濠端ほりばた)” の例文
それから人力じんりきにゆられて夜ふけの日比谷御門ひびやごもんをぬけ、暗いさびしい寒い練兵場わきの濠端ほりばたを抜けて中六番町なかろくばんちょうの住み家へ帰って行った。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もやに包まれた柳並木の濠端ほりばたに沿うて、ヘッド・ライトの明るい触角を立てながら、日比谷から桜田門、三宅坂の方へと上って行った。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
やがて、車が九段くだんに近い淋しい濠端ほりばたを走っていた時、われわれの姿なき眼は、前方の車上に、実に恐ろしい椿事ちんじを目撃したのである。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ちょうど、梨の木坂を降りきって、これから濠端ほりばたへかかろうとするとき、糸瓜仕立胡粉塗へちまじたてごふんぬりの象が、胸からホトホトと血を流しはじめた。
さうして濕つぽい夜更けの風の吹いて來る暗い濠端ほりばたの客の少い電車の中に互ひの肩と肩とをもたせ合つて引つ返して來るのであつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
鶴見の家のあった方は、いわゆる三軒家の通りで、濠端ほりばたの三宅侯の邸地からつづいて、その大部分は旗本の大名屋敷の跡であった。
ラスコーリニコフはいきなりその足でソーニャの住まっている濠端ほりばたの家をさして行った。それは緑色に塗った古い三階家であった。
濠端ほりばたの石置場には、お城の作事場に働いている者や往来の頻繁を当てこんで、何十軒といっていいほど、休み茶屋が、葭簀よしずを張っている。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生の処へ行こうと思って、濠端ほりばたの電車に乗ったら、あの人も追いけて来たので、水道橋で降りててくてく真砂町まさごちょうの方へ歩いて行ったの。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あまり近く濠端ほりばたに進み過ぎていることと、それともう一つは、道中師風の若い奴が、従者にしてはイヤにやにさがっているのが気になります。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五丁目と突き当つて、濠端ほりばたの電車の交叉点に出た。和作は歩き過ぎを恐れて電車に乗つた。寄寓きぐうしてゐる家に帰れば丁度十時になると思つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
濠端ほりばたの柳の下を急がず騒がずひいて行く老車夫の車が、ただ一台あるばかりの光景を想像して見ると、如何にのん気な悠長な画図であったかよ。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その夜も、彼はただ一人で、冷い秋雨あきさめにそぼ濡れながら、明石町あかしちょう河岸かしから新富町しんとみちょう濠端ほりばたへ向けてブラブラ歩いていた。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女は舊見附を越すと、あの松の生えた濠端ほりばたの、暗い、寂しい道へ平氣で這入つて行くぢやあないか。君、考へて見給へ。
S中尉の話 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
一方は銭形平次と八五郎、赤羽橋有馬屋敷の角、お濠端ほりばた葭簀張よしずばりの中に、辰刻いつつ(午前八時)過ぎから眼を光らせました。
影のような女だったのだが、彼もまた女にとって影のような男にすぎなかったのだ。影と影はひっそりとした足どりで濠端ほりばたに添う鋪道ほどうを歩いていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
聞けば中央停車場から濠端ほりばたの電車の停留場まで、かさもささずに歩いたのだそうだ。では何故なぜまたそんな事をしたのだと云うと、——それが妙な話なのだ。
妙な話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
冬木刑事の同僚で先輩である沖田おきた刑事はまるで元気のない歩調あしどりで、半蔵門はんぞうもんから三宅坂みやけざかのほうへ向いて寒い風に吹かれながら濠端ほりばたをとぼとぼと歩いていた。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
伸子は包みを膝の上にのせ、開け放した窓から濠端ほりばたの景色を眺めた。夏らしく、透き徹った明るい西空であった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
津守つのかみを下りた時、日は暮れ掛かった。士官学校の前を真直に濠端ほりばたへ出て、二三町来ると砂土原町さどはらちょうへ曲がるべき所を、代助はわざと電車みちに付いて歩いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪枝ゆきえ老爺ぢゞいこれかたとき濠端ほりばたくさ胡座あぐらした片膝かたひざに、握拳にぎりこぶしをぐい、といてはら波立なみたつまで気兢きほつてつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼等はむらがる自動車のなみを避けて、濠端ほりばたの暗い並木道に肩を並べた。妙に犯すことの出来ない沈黙が二人を占めてゐた。明子が先にそれを破つて青年に言つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
自動車が、日比谷ひびや公園の傍のお濠端ほりばたを走っている時だった。美奈子は、やっと思い切って母に訊いて見た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
徳川の家来に福島何某なにがしという武士がありました。ある雨の夜でしたが、虎の門の濠端ほりばたを歩いていました。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
相撲取りなどが乗るにしては分にすぎた駕籠かごが一丁、向こうの濠端ほりばたに待ち受けていましてな、まえから話でもついていたものか、あごでしゃくってそれに乗ると
夜ふけてから外へ出た事さえまれだったので、この夜久しぶり静にふけ渡った濠端ほりばたの景色を見てさえ、何とも知れず心の浮き立つ折から、時候も丁度五月の初めで
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ふうん」と宗春首をかしげたが、呻くように呟いたものである。「何んだかまるで夢のようだ! 濠端ほりばたに立った一人の美人! それを見てから気が狂ったようだ。 ...
