ども)” の例文
「これは旦那、どうもあの」馬子は眼をまるくしてどもった、「——どうもその、とんでもねえこって、どうかひとつ、なにぶんとも」
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
梶子が夜叉のように叫ぶのに応じ、佐治平が動顛してどもりながら答え、民弥が苦痛を顔に現わし、部屋中をグルグル歩き廻っている。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
びんはほつれ、眼は血走り、全身はわなわなふるえています。少女達は驚きながらわけたずねると、女はあわててどもりながら言いました。
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
柳吉はいささかどもりで、物をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好かっこうがかねがね蝶子には思慮しりょあり気に見えていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
オヤジは急に真ッ赤になり、せわしく鼻をこすり、どもったまゝカン/\に出て行った。——それで私たち第三分室は大声をあげた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
電話をめったにかけない私は、あわてて番号を間違わせ、うまく言い当てたときに、交換手が出るときゅうに番号がどもって言えなかった。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
『続開巻一笑』四に、どもりに鶏の声を出さしむべくかけして穀一把を見せ、これは何ぞと問うと、穀々と答えたとあれば支那も英仏同前だ。
どもりながらそう云って、彼は両掌りょうてで、顔をおおった。感きわまって子供のように泣きだした。おさえていたものを抑えきれなくなったのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
望の盡きた心と弱り果てた身體に似つかはしい聲で——痛々いた/\しく細いどもり勝ちの聲——で、私はもしや召使がお入用ではないかと訊ねた。
私たちはその窓から電話やタイプライタアの強請ゆすったりどもったりする音の聞えてくる商館の間を何となくぶらぶらしてみたり
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「何も不足……不足はないけれど」トどもりながら、「アクーリナ」もまた震える手先をさしだして、「ただ何とか一ト言……」
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その大工は鍵屋の出入の者で、私はそれまでにも二三度顔を見たことがあつた。米吉とか云つて、二十五六の身長せいの低い少しどもる男だつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
私が明かに不愉快な顔をして、口をどもらしているのも気が付かず、Sは夢中で膝を乗り出して、ムキになって尋ねるのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
岸本は微笑ほほえみながら節子が書いたものを読みつづけた。丁度どもった人の口かられる言葉のようにポツリポツリと物が言ってあったからで。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は、いつでも自分の文章をすべて暗記しているのだそうである。洋画家は、れいの眉をふるわせつつ、それはいいとどもるようにして言った。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とがめるように言うのに、私は「いや……」とさえぎり、羞恥しゅうち真赤まっかになりながら「いや僕は、な、なにも……」とどもって言った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
どもって、つばを飛ばしながら勧誘大いにつとめる由だが、共産党は驚かんですが、唾が顔にかかって汚くて困るです、と言う。
どもり吃りそういったが、暫くじっと押黙ってから、今度はゲラゲラ笑いだした。そしてむやみと自分の頭を叩いて体を左右にゆすぶりながら
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
赭土の道に豆粒をまくように穴をあけてつきささるはげしい雨脚あまあしを眺めながら、彦太郎は、ひょっくり、どもりの天野久太郎のことを思い出し
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
江州のたい院長へ宛てた手紙などが出てきたので、なにやらすこし不気味になり、ぼやっと考えこんでいたところだと、李立はどもり吃り語った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
錦太郎は泣いておりました、苦渋の色が顔一面の筋肉を痙攣けいれんさせて、声のない嗚咽おえつが、ときどき激情の言葉をどもらせます。
金一封を包んでそこに置いたまま、眼をパチパチさせて口をどもらせている米友を見返りもしないで、お絹はさっさとこの場を立って行きました。
わたしは少しくどもりながら挨拶すると、彼も笑いながら会釈した。その顔は先夜と打って変ってすこぶる晴れやかに見えた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
トゥーサンとニコレットとはもう喧嘩けんかをしました。ニコレットがトゥーサンのどもりをからかったんです。でも何にもあなたには話してあげないわ。
新婚当時の私は、妻から言葉をかけられると、顔を赤くして、どもりどもりそれに答えるような人間であったからだ。
秋草の顆 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
