のぞ)” の例文
顎から胸へかけて、おびただしく血を流し、いまはもう、目を逆釣らせてしまった、哀れな男の顔をのぞき込んで、菊之丞は涙をこぼした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
お勢が開懸あけかけた障子につかまッて、出るでも無く出ないでもなく、唯此方こっちへ背を向けて立在たたずんだままで坐舗のうちのぞき込んでいる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
でも、そんな事があり得ようか、もう一度見直したいと思うが、もう次の間との境の扉も閉められたので、室内はのぞき見るよしもなかった。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
暫くの間、私はこのあたりに無言でせっせっとくわを入れて来た自分の相棒の内生活をのぞく興味にあふれ、なお高次郎氏の歌集を読んでいった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
さう言ふ若樣の——武藝や學問に縁のなささうな顏が、椽側の向うからのぞいて居るのが見えますが、これも押して訊くわけにも參りません。
して藻西は今何をして居る番「私しは役目通り今まで彼れをのぞいて居ましたが、彼れくに後悔を初めたと見え泣て居ますよ、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
私は豪華なその一册を自分自身の胸に抱き、疊の上に寢そべるやうにして、古ぼけた洋書のつまつてゐる最下段をのぞいた。
おばあさん (旧字旧仮名) / ささきふさ(著)
此處では先づ用意して行つた魚の腸(臭い程いゝの故、腐つてゐればなほよし)を海中に投じ、徐ろに其處等の岩や石の間をのぞいてゐるのです。
樹木とその葉:33 海辺八月 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
寝室の中にはともしびの光がきらきらと輝いて、細君はまだ寝ずに何人なんぴとかとくどくどと話していた。周は窓をめてのぞいてみた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
隣の男は帰って往ったが、その夜友達と相談してげいしゃれて往って、垣にはしごをかけて門の中に入れて扉をことことと叩かした。桑はちょっとのぞいて
蓮香 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一枚開けた障子のすきから、漆のような黒い水に、枯れはすの茎や葉が一層くろぐろと水面に伏さっているのがのぞかれる。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夏の事とて明け放した下座敷をのぞきながら、お千代が窓のそばへ蹲踞しゃがんで足の爪を切っている姿を見るや、いなや、また例のしまりのない粗雑ぞんざいな調子で
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中はうつろで、きれ仕立ですから、瓜の合せ目は直ぐ分りました。が、これは封のあるも同然。神の料のものなんです。参詣人が勝手にはのぞけません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見張りの眼を巧みに潜ってきた銀之丞が、閉め切った本堂の雨戸の隙間からチラチラ洩れる火影をのぞいてみると、正しく天下晴れての袁彦道ばくちの真盛り。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「恐いね、女の外科手術なんざァ」泊まっている学生たちが手術室をのぞいて、そんな失敬なことをいっていた。
浅間山麓 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
小綺麗こぎれいなメリンスの掛蒲団かけぶとんをかけて置炬燵おきごたつにあたりながら気慰みに絽刺ろさしをしていたところと見えて、右手にそれを持っている。私は窓の横からのぞきながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
何んだろうとのぞいて見るとお勝さんが、疑いを掛けたその裏長屋の泥棒猫をつかまえて、コン畜生、々々といって力任せに鼻面はなづらを板のこすり附けております。
おせんのはだかのぞこうッてえのは、まず立派りっぱ智恵ちえだがの。おのれをわすれて乗出のりだした挙句あげく垣根かきねくびんだんじゃ、折角せっかく趣向しゅこうだいなしだろうじゃねえか
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
のぞいて見ると、「聽えませんか、ゐないのですか」とをめいてるその前を、職人體の男と女學生とどこかの夫人が別々にじろ/\見返りながら通つて行く。
あの二重眼鏡で世界をのぞくと、山も森も林も草も、凡ての緑色のものが、血の様に真赤に見えるね。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
店で帳合いをしていた新吉が、不意に「アア。」と溜息を吐いて、これもつまらなさそうな顔をして奥をのぞきに来る。お作は赤い顔をして、急いで鏡に被いをしてしまう。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
怨夢えんむはすでに去ったるも、怨夢の去りしまどあなより世界は白き視線を投げて彼が顔をさしのぞけり、力なげに戸をあくれば、天は大いなる空を開きて未明より罪人を捜しおり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
そんな風に言いながら、幾日も顔を見せなかった博士が、突然に私の部屋をのぞき込むのであった。私はぞっとする。私は驚異の眼を睜るだけで何も答えることが出来なかった。
勿論太陽をのぞ目鏡めがねは光線を避ける為に黒く塗ってある、しかしそれですらもまぶしくて見ていることが出来ぬ。いわば肉眼で常の太陽を見る様なものだ、強いて見ていれば目がつぶれるのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
道々、雪のなかに立ちつくして煤硝子でのぞいている人にたくさん会う。電車のなかでも、みんなが機嫌よく半分虧けた赤い太陽を指差しながら話し合っている。いつもの喧嘩腰の騒ぎもない。
日食記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
