下人げにん)” の例文
下人げにんは、それらの死骸の腐爛ふらんした臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そういうころ、会所の寄合で夜を更かし、供を一人連れて磧を通りかかると、落鰻おちうなぎを拾う下人げにんが五人ばかり、磧の岸にを仕掛けながら
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
逃げた下人げにんを捜しに来られたのじゃな。当山では住持のわしに言わずに人は留めぬ。わしが知らぬから、そのものは当山にいぬ。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「何の仔細がありますものか、あれは妾がほんの当座のなぐさみ者、情夫みそかおがわりに眼をかけてやった下人げにんに過ぎませぬわいの」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物の価値のわからぬ下人げにんで、木のかげや岩の蔭、もしくは落ち葉の中にうずもれるようにして見ていた者さえも、少し賢い者は涙をこぼしていた。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人の心の性は男子も女子も異なるの理なし。また小人とは下人げにんと言うことならんか。下人の腹から出でたる者は必ず下人と定まりたるにあらず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
うなぎはにおいをいだだけでもめしが食えると下人げにんはいうくらいだから、なるほど、特に美味いものにはちがいない。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
はかばかしき下人げにんもなきに、かかるみだれたる世に、此殿このとのをつかはされたるこゝろざし、大地たいちよりもあつし、地神ちじんもさだめてしりぬらん。虚空こくうよりもたかし。
孝「卑怯ひきょうだ、源次郎、下人げにんや女をこゝへ出して雑木山に隠れているか、手前てめえも立派な侍じゃアないか、卑怯だ」
「娘の病気と言って祝言を伸ばしてあるが、下人げにんの口がうるさいから内々三杉家では承知しているかも判らない。向うから断わってくれば一番無事なのだが——」
幕府直参の武士は「御家人ごけにん」と呼ばれて、これは立派な士族であるが、一方百姓にも譜第の家人があって、それは「下人げにん」として賤しまれ、今に下人筋げにんすじ等と云って
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
男も女も、立てば、すわったものを下人げにんと心得る、すなわちあごの下に人間はない気なのだそうである。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藻のあとさきを囲んで、清治と下人げにんらがかどを出ようとするところへ、千枝松が来た。彼はまだ病みあがりの蒼い顔をして、枯枝を杖にして草履をひきずりながら辿たどって来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ギリシアで最初猴を一国民と見做みなし、わが国でも下人げにんを某丸と呼ぶ例で猴を猴丸と呼んだ。
ベンヺ いや、わたくしまゐったころには、てき下人げにん御家來衆ごけらいしゅとがもうすでたゝかうてをりました。
下人げにんうで、『樹のいばらをあまたたばねて持ってこい』というて、そのつかねを執って、数多あまたを一つにして縄をもって思うさま堅う巻きたてて子どもに渡いて『これを折れ』という
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すなわちあの時代にも一人で飲むのは下人げにんで、主人との献酬けんしゅうはなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ここは町の雑鬧ざっとう下人げにんたちの目がござります故、ならば御帰邸の上お屋敷にて、お好みのすしを調理いたさせます」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、婆さんの行った後には、もう早立ちの旅人と見えて、とも下人げにんに荷を負わせた虫の垂衣たれぎぬの女が一人、市女笠いちめがさの下から建札を読んで居るのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人げにんとなるなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「娘の病氣と言つて祝言を伸ばしてあるが、下人げにんの口がうるさいから内々三杉家では承知して居るかも判らない。向うから斷わつて來れば一番無事なのだが——」
お秋の方のお腹の菊之助様をお世嗣よとりに仕ようと申す計策たくみではないかと存ずる、其の際此の密書ふみを中ば引裂ひっさいて逃げましたところの松蔭大藏の下人げにん有助と申す者が
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これは老人や妻子をとむらうためだとは言ったが、実は下人げにんどもに臆病おくびょうの念を起させぬ用心であった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
カピューレット長者ちゃうじゃさきに、おなじく夫人ふじん乳母うばならびに下人げにんかふおついて出る。
阿波では在来下人げにんたりしものが解放されて百姓に仲間入りする場合には、宴を催して連日百姓を饗応したという。間人の百姓となる場合にもまたそんな事があったのであろうと思われる。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
役人に附いて来た下人げにんどもは、もう手出しをする勇気もありませんでしたが、今まで役人どものなすところを歯咬はがみをして口惜しがっていた望月方の者でさえも、これには青くなってしまいました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だれも聞く人のおいでにならない時にはいつもこんなふうにしてお二方でいておいでになるのでございますが、下人げにんでも京のほうからまいった者のございます時は少しの音もおさせになりません。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
