人込ひとごみ)” の例文
二人は徒歩で博物館へ行つて人込ひとごみの中を分けつつ絵を観たが、定められた十一時少し前に馬車を急がせて日本大使館へ行つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
女は人込ひとごみのなかを谷中やなかの方へあるした。三四郎も無論一所にあるき出した。半町ばかりた時、女はひとなかで留つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お玉は仕方なく、追わんとした犬に導かれて、古市の町の人込ひとごみの中を、面を人に見られないようにして行くと
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「遊んでッてよ。」と周囲の人込ひとごみはばかり、道子は男の腕をシャツの袖と一しょに引張り、欄干から車道のやや薄暗い方へと歩みながら、すっかり甘えた調子になり
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
声高こわだかに物をいい交し、あちこちと行違い、それはひどい混雑です。毎朝その市場の人込ひとごみを分けて、肋骨ろっこつの附いた軍服の胸を張って、兄は車でお役所へ通われます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
きつて早くも人込ひとごみの中へ迯込にげこんだり軍平もあとより追駈おつかけけれども終に見失みうしなひ切たる片袖は軍平が手にのこりければ奧田が前へ持出もちいでて只今火附を捕へんとせし處斯の如く袖を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やがて、子供と爺さんは箱と綱をかついで、いそいそと人込ひとごみの中へ隠れて行ってしまいました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
其處そこ薄汚うすよごれたしたぐつつて、かたからひさしへ、大屋根おほやね這上はひあがつて、二百十日にひやくとをかかたちで、やつとこな、と帽子ばうしつかむと、したやつ甜瓜まくはかじりにくつつかんで、一目散いちもくさん人込ひとごみなかへまぎれてさふらふ
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……ということは、また、幾馬鹿だの、奥山の文公だのという哀しき風来坊、あるいは、精神障害者の、そのあたりの人込ひとごみのなかに立ちまじることを許されなくなったこともたしかである。……
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
全体ぜんたい綜合そうがふしたところで、わたしあたまのこつた印象いんしやうふのは——はじめての出会であひ小川町をがはちやうあたりの人込ひとごみのなかであつたらしく、をんなそで名刺めいしでも投込なげこんだのがそもそもの発端はじまりで、二度目どめおなとほりつたとき
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
かくもまた廉白粉やすおしろひの、人込ひとごみのなかもありけど
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
絶間たえまなく動いてゐる須田町の人込ひとごみの中に
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「驚ろくうちはたのしみがある。女は仕合せなものだ」と再び人込ひとごみへ出た時、何を思ったか甲野さんはまた前言を繰り返した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あそんでツてよ。」と周囲しうゐ人込ひとごみはゞかり、道子みちこをとこうでをシヤツのそでと一しよに引張ひつぱり、欄干らんかんから車道しやだうやゝ薄暗うすぐらはうへとあゆみながら、すつかりあまえた調子てうしになり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
吉祥寺きっしょうじの横手の門まで来ると、かなりな家の葬式でもあるのでしょう、今日は開放あけはなしになっていて、印半纏しるしばんてんの男たちが幾人か立廻っていますし、人込ひとごみを透かして
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
見ていると人込ひとごみの中へ這入はいったなり振り返りもしないで切符を買う番のくるのを待っている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頑丈がんじょうな男でしたが、年を取っており、無口で無愛想なので兄のお気に入りでした。人込ひとごみだろうが、坂道だろうが、止めろ、と声を掛ければすぐ止めます。用事の外は口を開きません。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
うち這入はいると足場あしばの悪い梯子段はしごだんが立つてゐて、中程なかほどからまがるあたりはもう薄暗うすぐらく、くさ生暖なまあたゝか人込ひとごみ温気うんき猶更なほさら暗い上のはうから吹きりて来る。しきりに役者の名を呼ぶ掛声かけごゑきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かれ學友がくいう誰彼たれかれ萬遍まんべんなく安井やすゐ動靜どうせいいてた。しかだれるものはなかつた。たゞ一人ひとりが、昨夕ゆうべ四條しでう人込ひとごみなかで、安井やすゐによく浴衣ゆかたがけのをとこたとこたへたことがあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
或晩あるばん竜子は母と一緒に有楽座ゆうらくざ長唄ながうた研精会の演奏を聞きに行った時廊下の人込ひとごみの中で岸山先生を見掛けた。岸山先生は始めて診察に来た時の無愛想ぶあいそな態度とはちがって鄭寧ていねい挨拶あいさつをした。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うち這入はいると足場の悪い梯子段はしごだんが立っていて、そのなかほどから曲るあたりはもう薄暗く、臭い生暖なまあたたか人込ひとごみ温気うんきがなお更暗い上の方から吹き下りて来る。しきりに役者の名を呼ぶ掛声かけごえが聞える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あんな人込ひとごみへは滅多めったに出つけた事がないもんですから」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人込ひとごみの中に隔てられたまま松子の方には見向きもせず、日の光に照付てりつけられた三越みつこしの建物をまぶしそうに見上げながら、すたすた四辻よつつじを向側へと横ぎってしまったが、少しは気の毒にもなって
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)