藤八 (孫助と出入口を開けて、のぞく。共に忠太郎に好意を持っていない)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
最初の裡こそ私は単なる好奇心を以てのぞいて居たのでありましたが、閣下よ、次の如き内儀の吐いた言葉を突如耳にして、ギクリと心臓の突き上げられる様な病的な驚愕を覚えたのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
え、あなた、と顔をのぞき込みぬ。人をく風情はさらなり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
のぞいているのも知らないで
お勢は大榎おおえのき根方ねがたの所で立止まり、していた蝙蝠傘こうもりがさをつぼめてズイと一通り四辺あたり見亘みわたし、嫣然えんぜん一笑しながら昇の顔をのぞき込んで、唐突に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
兩人ふたりの病人を殘して夫婦とも何處へ行つたのだらうと一度昇りかけた階子段はしごだんから降りて子供の寢てをるへやのぞいて見ると
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
金の母親の出ていく時、庚娘は後にいて、そっとそれをのぞいていたが、一家の者が尽く溺れてしまったことを知ると、もう驚かなかった。ただ泣いて
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
わたくしは踊子と共に舞台裏へ降りて、女たちが揃って足を上げる芸当を、背景の間からのぞいて見ることもある。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馬は陶の家の門口が市場のようにやかましいのを聞いて、へんに思って往ってのぞいてみた。そこにはまちの人が集まってきて菊の花を買うところであった。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「僕は、お前とここで話しをしているねえ」柳沢はふざけたようにも一人の女の顔をのぞくように見ていった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お作はこんもりした杜松ひばの陰を脱けて、湯殿の横からコークス殻を敷いた水口へ出た。障子の蔭からそっと台所をのぞくと、誰もいなかったが、台所の模様はいくらか変っていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうだ、ねえさん。こいつァなにも、あっしらばかりの見得みえじゃァごあんせんぜ。春信はるのぶさんのむのも、駕籠かごからのぞいてせてやるのも、いずれは世間せけんへのおんなじ功徳くどくでげさァね。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その考案は——詳しくは遠慮するが——頗る巧妙にされたもので、これならば金庫であることに相違なし、一点の疑いを起させる余地もないほど、叩いてものぞいても変ったところが少しもない。
奇術考案業 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
銃器室の窓から其の中をのぞいて見た、読者諸君よ、此の時の余の驚きは、仲々「驚き」など云う人間の言葉で盡され可き訳な者でない、毛髪悉く逆立った、其のまま身体が化石するかと疑った
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
のぞきになれば見えます。今は暗うございますから、よくはお見えにならないでしょうが、これからお茄子でも胡瓜でもずいぶんたくさんなります、家族だけではとても喰いきれないほどで——
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
兄妹はメニュをのぞき込んで、やっと判読することが出来た。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
板の隙間からのぞいている光景で御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ト云いながら昇が項垂うなだれていた首を振揚げてジッとお勢の顔をのぞき込めば、お勢は周章狼狽どぎまぎしてサッと顔をあからめ、漸く聞えるか聞えぬ程の小声で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
湯から出てそこ等をのぞいてみると座敷から廊下からすべてこの代赭色の鮮かな木の実で充満しているのであった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
そして、後で何もなかったということを知ったので、母がそっといってのぞいて見た。やはり石ころが土の中に雑っているばかりであった。そこで母が返った。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「私です、わたしです」と自分の名をいうと、母親はそうっと、五、六寸潜戸をけて、内から胡散うさんそうに外をのぞいて見たが、そこには私が突っ立っているので
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
主人は不思議に思って、ある時そっとのぞいてみると、へやの中に胡はいなくて一疋の狐がいた。
胡氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
素見客ひやかしが五六人来合すのを待って、その人達の蔭に姿をかくし、溝の此方こなたからお雪の家をのぞいて見ると、お雪は新形の髷を元のつぶしに結い直し、いつものように窓に坐っていた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下剃したぞり一人ひとりをおいてられたのでは、家業かぎょうさわるとおもったのであろう。一張羅ちょうら羽織はおりを、渋々しぶしぶ箪笥たんすからしてたおはなは、亭主ていしゅ伝吉でんきちそでをおさえて、無理むりにも引止ひきとめようとかおのぞんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
弟ののぞいてゐるあたまの上から、脊の高い姉の顏も見えてゐた。
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)