萩原の下人げにん伴蔵の悪事とを組み合わせた物のようにも思われる。
寄席と芝居と (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あなたには奉行ぶぎょう検視けんしの役人などが、床几しょうぎをすえて、いそがしくはたらく下人げにんたちのようすをながめ、ときどき、なにか下役したやくへ注意をあたえている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下人げにんは七段ある石段の一番上のだんあらひざらしたこんあをの尻を据ゑて、右の頬に出來た、大きな面皰にきびを氣にしながら、ぼんやり、あめのふるのをながめてゐるのである。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
カピューレット下人げにんサンプソンとグレゴリーとがけんたてとをってる。
斯様な事に相成ったので、兄五郎治においても迷惑いたします事でござる、しかし何も心得ん下人げにんの事と思召おぼしめしまして、幾重にも私が成代ってお詫を申上げます、御高免ごこうめんの程を願いとうござる
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
下人げにん名子なごは他人に所属するもので、大宝令に所謂家人けにん奴婢に相当するものなるが故に、間人よりも一層社会的地位の低いものと認められ、したがってその夫役負担もまた間人の家族と同じく
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
などと主人に報告して、下人げにんにはいろいろな命令を下していた。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
譜代の下人げにん召使めしつかひにも見離され、足にまかせての逐電ちくてん也。われと我が草履を取るばかりにて、徒歩かちはだしのすがた、昨日はゆめか、見る目も哀れの有様とぞ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昔「羅生門らしやうもん」と云ふ小説を書いた時、主人公の下人げにんほほには、大きい面皰にきびのある由を書いた。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
詳しいことは下人げにんで、よくわからないのでございましょう
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一、弐歩 右之下人げにん 喜七郎
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
斬刑ざんけいがすんで、浜松城はままつじょうからきている奉行ぶぎょう検死けんし役人などは、みな床几しょうぎを立ちはじめた。りみだれて立ちはたらく下人げにんたちのあいだに、血なまぐさい陰風いんぷうく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論、下人げにんは、さつき迄自分が、盗人になる氣でゐた事なぞは、とうに忘れてゐるのである。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
薬売りの持つ旅つづら一つになって、それに似合う下人げにん脛当はぎあてを着け、野太刀ひと腰さしていた。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
作者さくしやはさつき、「下人が雨やみを待つてゐた」と書いた。しかし、下人げにんは、雨がやんでも格別かくべつどうしようと云ふ當てはない。ふだんなら、勿論もちろん、主人の家へ歸る可き筈である。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
『今日のお預けびとは、一城のあるじでござるぞ。官位を召し上げられた訳ではなく、武士道のお仕置を仰せつけられた者、それを下人げにん同様、庭先に於て、切腹させるお心得か』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それもわしとおばばとは、まだわしが、左兵衛府さひょうえふ下人げにんをしておったころからの昔なじみじゃ。おばばが、わしをどう思うたか、それは知らぬ。が、わしはおばばを懸想けそうしていた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし短檠たんけいの光に照らされたその風貌ふうぼうをみるに、色こそ雨露うろにさらされて下人げにんのごとく日にやけているが、双眸そうぼうらんとして人をるの光があり、眉色びしょくうるしのごとく
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
実は、こういう場合でもなければ、師のお側へ近づけないし、師の房が、屋根の上で、あんな下人げにんのするわざをもなすっているのに、手をこまぬいて見ているわけにもゆかん。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やれやれ、下人げにんどももかわいそうに。ああ無慈悲なムチに追い使われてはたまるまい」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「別所長治以下、御身らはみな、筑前の先手に過ぎぬ、帷幕いばくの事、戦略などに、容喙ようかいはゆるさんといいおる。それも満座の中で。——まるで播磨の国人をること下人げにんの如しじゃ」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを下人げにんずれが持って踏ン張ってなどいても、蟷螂かまきりのようにしか見えなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)