むね)” の例文
……ここをいうのだ、茶屋の女房の浅黄縮緬のちらちらなぞは、突っくるみものの寄切よせぎれだよ、……目も覚め、むねみようじゃないか。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われはむねの跳るを覺えて、そと人々に遠ざかり、身を長きとばりの蔭に隱して、窓の外なる涼しき空氣を呼吸したり。
ロミオ なに、こひ温柔やさしい? 温柔やさしいどころか、粗暴がさつ殘忍あらけなものぢゃ。荊棘いばらのやうにひとむねすわい。
此日放牧場の西端に立って遙に斗満とまむ上流の山谷さんこくを望んだ時、余は翁が心絃しんげんふるえをせつないほど吾むねに感じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
秦進忠は若い時、なにかの事で立腹して、小さいしもべを殺しました。やいばをそのむねに突き透したのでした。
孫子そんしいはく、『まへすなはむねひだりひだりみぎみぎうしろすなはよ』と。婦人ふじんいはく、『だく』と。約束やくそくすでき、すなは(五)鈇鉞ふゑつまうけ、すなはこれ(六)れいしんす。
わたし畢生ひつせい幸福かうふくかげえてしまつたかのやうにむねさはがせ、いそいで引出ひきだしてた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
かゝ曲物くせものを置きたりとて何のさはりにもなるまじけれど、そのあくたある処に集り、穢物ゑぶつあるところに群がるの性あるを見ては、人間の往々之に類するもの多きを想ひ至りていさゝむね悪くなりたれば
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
幽宮かくりみやの幽趣たとしへもなき調しらべ、月光ほのかにむねに沁みわたるにも似て、この君ならではと思はるゝ優しさ、桂の枝にせなうちまゐらせむのたはぶれも、ゆめねたみ心にはあらずと知り玉へかし。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
心一たびそのしゅうとの上に及ぶごとに、われながら恐ろしく苦き一念のおさうれどむらむらとむねにわき来たりて、気の怪しく乱れんとするを、浪子はふりはらいふりはらいて、心を他に転ぜしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
御空の日の円影まるかげも白らんでゐる。ころもも白い、涸れたわがむねは清い。君が御掟に従つて言上し奉るのみ。世に大なる犯がある、極めて大なる犯がある。世に大なる異端がある、極めて大なる異端がある。
法王の祈祷 (新字旧仮名) / マルセル・シュウォッブ(著)
たれもひとしきおごそかおもひたいあふれてむねに滿つるを……
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
曲終つてばちををさめ むねに当ててくわく
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白糸の胸中は沸くがごとく、ゆるがごとく、万感のむねくに任せて、無念かたなき松の下蔭したかげに立ち尽くして、夜のくるをも知らざりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人々は遠距離にありてだにむねを負へるを、君は敵の陣地に入ることなれば、注意して自らまもり給へといふ。
「それはいわゆる『報寃蛇ほうえんだ』です。人がそれに手出しをすれば、百里の遠くまでも追って来て、かならず其の人のむねみます。その蛇は今夜きっと来るでしょう」
売るとなれば一寸の土も残らず渡して去らねばならぬので、最初から非常に憂惧ゆうぐし、ほとんど仕事も手につかず、昨日ずねて来た時もオド/\した斯老人の容子は余のむねいたましめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
孫子そんしわかつて二たいし、わう寵姫ちようきにんもつ各〻おのおの隊長たいちやうし、みなげきたしむ。これれいしていはく、『なんぢなんぢ(三)むね(四)左右さいうとをるか』と。婦人ふじんいはく、『これる』と。
ばちを収めて むねに当りてえが
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軒下の垂氷つらゝと共にむねこほ
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼は蹶張けっちょうを得意とし、熊や虎やひょうが、その弦音つるおとに応じてたおれた。蹶張というのは片足で弓を踏ん張って射るのである。そのやじりをあらためると、皆その獣のむねをつらぬいていた。
我家のとは違ひて、この卓にはかもを被ひたり。われはよその子供の如く、そらんじたるまゝの説教をなしき。聖母のむねより血汐出でたる、穉き基督のめでたさなど、説教のたねなりき。
咄嗟とっさむねで思ううちに、かまちの障子の、そこに立ったお京の、あでやかに何だか寂しい姿が、褄さきが冷いように、畳をしとしと運ぶのが見えて、縁の敷居際で、すんなりとしなうばかり
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
西も東も南も北も勇ましい歓喜の勝鬨かちどき。聞くからにむねおどる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「これから⁈」と白糸はさすがにむねとどろかせり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)