形式によりて誇張せられ、その彩色は殊更に絢爛けんらんたらん事を務め全体の調子に注意する処なし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伸子さん、とうに嵐と急迫の時代は去りましたよ。この館も再びもとのとおりに、絢爛けんらんたるラテン詩と恋歌マドリガーレの世界に帰ることでしょう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
本来、女の酔っぱらいほど醜いものはないのに、これは醜いというよりはかえって、絢爛けんらんにして、目を奪うというていたらくです。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
絢爛けんらんな色彩の古画の諸仏、羅漢らかん比丘びく比丘尼びくに優婆塞うばそく優婆夷うばい、象、獅子しし麒麟きりんなどが四壁の紙幅の内から、ゆたかな光の中に泳ぎ出す。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これらの絢爛けんらんたる丹青たんせいのなみの中からわきおこる琴曲の音いろと、すべてがあまり美しくて、見る者はむしろ哀愁をおぼえるくらいだった。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは、紅や白に絢爛けんらんと着飾った美しい乙女の群ではなく、秋の盛りの食卓にならんだ純オランダ田園風の大ご馳走であった。
絢爛けんらんたる才気と洗錬された趣味と該博な知識とをった・端倪たんげいすべからざる才人だった。しかも彼は何を為したか? 何事をもしなかった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いや、あの鼈甲牡丹べっこうぼたんのように、絢爛けんらん華麗な文章丈を取っても、優に明治文学の代表者として、推す価値が十分だと思うのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
空はリキュール酒のようなあまさで、夜の街を覆うと、絢爛けんらんな渦巻きがとおく去って、女の靴のかかとが男の弛緩しかんした神経をこつこつとたたいた。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
室内は、こんな貧弱な船に似合わず、絢爛けんらん眼をうばう大した装飾がしてあって、まるで中国のお寺にいったような気がする。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くの如く天平期の日本芸術の美は絢爛けんらんを極めているが言い得べくんばこれはすべて完成綜合そうごうの美であって、真の意味での新らしい芽は無い。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そして重いほど咲き満ちた糸桜が廻廊の杉戸へ胡粉ごふんのように吹き散ってゆく絢爛けんらんな眺めも今の心には何の慰めにもならない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
梶は場中の華形ばかりをよせ集めた絢爛けんらんさに取り囲まれ、いつの間にか、各席の視線を吸いとっている自分が不思議だった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかもみな彩色さいしきの新版であるから、いわゆる千紫万紅せんしばんこう絢爛けんらんをきわめたもので、眼もあやというのはまったく此の事であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なにしろ絢爛けんらん無双ぶそうだから、長篇でも短篇でも愉快だった。しかし評判の「マドモアゼル・モオパン」も西洋人のいうほどありがたくはなかった。
仏蘭西文学と僕 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その頭上に、七月の太陽が、カアッと一面に反射して、すべては絢爛けんらんと光りかがやき、明るさとまぶしさに息づいているのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そして別の人は和泉に父をもつ猟夫さつおであった。衣裳のはやりと絢爛けんらんを尽くした平安朝の夕々は、むしろあいばんだというよりも濃い紫を溶き分けた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
律動リズム和声ハーモニーとの珍しい発見物、光沢こうたくのある柔らかい精緻せいちな織物の配列、色彩の絢爛けんらん、発明力と機智との不断の傾注、などを認めざるを得なかった。
絢爛けんらん豪奢ごうしゃに出来ているところの、この人形は穢い部屋の中に、高貴高価そのもののように、燦然として静もっていた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
絢爛けんらん薬玉くすだまを幾すじつらねたようです。城主たちの夫人、姫、奥女中などのには金銀珠玉をちりばめたのも少くありません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにごともなかったような、絢爛けんらんとして頽廃的な浅草の雑沓。金五郎は、眼がちかちかし、まぶしくて仕方がなかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
姉上、これでいくらかはこの都の持つ華麗さ、絢爛けんらんさ、高雅さが貴女にも御想像がお付きになりましたでしょうか?
