稻荷いなり)” の例文
新字:稲荷
庭の奧の林の中には、近所の百姓地で荒れ放題になつて居たと言ふ、稻荷いなり樣のほこらを移して、元の儘乍ら小綺麗に祀つてあります。
わたしはお稻荷いなりさまの使つかひですよ。このやしろ番人ばんにんですよ。わたしもこれでわか時分じぶんには隨分ずゐぶんいたずらなきつねでして、諸方はう/″\はたけあらしました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
玄竹げんちく藥箱くすりばこなりおもいものであつた。これは玉造たまつくり稻荷いなり祭禮さいれい御輿みこしかついだまちわかしうがひどい怪我けがをしたとき玄竹げんちく療治れうぢをしてやつたおれいもらつたものであつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
きゝて又七恐れながらとすゝいで毒藥どくやくの儀相違之なく則ち稻荷いなり新道しんみち横山玄柳よこやまげんりうと申す醫師にくすりもらひしせつの證文等もあり候御呼出おんよびだしの上御吟味くださるべしと申ける故早速さつそくみぎ玄柳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
賽錢さいせんくだされつてますといへして、中田圃なかたんぼ稻荷いなり鰐口わにぐちならしてあはせ、ねがひはなにきもかへりもくびうなだれて畔道あぜみちづたひかへ美登利みどり姿すがた、それととほくよりこゑをかけ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
錢形の平次と子分のガラツ八は、その頃繁昌した、下谷の徳藏稻荷いなりに參詣するつもりで、まだ朝のうちの廣徳寺くわうとくじ前を、上野の方へ辿たどつて居りました。
わたしめる時分じぶんには、だれわたしふことを本當ほんたうにしてれるものはありませんでした。御覽ごらんとほり、わたしいま、お稻荷いなりさまのやしろ番人ばんにんをしてます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
かけ用人無事に紀州表の取調とりしら行屆ゆきとゞき候樣丹誠たんせいこらし晝は一間に閉籠とぢこもりて佛菩薩ぶつぼさつ祈念きねんし別しては紀州の豐川とよかは稻荷いなり大明神だいみやうじん遙拜えうはいし晝夜の信心しんじんすこしも餘念よねんなかりしにかゝる處へ伊豆守殿より使者ししや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あま先刻さきほどみなさまのおあそばすが五月蠅うるささに、一人ひとりにはへとげまして、お稻荷いなりさまのおやしろところひをましてりましたに、わたしへんへんな、をかしいことおもひよりまして、わらつてくださりますな
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
裏木戸うらきどそとますと、そこにはまたお稻荷いなりさまのあかちひさなやしろそばおほきなくりつてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「これが平次殿、お屋敷奧庭のほこら、何樣とも判らぬまゝ、お稻荷いなり樣と申してゐる社殿の中にあつたのぢや」
稻荷いなりさまが社前しやぜんなるお賽錢箱さいせんばこ假初かりそめこしをかけぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「親分も御存じでせう。兩國稻荷いなりの側に、この間から小屋を掛けてゐる玉川權之助一座といふのを」
鬼子おにことよべどとびんだるおたかとて今年ことし二八にはちのつぼみの花色はないろゆたかにしてにほひこまやかに天晴あつぱ當代たうだい小町こまち衣通そとほりひめと世間せけんさぬも道理だうりあらかぜあたりもせばあの柳腰やなぎごしなにとせんと仇口あだぐちにさへうはされて五十ごとう稻荷いなり縁日えんにち後姿うしろすがたのみもはいたるわかものは榮譽えいよ幸福かうふくうへやあらん卒業そつげふ試驗しけん優等證いうとうしようなんのものかは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
フーム、丁度紅葉もみぢでも見乍ら王子の稻荷いなり樣へお詣りしようと思つたが、これを見ちや休んでも居られめえ。朝のうちに八丁堀へ行つて、笹野の旦那と打ち合せ、晝から夜へかけて心當りの場所を
其處には稻荷いなりほこらがあつて、その祠の後ろ——がけへ横に掘つたお狐の穴とも思へるのが、入口を組み上げた材木と巨大な石が崩れ落ちて、若い男を一人、蟲のやうに押しつぶして居るではありませんか。