O君は多少どもりながら、杖で二三度右の脚を打つた。右の脚は義足だつたから、かんかん云つたのに違ひなかつた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と野崎君はおこっていた。もっともこの男は学生時代から荒かった。性急せっかちどもる癖があって、詰まると手の方が先に出る。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いくらかどもるやうに、簡単な手短かな話振りで、身の上話らしいものをちつとも身の上話らしくない調子で洩した。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
「どう見ても、僕にはそうとしか思えない」と検事は何度もどもりながら、熊城くましろに降矢木家の紋章を説明した後で
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
判事の論理整然たる反駁はんばくにおうて、教授はまったくとりつく島を失った。ひたいには油汗が一面ににじんでいる。やっとのことでどもり吃り彼は言いつくろった。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と、どもり吃り身を震わせながら言うのを聴くと、編笠の中で、かすかな、乾いた笑いがきこえたようであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、やっきになっているけれど、彼はひどいどもりなので、すぐ何倍も大きな高坂の声にかきけされてしまった。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
航海に出てから一二日たつと、彼は、眼をとろんとさせ、頬を赤くし、口をどもらせ、その他の酔っている徴候も示しながら、甲板へ出て来出したのである。
相変らず話のちゆう折折をりをりどもるのも有り余る感想が一時に出口に集まつて戸惑ひする様でかへつて頓挫の快感を与へる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼は、どもりながら、そう云ってしまうと、泳ぐような手付で、並んだ椅子いすの間を分けながらドアの方へ急いだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ビクトワールはベタリと椅子に腰をかけて、しばらくドキ付く心臓を静めていたが、ようやくどもりながら
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
ニコオロよ、いかにしておん身は歸りし、これも聖母の御惠みめぐみにこそといひつゝ、女は窓に走り寄りぬ。その聲は猶わなゝけり。われはどもりて、ゆるし給へ君と叫びぬ。
戸部さんはどもりで、癇癪かんしゃく持ちで、気むずかしやね。いつまでたってもあなたの画は売れそうもないことね。けれどもあなたは強がりなくせに変に淋しい方ね。……
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
気性きしょうが単純で、むかっ腹がつよくて、かなり不良で、やせぎすで、背が高くて、しじゅう蒼み走った顔をしていて、すこしどもりで、女なんどはなもひっかけないで
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
余はお一語をも発し得ずだ「あ、あ、あれ、あれ」とどもりつゝくだん死体しがいに指さすのみ、目科は幾分か余の意をさとりしにや直様すぐさま死体しがいかさなり掛り其両手を検め見て
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
女の権幕に怖れたのでしょうか、男はどもるような口調で声まで少し震えを帯びて聞えました。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「ただ貴方に一言お伺いしておきたいのは」と私はどもり吃りもう一度首筋のあたりを拭いた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は波打つ激情の余りどもり出した。どうして彼はこんなにまで興奮しているのであろうか。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
憤りでブルブルと声を震わせ、どもりながら、番頭の前へずり出して噛みつくように叫んだ。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
駄目だめです。ぼくはおどれないんですから」と消え入りそうな声で、どもり吃りいいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「体温が恐らく三十八度五分位……」と、私は心の内でさえ、尚おどもりながらつぶやいた。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
それがおわると、れい大入道おうにうどう紳士しんしが、どもりのやうな覚束おぼつかない日本語にほんご翻訳ほんやくしてくれた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それに私は一両年前よりどもる癖がつき、尤も学校で講義をする時は得意で気の伸びているがためか、別に差支さしつかえもなかったが、人の家へ行ったり、人と遇って話をしたりする時には
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ぼくはふだんのどもりも場馴れない臆病さもまったく忘れて、酔ったようないい気持になって、聴衆のみんなと会話した、討論した。僕はあんな気持のいい演説会は生れて始めてだった。
新秩序の創造:評論の評論 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
「どうぞご勘弁なすってください、お客さま」と、ロバートはどもりながら言った。