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
朝ぼらけのもやの間にはいろいろの花の木がなお女王の心を春にきとどめようと絢爛けんらんの美を競っていたし春の小鳥のさえずりも笛の声に劣らぬ気がして
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一生にたった一度より外は持てない親——彼の父親は最早この絢爛けんらんな空気を呼吸してはいない——たった一人の片親である母親を養わなければならない。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
ある植物——いな、すべての植物の姿態が彼には不満であった。その絢爛けんらんなることもあまりに強烈で、情熱的で、ほとんど不自然と思われるほどであった。
しかしその途端、突然襖があき、いつもにまして絢爛けんらんな装ひをした君香が入つて来るか否や、「貴方おしらべよ。」
見られよ、あの苦心になる絢爛けんらん柿右衛門かきえもん赤絵あかえに対し、みん代の下手げてな五彩は圧倒的捷利しょうりを示すではないか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「ソレごろうじろ。かかる老骨では、絢爛けんらんをきわめるかの護摩堂の人柱には、役だち申さぬ、アア助かった」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして激烈な信仰や美しい詩歌しいか絢爛けんらんたる美術は、すべてこの暗黒を土壌として生育しているようである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
絵の方とてもその通り、雲谷うんこく狩野かのうびもよかろう、時にはわれわれの筆のあとの、絢爛けんらん華美の画風のうちにも、気品も雅致もあるのを知ってもよいと思うがな。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
地下室の豪華絢爛けんらんさに比べると二階はさながらに廃屋みたような感じである。窓が多くて無闇むやみに明るいだけに、粗末な壁や、ホコリだらけの板張が一層浅ましい。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浅草的な雰囲気とちがったものをあざやかに私たちに感じさせつつ、その絢爛けんらんたる流れは、まっすぐ、田原町の電車、バス、地下鉄の停車場へと流れて行くのだ。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
絢爛けんらんの域をえて平淡にるは自然の順序である。我らはむかし赤ん坊と呼ばれて赤いべべを着せられた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
体を包む絢爛けんらんな衣は、細い緻密な線と、陰影を現わす巧みなくま取りとで描かれているが、その衣の薄さや柔らかさに至るまで遺憾なく表現し得たといってよい。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
かつて絢爛けんらん豪華な宮殿に、多くの侍女にかしずかれて過した人の住居とは、到底、信じられなかった。
以上の話は、先生が大患以後、活力をとり戻され、それが異常な発展をとげて、絢爛けんらんたる研究生活にはいられる転換期の四、五年間のことを主に書いたことになる。
寺田寅彦の追想 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
即ちこれを詩章の竜葢帳りようがいちよう中に据ゑて、黒衣聖母の観あらしめ、絢爛けんらんなること絵画のごとき幻想と、整美なること彫塑ちようそに似たる夢思とをほしいままにしてこれに生動の気を与ふ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
そんなに絢爛けんらんたる面貌にくらべて、四肢の貧しさは、これまた驚くべきほどであった。身長五尺に満たないくらい、痩せた小さい両の掌は蜥蜴とかげのそれを思い出させた。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
前略、古来小区域に跼蹐きょくせきして陳套ちんとうを脱するあたわざりし桜花がいかに新鮮の空気に触れて絢爛けんらんの美を現したるかは連日掲載の短歌を見し人の熟知するところなるべし。
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ようやく安心して描き上げたのが絢爛けんらん無比の満山紅葉の図、以上の諸大家さすがに名人肌であった。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
さう周圍が眞暗なため、店頭みせさきに點けられた幾つもの電燈が驟雨のやうに浴せかける絢爛けんらんは、周圍の何者にも奪はれることなく、ほしいままにも美しい眺めが照し出されてゐるのだ。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
絢爛けんらんたる歌舞伎の舞台に、『京鹿子娘道成寺』の所作事を演じつつある名代役者が、蛇体に変じるため、造りものの鐘にはいったまま、無人の内部で、何者かのために殺害され
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
彼は不様な格好で、這いつくばい、壁に鼻の頭をすりつけて、辛棒しんぼう強く、小さな穴を覗き込むのだが、その向う側には、凡そ奇怪で絢爛けんらんな、地獄の覗き絵がくりひろげられていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
窓々のどつしりした絢爛けんらんな模様の緞子どんすのカーテンが明暗を調節した瀟洒せうしやな離れの洋館で、花に疲れた一同は中央の真白き布をしたテエブルに集まつて、お茶を飲み、点心てんじんをつまみ
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
院が良経と俊成・定家との一群の新傾向をよみされたところに、『新古今』の大体の特色の生れるもとがあったが、一首一首を錦繍のように豪奢で絢爛けんらんな歌ばかりでそろえられたのは
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)