創口きずぐち)” の例文
魚槍を肩にし、創口きずぐちより血なおしたたれる鱒をげたる男、霧の中より露われ来る。掘立小屋に酔うて歌うものあり。旧土人なりといえり。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
シャツはめちゃくちゃに破れ、肉には大きな創口きずぐちががっくりと開いたが、老人は泰然自若として相変らず凄まじく彼を睨みつけていた。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ただの一度の仕合にきずつきて、その創口きずぐちはまだえざれば、赤き血架はむなしく壁に古りたり。これをかざして思う如く人々を驚かし給え
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とにかく、数分の後、義夫は診察室の一隅にあるベッドの上に仰向きに寝かされ、枕頭まくらもとに私と妻とが立って創口きずぐちを検査しました。
安死術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
すぐに小石を拾って蛇の創口きずぐちを叩いて、叩く度にまだ死に切らない下半身が波を打つように動くのを眺めていたのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
蕨の茎葉で蝮に咬まれた創口きずぐちを撫でてかの歌をじゅすと越後でいう由なるが、陸中の俚伝を佐々木喜善氏が筆したのには
第一、第二の犠牲者に比して創口きずぐちはすこし上方にのぼっているのだった。三人の犠牲者は、いずれも左側の座席に腰を下ろしていたことが判った。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その証拠には、尖鋭な武器で強打した場合だと、周囲に小片の骨折が起るし、創口きずぐちが可成り不規則な線で現われる。所が、この屍体にはそれがない。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ヂュリ なみだ創口きずぐちあらはしゃるがよい、そのなみだころにはロミオの追放つゐはうくやわしなみだ大概たいがいつけう。そのつなひろうてたも。
何か鋭利な刃物で一挙に斬りつけたものらしく、創口きずぐちは脳天から始まって、斜後ななめうしろに後頭部の辺まで及んでいる。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
すると今まで跪いて、トツクの創口きずぐちなどを調べてゐたチヤツクは如何にも医者らしい態度をしたまま、僕等五人に宣言しました。(実は一人と四匹とです。)
河童 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かはやぶれ、にくたゞれて、膿汁うみしるのやうなものが、どろ/\してゐた。内臟ないざうはまるで松魚かつを酒盜しほからごとく、まはされて、ぽかんといた脇腹わきばら創口きずぐちからながしてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
見れば満身縦横にれている創口きずぐちは、まだ熱と紅色をふくんで、触るるもいたましいばかりである。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道庵は手負ておいいだき起して、一方には自分の羽織を脱いで、その肩先の創口きずぐちをしっかりと捲き、血留めをしておいて、さて応急の手当を試みようとしたけれど、遺憾ながら
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉子は息も絶えそうに呻吟うめいていたが、おもて背向そむけていた庸三が身をひいた時には、すでに創口きずぐちが消毒されていた。やがて沃度ヨードホルムのにおいがして、ガアゼが当てられた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の受けた虐待の創口きずぐちも今はまたすつかりふさがつて怨恨うらみの熖も消えてゐた。
そして、静かに、顫える手で、膝を探って行くと、べとべととした血潮、開いた創口きずぐち——眼を閉じて、指を——全身へ響く痛みを耐えて、創口へ入れて行くと、骨へ触れた。尖った骨であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
モコウがたずさえた小刀こがたなをとって、創口きずぐちをえぐった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
それらの創口きずぐちから出るうらみの声が大連中に響き渡るほどすさまじかったので、その以後はこの一廓ひとくるわを化物屋敷と呼ぶようになった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は眼を細めにあけて、大理石の石板いしいたよこたえられた女の白い体と、胸の只中をナイフで無残にえぐられた赤い創口きずぐちとを見た。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そのこん創口きずぐちに比して男子に説く趣向を妙案らしく喋々ちょうちょうし居るが、その実東洋人にはすこぶる陳腐で、仏教の律蔵には産門を多くは瘡門そうもん(すなわち創口)と書きあり
すると今までひざまずいて、トックの創口きずぐちなどを調べていたチャックはいかにも医者らしい態度をしたまま、僕ら五人に宣言しました。(実はひとりと四匹しひきとです。)
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
箕浦は衣服をくつろげ、短刀を逆手さかてに取って、左の脇腹へ深く突き立て、三寸切り下げ、右へ引き廻して、又三寸切り上げた。刃が深く入ったので、創口きずぐちは広く開いた。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは、創口きずぐちを塞いでいる凝血の塊だったが、底を返して見て、検事は真蒼まっさおになってしまった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
縫いつけられて一旦、虚空を掴んで苦しがった擬いの神尾主膳、創口きずぐちから矢のようにほとばしる血まみれの槍の柄を両手に掴んで、苦しまぎれに抜こうとしたが抜くことができません。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
創口きずぐちはずっと右側へ寄り、恐らく右胸か又は右腕あたりに当ることになります。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
創口きずぐちがまだ完全にえていないので、薬やピンセットやガアゼが必要であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
創口きずぐちにできるだけ多くのガーゼを詰め込まれた彼の感じは、ひとが想像する倍以上に重苦しいものであった。彼は仕方なしにのそのそ歩いた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は後退あとすざりをして、犠牲者の様子を覗きこんだ。小さな懐中電燈のあかりだけでは、シャツの上から刺した創口きずぐちがどんな風か、血が出たかうかも見分けがつかなんだ。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そんなもの今もあるにや、一九一四年ボンベイ版エントホヴェンの『グジャラット民俗記フォークロール・ノーツ』一四二頁に或る術士は符籙ふろくを以て人咬みし蛇を招致し、命じて創口きずぐちから毒を吸い出さしめて癒す。
私は深い恋愛に根ざしている熱烈な記憶を取り上げても、彼女の創口きずぐちからしたたる血潮を「時」にぬぐわしめようとした。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
針を海綿にかくして、ぐっと握らしめたる後、柔らかき手に膏薬こうやくって創口きずぐちを快よく慰めよ。出来得べくんばくちびるを血の出る局所にけて他意なきを示せ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この二三ねん月日つきひやうやなほけた創口きずぐちが、きふうづはじめた。うづくにれてほてつてた。ふたゝ創口きずぐちけて、どくのあるかぜ容赦ようしやなくみさうになつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
最初下剤げざいをかけてまず腸を綺麗きれいに掃除しておいて、それからいよいよ切開すると、出血の危険があるかも知れないというので、創口きずぐちへガーゼをめたまま
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この二三年の月日でようやくなおりかけた創口きずぐちが、急にうずき始めた。疼くにれてほてって来た。再び創口が裂けて、毒のある風が容赦なく吹き込みそうになった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なお感じたのは、地面の上に手をうしろへ突いて、創口きずぐちをみんなの前にさらしている老人の顔に、何らの表情もない事であった。痛みも刻まれていない。苦しみも現れていない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはガーゼを詰め込んだ創口きずぐちの周囲にある筋肉が一時に収縮するために起る特殊な心持に過ぎなかったけれども、いったん始まったが最後、あたかも呼吸か脈搏みゃくはくのように
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日こんにちまで經過けいくわからして、すべての創口きずぐち癒合ゆがふするものは時日じじつであるといふ格言かくげんを、かれ自家じか經驗けいけんからして、ふかむねきざけてゐた。それが一昨日をとゝひばんにすつかりくづれたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今日こんにちまでの経過からして、すべての創口きずぐち癒合ゆごうするものは時日であるという格言を、彼は自家の経験から割り出して、深く胸に刻みつけていた。それが一昨日おとといの晩にすっかりくずれたのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)