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのうち、濠端ほりばたると、くるまかずすくなくなり、やなぎかぜになびいていました。そしてガードのしたに、さしかかると、つめたいかぜいてきて、からだがひやりとしました。
隣村の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
町人達が、橋の上で、濠端ほりばたで、話している真中を、徒歩で、馬上で、侍が行きかかっていた。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
銀の襟飾りブローチだけは……あのスパセニアが、自動車の窓から投げ込んだ銀の襟飾りブローチだけは、前の青葉通りのお濠端ほりばたへ飛び出して、青くよどんだ濠の中へ投げ込んでしまいました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのころは左翼運動のさかんな頃で、高木と私が歩いていると、しきりに訊問じんもんを受けた。ニコライ堂を背にして何遍となく警官と口論した鮮明な思い出もあり、公園の中や神楽坂かぐらざかやお濠端ほりばた等々。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
半蔵門はんざうもんから濠端ほりばたに沿つて、空と水にうつる灯が次第に闇を消して行くと
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そこで二人はまた、ぶらぶらと暗いお濠端ほりばたに沿うて日比谷の方へ歩いた。
翌々日、相川は例の会社から家の方へ帰ろうとして、復たこの濠端ほりばたを通った。日頃「腰弁街道」と名を付けたところへ出ると、方々の官省やくしょもひける頃で、風呂敷包を小脇にかかえた連中がぞろぞろ通る。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
車がお濠端ほりばたへ来ると、輝雄が帽子を取ったのを合図に
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自動車は九段から濠端ほりばたを抜けて、宮城の前に出た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
濠端ほりばた半纒はんてんひとりペンキ壺さげて過ぎゆく。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
濠端ほりばた。雨のような日光。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
よろよろとして、濠端ほりばた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
明け方、大手先まで運び出した足場丸太だの、残りの材木だの石だの、また工具やむしろのような物は、一先ず山のように濠端ほりばたに積んであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濠端ほりばたの柳の木にもたれた宇津木兵馬は、どのぐらいの間、何事を考えていたか自分でもわからないが、突然大きな声をして
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、まもなく九段近くの濠端ほりばたにさしかかったとき、明智の鋭い眼が、たちまち前方の路上に異様な物体を発見した。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
線路沿いの濠端ほりばたには葉桜ばかりが残っていて、暗い客車の窓には若葉の影が流れた。お庄はもうそんな時節かと思って、初めてそこらを見廻した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
急に帆村は、私の腕をもいで、つかつかとお濠端ほりばたまででると、前をまくって、シャーシャー音をたてて小便をした。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
角上つのかみりた時、かつた。士官学校のまへ真直まつすぐ濠端ほりばたて、二三町ると砂土原さどはら町へがるべき所を、代助はわざと電車みちいてあるいた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ソーニャが濠端ほりばたへ出たとき、歩道には彼ら二人きりであった。彼はしさいに観察しているうち、彼女が物思いに沈んで、ぼんやりしているのに気がついた。
「それはたいへんだが、……それならとにかく向こうの濠端ほりばたを右へまっすぐに神田橋かんだばしまで行って、そのへんでまたもう一ぺんよく聞いたほうがいいでしょう」
蒸発皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
貴女あなたの内へ遊びにくと、いつも帰りが遅くなって、日が暮れちゃ、あの濠端ほりばたを通ったんですがね、石垣があおく光って、真黒まっくろな水の上から、むらむらと白い煙が
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わし掴みにしたキャラコの手巾ハンカチでやけに鼻面を引っこすり引っこすり、大幅に車寄の石段を踏み降りると、野暮な足音を舗道に響かせながらお濠端ほりばたの方へ歩いて行く。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
十時を過ぎたお濠端ほりばたやみを、瑠璃子を乗せた自動車を先頭に、美奈子みなこを乗せた自動車を中に、召使達の乗った自動車を最後に、三台の自動車は、またたく裡に、日比谷ひびやから三宅坂みやけざか
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)